本科

織実習「綴織」 本科 浅井広美

綴織(つづれおり)は、つよく張った経糸に、緯糸を(筬で打ち込む代りに)爪で搔きよせ、下絵を写すように模様を織り上げる織り技法です。今回の綴織の授業では、2枚の見本織りをした後、花をテーマに45x45cmのタペストリーを織る課題が出されました。

まず、花の下絵を描くにあたり、植物園まで足を運び、多くの花の中から一番心動かされたバラの原種を題材にすることにしました。
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その後、原画を描き、それをどのように織っていくか決める上で、綴織作家の作品集などを参考に、今まで習った技法をどのように使えば絵具で塗った質感が出せるか、どうすれば奥行きのある絵に見せることができるのか考えていきました。
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織りに入る前の最後の作業は、試し織りをすることです。杢糸(2本の違う色の糸を絡ませて違う色を作る)が織物になった時にどんな色になるか、候補の色を並べて見比べ、最終的に使用する糸を決めていきます。
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織り始めてみると、思ったように形にするのが難しいところや、背景と花の色が似ていて同化してしまうなどの問題に突き当たり、何度もやり直しながら試行錯誤を繰り返しました。
特に花びらは、徐々に色を変えていく部分や、立体的に見せるために描いた影がうまく表現できず、悩みながら多くの時間を費やしました。
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それでも、下絵がだんだんと織物になってき、手が慣れてくる頃には、形作るのが大変だった葉の部分も、楽しい作業に変わっていきました。
最後に、完成後の講評会では、花よりも葉の方がイキイキして見えると先生がおっしゃっていたのを聞いて、織っている時々の心境は作品に表れてしまうものだと、この課題を通して実感しました。

今回の課題は、織りが順調に進むところ、織っても、織っても終わりがないように思えるところの繰り返しで、一枚完成させるまでの工程は、まるで起伏が激しい道のりを旅しているようでした。完成した作品を見るたびに、構図や描き方(織り方)、色の選択など、改善点ばかりに目がいってしまいますが、同時に、花びらや葉っぱの1枚1枚を見れば、その時自分がどんな気分で織っていたかが蘇り、一つ一つの工程が旅の記録のように、この1枚に刻まれているようです。
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美山ちいさな藍美術館を訪れて 本科 加納有芙子

5月24日、美山にある新道弘之さんの工房にお伺いしました。
今回は、本科生のレポートを掲載します。

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京都府南丹市美山町にある藍染工房”ちいさな藍美術館”を訪ねた。普段学校では、先染めである織を勉強をしているわたしにとって”染め”という分野はすこし新鮮に感じられ、またいまひとつイメージできない世界であった。濃い青色で古来から存在する色。自然からとれる染料。ジャパンブルー。・・・・といったくらいのぼやけたイメージとあとは、授業で見た”ブルーアルケミー”というドキュメンタリー映像で得た知識くらいであった。

スクールがある京都市左京区静市から美山まではバスで2時間半程度だった。窓からみえる景色は徐々に変わってゆき緑が深めき透明な空気さえも覚えるほどの風景の中美山に到着した。美山の村は丘のように膨らみをつくっている山と山の間にすっぽりと入りこんでいてなんとも可愛らしい印象がした。南には風景を彩るように川が流れていて、入母屋造りの家々が秩序なくぽこぽこと点在し、その間を縫うように小道がなだらかに続いていた。工房はさらに小道を進んだところあり草の香りが強いところだった。美山へ来るのは今回が初めてだったが、ここに藍染の工房を持つことはとても恵まれているように感じた。他の家々と同じように造られた茅葺屋根のある工房は、計算されてそこに在るというよりも、自然発生的にそこに存在しているように感じられて、風景と同じようにそこに佇んでいた。

新道さんがここに工房を構えたのはいまから40年近く前のことだ。当時はここに移住してくる人は珍しく、かつ社会的にも都市から地方へ出ていくのも稀なことだったようだ。そんな中ここに工房を構えた理由はより自然に近い場所・状態で藍染めをするためであった。藍染めには『天然の水・発酵菌・灰汁作りの灰』が欠かせないため町の中心地では難しいのだと語ってくれた。玄関から右手にすすんだ建物の北側が工房になっていて、そこには藍の甕が土間に埋められている。ここで藍の発酵から染めまでを行っている。工房内で藍がぷくぷくと発酵しているのを見るとなんとなく新道さんが言う自然に近い状態というのがわかるような気がした。藍の染料を見るのは今回が初めてだったが、まずは甕に建っている藍の濃厚さに驚いた。それは生命感があり、その瞬間もゆっくりと発酵を続けているとわかるようだった。

わたしにとっての新しい発見は、藍染めで染められる色のバリエーションがいかに多いかというこだった。実際に新道さんは近日に仕込んだ甕(①)と冬に仕込んだ甕(②)を染め、その色の違いを実演してくれた。①と②の甕では、表層の藍華の出方や見た目の雰囲気も異なっていて、実際に①の甕により染められたものは、濃紺ともいうべき藍色であり、他方はやさしくて弱った水色で染められた。還元の過程で染料が空気にふれて色が変化してゆくのもとても幻想的だった。同じ藍を同じ工房で同じ人が仕込んだものであるのに、仕込みの時間だけでこんなにも色に違いが出るのだと知り驚いた。また仕込みの年月だけでなく、その年の気候や藍の状態によっても色が変化するのだという。昔の染めの職人は、その日の甕の状態からどのような色ができるのかを予想ができたのだろうか。それはもともと色のイメージが明確にあり、それをコントロールしてゆく化学染色とは全く違い、藍染めで色をコントロールすることは神業のように思えた。しかし、その偶然であっても生まれた色が、きっと愛されるべき色だったのかと思うとそんな文化や感覚もすばらしいと思った。
藍染の色について調べていると日本には”藍48色”という言葉があることを知った。藍から抽出される色がいかに多いかということを表現していて江戸時代に生まれた言葉のようだ。そこには薄い藍色から濃い藍色までさまざまな藍の色が存在していて、一般的に浅黄、縹、納戸、紺、褐・・・などの名称が使われている。色は無限にあるものだが、色の名前は数えられるほどしかない。藍についての色名がこれほどにまで存在するということは、日本人にとって藍やその色彩というものがいかに身近なものだったということを表しているのだろう。

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絣クッション制作  本科 小郷晴子

格子柄と十字柄どちらかの模様を選び、絣織のミニクッションを作りました。

絣糸を使って模様を出す織物は初めてなので、経糸、緯糸それぞれ、どの部分を括って絣糸を作ったら良いかなど、
詳しく説明された「経緯分解図」をもとに、教えて頂きました。

これまでの織りの授業では経、緯、それぞれの色を決めたらまずは糸染めをしていましたが、
今回は模様を出すため、まずは絣糸の準備です。
これは、とても手のかかる大変な工程だと思いました。
色を抜く部分にラップを覆い、更にすずらんテープで括るのですが、
染料が染み込んでしまわないよう、とてもきつく括らなければならないので、手首が痛くなる程でした。
この工程が済んだらようやく染色です。

染色が済み、機に経糸を準備するとき、括った部分を解いて行きます。
この時、上手に出来ていたり、少し色が染み込んでしまっていたりが露わになり、
一部分ずつ解く度にワクワクしました。
染み込んでしまった部分は手がかかった分、残念に思いましたが、
その原因も知ることが出来たので、次に繋げたいです。

機の準備が出来たらいよいよ織り始めです。
経絣に緯絣を打ち込むごとに模様が現れ、一越ずつが楽しい織物だと思いました。
そして、一つの模様が織り上がるごとに感動しました。
糸一本一本の張りや、織り具合によって、設計通りにぴたりとは織ることが出来ず、
ずれてしまう部分もありました。
けれども、糸一本一本の姿が良く分かり、染色から完成までの工程なども感じられる、
絣織物の良さでもあるなと思いました。

絣織を実際に学んだことによって更に、良さ、難しさを知りました。
手がかかった分、その織物への愛着が増しました。
今後は更に細かい模様の絣織にも挑戦してみたいです。

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機準備の様子

 

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緯絣を慎重に合わせながら織っています。

 

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完成したクッションを並べてみました。

日本茜の里作りプロジェクトに参加して 本科 布施木展子

7月8日、京都府南丹市美山町で日本茜の苗の植え付けを行いました。
この企画は、大阪で「和泉茜の里」というプロジェクトを行なっている杉本一郎さんによる
美山での日本茜の里作りのプロジェクトの一環です。
染織の仕事をしている方や杉本さんを応援する農家の方をはじめ10名ほどが集まり、
美山の2ヶ所の畑で日本茜の苗の植え付けと手入れを行いました。

杉本さんのお話によると、日本茜は、日本で古代から使われてきた伝統的な染料で、
日本の国旗が制定された際も、日の丸部分には日本茜の赤が使用されていたそうです。
茜の名前は「赤い根」に由来していて、3年ほど植えっぱなしで育てた株の根を掘り起こし、
その根が染料になるそうです。
掘り起こす手間がかかることから日本では栽培が少なくなっており、現在は茜染というと
日本茜ではなく西洋茜やインド茜が主流になっているそうです。
日本茜には西洋茜等よりも黄色の色素が多く含まれていて、赤い色を染めた後の染液をもう一度使って
黄色を染めることができます。

杉本さんは、すでに大阪の泉北郡でも日本茜を使ったプロジェクトを実行しています。
美山では、6年かけて美山を日本茜の里にする計画をしています。
まずは大阪で育てた日本茜の苗を美山の畑で3年間栽培することを計画しており、2017年はその2年目です。
この計画には地域にある耕作放棄地の活用や地元の人や染織系学生を巻き込むことで、
美山に日本茜のメッカを作り、農村の過疎化を防ぐ狙いがあります。

この日は、新しい畑への植え付けを行ない、そのあと場所を移動して前年に植え付けた畑の補植と水やりを行いました。
新しい畑は、廃校になった小学校の学童農園だった畑を利用しています。
農機具を使って手作業で苗を植える畝(うね)を作り、畝を覆う薄い白ビニールのマルチを敷いた後、
等間隔にマルチに穴を開けて、茜の苗を植えました。
前年の畑では、植えたあと枯れてしまった場所に新しい苗を植え、その後水やりを行いました。

茜アップ

新しい畑で作業をしているときは植え付ける茜の苗がとても小さく感じ、本当に根付くのか半信半疑でしたが、
前年の畑では、マルチの穴から溢れるようにして茜が茂っており、生命力の強さを感じました。
もしかすると、本来は日本茜は本来茜の畑を作らなくても、他の野菜の脇などに植えられていたのではないかと思います。

私は以前農業と地域について勉強しており、農業といま学んでいる染織がつなげられる機会がないかと考えていました。
この美山での日本茜のプロジェクトはまさに地域と農業と染織を繋げられるもので、今後も注目していきたいと思っています。
また、希少な日本茜に関われる機会ということで、染織に関わるさまざまな職業の方や学生が注目しています。
作業を通して交流をもち、茜を通した染織のネットワークが今後広がっていくのではと思いました。

茜染製品

本科 尾州産地テキスタイル課外研修

尾州テキスタイル研修レポート」本科 西澤 彩希

9月19日、日本最大の毛織り物産地である尾州の織物について学ぶため、私たちは3ヶ所の施設を訪れました。
京都からバスに揺られて約2時間半、岐阜県羽島市にある『テキスタイルマテリアルセンター』に到着しました。
こちらの施設は、日本全国のファッション衣料用素材を集めた国内最大のテキスタイル資料館です。
出迎えてくれたのは大量の生地。素材を毎年追加しているとの事で、色とりどり、素材もさまざまな生地が部屋全体に並んでいました。実際に手に取り、触れながらデザイナーの方による素材講習を受けました。

まず、ファンシーツイードを中心に制作されている足立さんの講習を受けました。
たくさんの生地を用意して頂いた足立さんは、一つ一つ生地を見せてくれて、制作工程やその生地が出来るまでの流れを語って頂きました。制作に対する情熱が伝わってきて、その情熱がより良いもの作りへの活力になるのだと思いました。珍しい技法や素材を用いる事で、生地にさまざまな表情が生まれます。
足立さんは「普通の事では認められない。尾州の限界を考えて制作している」と仰っていました。
中でも印象に残っているものが左右の柄が違うジャケットです。隣り合う柄の中心に縫い合わせはなく、織り方を工夫して一枚の生地に柄が織られていました。今までの経験と技術、そして挑戦する心意気があったからこそ生み出された生地に触れられ、とても幸せで贅沢な時間を過ごせました。

「失敗した事を積み重ねて、どうやったらうまくやれるか考える」足立さんも過去にとんでもない失敗をしたと仰っていました。私は今までの織りの授業で、失敗ばかりしていると感じていました。糸が絡まったり、緯糸が飛んでいて何センチも前に戻ったりしていて時間に焦り、思い通りに進まない自分にもどかしさを感じていました。
そんな時に聞いた足立さんのこの言葉に私は励まされました。今までした失敗は今後の役に必ず活かせるだろうし、失敗しても挑戦する事が大切なんだと学びました。

続いて、ジャカード織物をメインに企画から販売まで幅広く活躍されている岩田さんの講習を受けました。
岩田さんには、染色された糸や、織物の設計図にあたる紋図などを見せていただきました。
それらの中に、たくさんの丸い穴が開いた厚紙がありました。これは、紋紙と呼ばれるジャカード織機に付属し、
その穴を読み取って柄を織る、言わば柄のデータです。複雑な模様になるほど紋紙の枚数は増えます。
岩田さんはこの紋紙を見ただけで、ある程度どのような柄が織られるかがわかるそうです。

今まで培ってきた豊富な知識を、足立さんや岩田さんは私たちにわかりやすいように教えてくださいました。
織物というのは、どの工程も緻密で繊細で、仕組みを理解するのは難しいですが、織りあがったものを見ると、
達成感や感動が生まれます。その分だけ根気や技術力が試されますが、二人の講義を受け、努力すれば素晴らしいものを生み出すことができるのだと痛感しました。

次に、愛知県一宮市にある「葛利毛織工場株式会社」さんへ見学に行きました。
こちらは主にメンズスーツ生地を制作されている工場です。懐かしさのある佇まいの工場は、昔から使われているションヘル織機のガシャンガシャンというリズミカルな音が響いていました。
ションヘル織機は人の手が加わります。私たちが普段学校で使う手織り織機同様、経糸・緯糸の準備、整経、綜絖通し、筬通しもすべて手作業で行われ、根気と熟練された技術を要します。
綜絖・筬通しの作業は大体6000本位の糸を通すのに3日はかかるらしく気の遠くなりそうな作業に圧倒されました。そして製織は1日に10mくらいしか織れないとのことです。
スピードと大量生産を重視される現代でなぜ時間と手間のかかるションヘル織機にこだわるのか、それは手織りの風合いを保つ為だそうです。ションヘル織機の特徴は、低速で織り進めるため、繊維を傷めることなく優しく丁寧に織られていきます。そのため手触りが柔らかくしなやかさある生地が出来上がるそうです。そうして作られたスーツに魅了され、芸能人や海外ブランドからオーダーされています。
工場を見学していて一番に感じたことは、従業員の方が織機と寄り添いながら作業をしていたことです。
一つ一つの作業を大切にされており、織りあがった後もミスがないか入念にチェックされています。
そうしたことが信頼につながり、世界進出できたり、価値があるものと認められるのだと思いました。

最後に伺ったのは岐阜県羽島市にある「三星染整株式会社」さんです。
繊維素材の染色・整理加工をしている工場での加工風景を見学させていただきました。取り扱っている繊維素材は幅広く、天然繊維から合成繊維まで加工を行っています。機械によるさまざまな加工技術を見せていただきました。加工されたものは最終的に検査が行われます。生地の幅、色、風合い、キズがないかなど、目視で検査されています。出荷後も何か不具合があった時などのために管理カードがあるとの事です。

生地はさまざまな工程を経て私たちの手元に届きます。
今まで当たり前のように生地に触れていた事が、実は多くの方が関わったからこそ出来たものだと学びました。
今回の見学で、テキスタイルの奥深さを知る事ができ、今後の制作の意欲を高める事ができました。

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足立氏講義の様子                  岩田氏講義の様子
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葛利毛織工場株式会社
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三星染整株式会社

「Made in Japanを支えること」本科 岡田 弥生

ここ10年ほど、日本の伝統工芸は世界で注目を集めつつあります。
第2次世界大戦に敗戦してから、日本人はアメリカやヨーロッパ各国に追いつこうと必死に努力をしてきました。
その結果、世界のどこにも負けないもの作りの文化が生み出され、一方で、日本の伝統文化は高齢化が進み後継者不足に頭を抱える時代を迎えました。

伝統を守り続けることは、新しいものを生み出し続けることでもあると学んだ尾州への研修。お話をしてくださった方々が、尾州でもの作りをしているということに誇りを感じている様子に大変刺激を受けました。

テキスタイルマテリアルセンターでは、お二人のデザイナーの方にお話を聞くことができました。ツイードを得意とされている足立さんのお話からは、新しいものを生み出し続けることの面白さと大変さを学びました。足立さんが生み出したテキスタイルはどれも斬新で、フィルムを織り込むような素材使いから、出来上がった布地からあえて糸を抜くなどの発想には伝統を超えたもの作りの面白さを感じました。続いてジャカード織を専門とされてる岩田さんのお話は、織機をいかに人が操るかで、織物に無限の可能性を見出すことができるように思えました。岩田さんに見せていただいた鳥模様の織物は一羽の中に様々な織り方がなされており、ただ色を変えたりするよりも味のある鳥が浮かび上がっていました。

お二人の話では、世界のファッションシーンを牽引するようなメゾンからもオーダーが来るということでした。
ファッションデザイナーとどのように仕事をするか。彼らの求めるものをどのように布に表現し、できないことははっきりと伝え、できることを最大限のものを作り上げるテキスタイルデザイナーという仕事についてもお話が伺え、貴重な経験となりました。

続いて、スーツ等を生産している葛利毛織の工場を見学させていただきました。現在では高速織機が普及し、大量の布地を短時間で織り上げることが当たり前となっている中、低速だからこそ手織りの風合いを残した布を織ることができるションヘル織機を昭和初期より使い続けられているそうです。そちらで織られたという布地は、確かに空気を含んだような柔らかさのあるものばかりでした。

最後に三星染整の整理加工工場を見学させていただきました。今まで、スクールでは織ることを中心に学びましたが、製品になるまでには織りあがったものにこんなにもたくさんの工程を経て加工を施さなければならないのかということに驚きました。何度もサンプルを作成し、その布地に最適な外観と触感を作り上げることは、きっと私が想像する以上に難しい作業だったと思います。

made in Japanの製品が世界で注目される今日、尾州で作られているような力強い日本の伝統を何らかの形で支える人材になりたいと強く感じました。

織実習「綴織」 本科 宮原麻衣

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学校の玄関に飾られた8枚のタペストリーを見て、この約一ヶ月間の綴織に浸かった日々を思い出し、
感慨深いものがありました。

綴織は経糸の下に織り下絵を置き、その下絵に沿って緯糸を爪や櫛で掻き寄せながら織っていきます。
初めの頃は私自身の不器用さも相まって何度も先生に助けを求めなければ上手く織り進められず、
もどかしい気持ちを感じる日々が多かったです。しかし続けていく中で、緯糸を一越一越入れていくことによって、まるで絵を描いているように下絵がだんだんと布の上へと浮かび上がってくる様子に、
綴織の魅力を感じ、面白さを感じ始めるようになりました。

基本的な技法を一通り学んだ後、最後の課題として「花」をテーマに自らデザインを進め、
各自タペストリーを完成させることとなりました。

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デザイン画

デザインを考える際、夏休み前までの約2週間という期日があったのもあり、
やってみたいと思うデザインと始めて間もない今の自分の技量とを考えながら作成していくのは難しく、
原画完成にも多くの時間を要しました。

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完成作品

原画が完成し織り進めていく過程でもやはり悩み、手が止まってしまうことが多かったです。
しかしその中でも、これまで学んできたことを活かし「ここはこの織り方の方が上手く表現できるかも、、、」等と未熟ながらも自分で考え進められたことは、大変に思う部分もありながらも、今まで以上に出来上がっていく過程を楽しむことができたと思います。
そして、最後に完成したタペストリーを見た時には、達成感とともに少しでも成長できている自分にも気づくことができ、とても嬉しく感じました。

これからも一つ一つ作品を確実に完成させながら成長していけたらと思います。

織実習「布を織る」 本科 鈴木しなの

ゆらり ゆらり 玄関から舞い込んできた風に長い長い布が揺れます。
あまりに美しく、そしてこの布とともに辿ってきたこれまでの時間があまりに濃厚で、
胸がいっぱいになり、目から涙が溢れてきました。
この涙は嬉し涙であり、感動の涙であり、そしてまた、悔し涙でもあるなと思いました。

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基礎織の授業で初めて織を経験し、スピニングの授業で糸紡ぎを学び、当たり前の感覚が覆されるような日々。
そんな中始まった「布を織る」という授業は私にとってさらに得るものの多い貴重な時間となりました。
この授業では、自分の好きな絵画を選び、そこから計5色の色を取り出して縞模様をデザインし、
8メートルの布を織りあげます。そして、織り上げた布の一部を風呂敷に仕立てます。

糸の種類はウールからコットンとシルクへ、機の種類はジャッキ式からろくろ式へ、
隙間がわからないくらい細かい筬や繊細な細い細い糸……基礎織とは違うことばかりで、
次に何が起きるか予測できない毎日に必死でした。

私はジョルジュ・スーラの点描画『グランジェット島の日曜日』という絵画を選びました。
この作品にも描かれているように、日曜日の公園に行くとたくさんの人々が思い思いの時間を過ごしています。
友達と、恋人と、家族と、そして一人ぽっちでも、他愛もない事をお話ししたり、笑ったり、物思いに耽ったり、
そんないつもはそれほど特別に感じないことがなんだか特別になる。
こういうことこそ幸せなんだな、こんなに身近に幸せはあるんだな、と教えてくれる日曜日の公園が私は大好きです。そんな日曜日がずっと続くことを願って今回布を織れたらいいな、そして風呂敷に仕立てると聞いていたので、
その温かな時間で何を包むことができたら素敵だなと考えました。

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デザインから始まり、糸の染色、糸繰、整経、粗筬通し、前つけ、経巻き、筬通し、綜絖通し……
1200本の糸を扱いながら行う作業一つ一つが気が遠くなるくらいに繊細で、時間がかかりました。
少しでも前の行程にミスがあると進めないので集中力も試されます。
毎日のようにアトリエ開放時間ギリギリまで居残りをして、神経も体力も要する日々を乗り越えられたのは、
どんな時も落ち着いて対応してくださる先生、そして一緒にもの作りに取り組む仲間がいたからだと思います。
声を掛け合ったり、相談しあったり、特に経糸を巻き取る作業は特にチームワークが求められます。
また、織りが始まってからは周りから聞こえる一人一人のシュッ、トントン。シュッ、トントン。
というシャトルが経糸の下を走り、框で打ち込む力強い音が励みになりました。

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ものづくりは一人のようで一人じゃない。刺激しあって、支え合って、お互いが深まり広がってく。
織りをしていると生きることと似ているなと思うことが多々あります。
今回の制作を通してそう強く感じたことがもう一つあります。
それは一つ一つの積み重ねが全て作品につながっているということです。
授業の最後の講評会の際、二階から吊るした布を見たとき、色合いや縞のデザインは自分としては気に入っていたものの、耳(織端)の乱れや、それらを気にしすぎたり、焦ったりした自分の心の乱れが布に現れていると感じました。先生からもそのような講評をいただき、見る人にも伝わってしまっているのだと気付きました。

自分だけではこれも「自分の味かな」なんて言ってごまかしてしまっていたかもしれないことを、
人に見てもらうことでしっかり受け止めることができたり、
新たな課題や発見があったりして自分の視点から遠ざけて見ることはとても大切なことだ学びました。
少しでも「ま、いっか」とごまかしたらそれ相応のものが仕上がる。
生きることも一つ一つの感情や経験が自分の人生に必ずつながっていく。
織りにしても、普段の生活にしても、一つ一つをゆっくりでもいいから丁寧に大切に積み重ねていけたらいいなと思いました。

私が一番悔しかったのは今回の制作にあたって伝えたかったことが、
自分の技術の未熟さと心の乱れで思い切り伝えることができなかったということです。
自分が表現したいこと、伝えたいことをちゃんと伝えるために基礎を固める、
土台を固めるということは欠かせないことなんだと痛感しました。
人間初めからうまくはいきませんから、今回のことをバネに今後の授業にも一生懸命取り組んでいきたいと思います。

こうして今、たくさん失敗して美しいものからたくさん刺激を受けることができている。
そんな川島テキスタイルスクールでの学びが私にとって本当にかけがえのないものだなと改めて感じました。
また、今回の授業を経て、当たり前に身につけたり、使ったりしてきた布への見方が大きく変わりました。
機から織り上げた布を外した時に感じた布の重みとあの時の感動は一生忘れられません。
布を織るという経験をし、その過程を知っているということは、
これからの人生をより一層豊かにすると確信しています。
知っていると知らないでいるとでは大違いだなと最近よく思うのです。