スクールの窓から:素材も場所も「自分が心魅かれる方へ」 表現論・井上唯さん講義

専門コース「表現論」の授業で、アーティストの井上唯さんを講師に迎え、アーティスト・イン・レジデンスで国内外の様々な土地で制作している活動などについて話していただきました。

大学と大学院で造形と染織を学んだ井上さんは、卒業後も制作を続けられる道を求め、大学助手の仕事に就きます。制作するなかでアーティスト・イン・レジデンスに興味を持ちますが、参加には3カ月など一定期間、時間を空ける必要があることから、助手の仕事を3年で辞めて、やりたい事業に応募しながら制作を続ける道を選びます。

学生時代にバスケタリー作家の方の講義で学んだ「思考と目と手でつくる」というありようが、その後もずっと身体に残っていたという井上さん。滞在制作では、その場所に何を存在させるべきなのか想像しながら「土地のこと」をリサーチし、「素材×技法」「空間×場所」「主題×概念」を言葉やイメージで考えながら何をつくるかを決めていくそうです。講義では、その要素をどう形にしていくのかが具体的に語られました。香川県の粟島で、かつて海員養成学校だった建物内に、麻の繊維を使って漁網を編む技法で「人の気配」をつくったり、徳島県神山町で劇場寄井座の空間に、藍染めの大きな布にほたる絞りを発展させた手法で宇宙の星々のような絞りを散りばめた「うち」の空間を出現させたり、というように。

◆常に時間との闘い、それでも「つながるのを待つ」
そんな滞在制作の経験談に学生たちは刺激を受け、修了展に向けて取り組み始めた自身の制作と思いを重ねるようにして、質問が相次ぎました。特に素材や準備、アイデアといった観点からの制作プロセスが気になったようです。「現地で見つけた素材で制作するのに意識していることは」という質問に対して、井上さんからはこんな回答がありました。「素材の時点で心動かされるものを使う。場所もすべてそうですが、自分が美しいと思ったり、心魅かれたものに素直に従うようにしています。手元でつくっていても、実際の空間に持っていくと見え方が変わるので、現場と行き来しながら何度も実験します」

期間が定まった滞在制作は、アイデアと手仕事のはざまで「常に時間との闘い」。そのいっぽうで「待つ」面も。「アイデアが思い浮かばない時はあるか」という質問に「あるある!」と率直に返し、「時間が迫ってきて吐きそうになるくらいプレッシャーがある時もありますが、反面ワクワクもします」と。「アイデアはむしろ考えていかないです、最初から狭めたくはないので。現地で調べたり散策したり話を聞いたりして種を集めていき、つながるのを待つ。待つ間にいろいろ実験していく。手を動かしながら考えられるのが手仕事のいいところですね」

◆生活の知恵とものづくりがようやくつながった
人が自然と関わるなかで生み出してきた知恵やものづくりに魅かれ、織りや編み、染め、縫いなどの手法を用いて制作している井上さん。現在は作品制作だけではなく、暮らしの中で使う道具づくりも実験しているそうです。滋賀の自然豊かな環境に居を構えて制作する今、「生きていく上での生活の知恵」と「ものづくり」の両方が「ようやくつながってできるようになってきた」と話します。

自分がやりたいと思う制作を自由に続けていくためには、時間を空ける必要があると考えて、定期的な仕事はあえてやらない。その分「学生時代から、生活費をあまりかけずに工夫して生活するのが好きだったので、ライフサイクルができているのかもしれないです」と。

講義全体を通して、どんな質問に対してもまっすぐな眼差しで語る井上さんが印象的でした。それは「制作を続けたい」という思いで、道なき道をオリジナルにつくってきたご本人のありようにストレートに通じている。ものづくりの芯と、同時に生き方の広がりを感じた時間となりました。

〈井上唯さんプロフィール〉
いのうえ・ゆい/自然と関わるなかで生み出されてきた人間の営みや知恵にワクワクし、そこから学びつつ新たな視点で捉えていくことで、この世界の仕組みや目に見えない繋がりを“モノ”を介して想起させるような光景をつくり出したいと考えている。普段の暮らしの中で様々なモノを収集したり、それらを使って、作ったり、繕ったり、遊んだりと、素材と対話しながら手を動かしていくことを軸に<生活>と地続きにある<制作>の在り方を模索している。

website: YUI INOUE