専攻科

「第7回学生選抜展」受賞のお知らせ

日本新工芸家連盟特別企画「第7回学生選抜展」で、専門コース専攻科の岩本瑞希さんの着物作品が、奨励賞を受賞しました。

「春の庭」

第7回「学生選抜展」は第46回「日本新工芸展」本展・巡回展に伴って全国三都市で開かれ、受賞作品「春の庭」はそのうち東京と京都で展示予定です。ぜひご覧ください。

東京本展:5月12日(日)~18日(土)東京都美術館
東海展:6月8日(土)~16日(日)松坂屋美術館(名古屋)
近畿展:7月2日(火)~7月7日(日)京都市京セラ美術館
日本新工芸家連盟

「テキスタイルの未来を見据えて」播州研修より 専攻科・日岡聡美

「日本のへそ」といわれる兵庫県西脇市を中心とした北播磨地域。そこは220年以上続く播州織の産地です。糸を染めて織る先染織物の国内有数の産地として、商品企画から染め、織り、加工までを一貫して行っています。専門コースでは産地研修として、西脇市郷土資料館を訪れて地域の風土や播州織の歴史を学び、植山織物株式会社と大城戸織布の工場を見学しました。


西脇市郷土資料館

西脇市に到着し、最初に向かったのは西脇市郷土資料館。西脇と播州織の歴史を紹介している展示を職員の方にご案内いただいた。

西脇市で播州織が織られるようになったきっかけは宮大工の飛田安兵衛が織機を改良したからだそうだ。また、周りの川の硬水が染色に向いていたり、山に囲まれた土地なので湿気があり、糸の乾燥を防げたりと織りに向いている土地だったので西脇の織物業が発展した。

時代が移り変わるにつれて生じた播州織の変化を紹介していた箇所が印象に残った。明治時代から第一次世界対戦前くらいには、織物の色はダークグレーなどの落ち着いた色が主流だった。第一次世界対戦後、国内で布が売れなくなるようになり、また関東大震災の影響で神戸港での貿易が盛んになった事から布の海外輸出が増えていく。この時代は海外向けのカラフルな原色の布が作られていた。第二次世界大戦後、商品の高級化が進み、色も中間色のものが増えた。現在は外国での価格競争もあり、今までのように大量生産ではなく少ロットで品質の高い播州織ブランドとして主に国内で販売されている。このように時代によって織物は変わり、人々の生活に寄り添ってきたという事が分かり興味深かった。

最後に「中入れ札」というカードのような紙をいただいた。以前は布を売る時に中入れ札を一緒に渡していたらしく、デザインもマッチ箱のラベルのようで可愛かった。名刺のようなものだったのだろうか。このような文化を知る事ができるのも楽しい。

植山織物株式会社

二番目に訪問したのは植山織物株式会社さん。織りの他に、外部のバイヤーなどに営業をする「産元」もされている。

社長の植山さんが出迎えてくださり、工場に入った。中では植山織物さんはシャツの布地が主流商品で、特にチェックシャツの生地が多い。回転数(糸を入れる回数)が一分に100-120 回から 600 回と、スピードが違 う複数の自動織機で織って色々な風合いの布地を生産している。

布地見本を見せていただき、同じ経糸・緯糸でも機の回転数、起毛、平織り・綾織など条件を変えると風合いが変わるという事を布地に触れて感じた。このような様々な加工のこだわりが、日本産のテキスタイルの凄さだと感じた。チェックやストライプのようなパターンは、日常的によく着用する人が多いと思う。普遍的な服こそ、長く、心地よく着てもらえる為のこだわりが大事なのだ。

大城戸織布

最後に伺ったのは大城戸織布さん。ジャカード機とドビー機を使って多くのユニークなテキスタイルを作っている。工房に入ったら、天井から沢山の糸が吊られていた。よく見てみたら、通常自動織機で布を織る時処分されてしまう端の部分で、「ふさ耳」と呼ばれているとか。大量のふさ耳の枷は、まるで羽でできたスカーフのようだった。これらは、イベントなどで販売されたり、新しいテキスタイルの素材として使用される。

代表の大城戸さんが工房内を案内してくださった。大城戸織布さんは、主に個人の若手デザイナー向けに小ロットの布地を作っている。「付加価値がある商品」を大事にされており、その為に様々な試みを行っている。使用する糸も工房で撚りあわせ、風合いに変化を出す為撚りの強弱を付けている。

前述したふさ耳を入れ込んだ布を作る工程を見せていただいた。まず無地部分を自動織機で織っていき、一度止めてふさ耳を模様のように入れ込んでいく。織機のスピードは遅めで、ふさ耳のような経糸と糸の太さが違うものでも布のバランスが崩れてしまわないように調節されている。

最後に大城戸織布さんが作られたテキスタイルのショールームを見せていただいた。中には綿、麻、ウールのようなオーソドックスな素材からテグスのようなイレギュラーな素材まで、様々な素材を使用したジャカード生地が溢れていた。奥には大城戸さんのお弟子さんが制作されたという、ふさ耳を使用したコートがあり、発想のユニークさに魅了された。

ショールームでは大城戸さんがテキスタイル業に対する信念を語ってくださった。大城戸さんは難しい加工なども多くの依頼を受け、作ってみる事で実現可能にしていくとおっしゃっていた。日本各地のテキスタイル関係者の方々と繋がりを持ち、情報を共有して共に学び合っているそう。大城戸織布では今後も藍染など新しい事をやっていくそうだ。新しい試みを古くからの技術に複合させ、常にテキスタイルの未来を見据えている大城戸織布さんに強い感銘を受けた。

おわりに
今回は播州織の歴史を学び、二ヶ所の織布会社を訪ねる事ができバラエティに富んだ研修だった。播州織は主にシャツの素材などに使用されていて、日常に近い織物なのだという事が分かった。知らず知らずに、播州織でできた服やインテリアなどが周りにあったのかもしれないと思うと、実際の産地を訪れ制作の現場を見る事ができたのは感慨深い。風合いなど、使う人が心地よく布を使う事ができるためのこだわりを自身も制作に取り入れたいと感じた。また、現場の職人さんの創作への想いを聞く事ができとても貴重な体験になった。彼らの織りに対する熱意と向上心を見習いたいと強く思った。

見えない部分も大事にするデザインを (株)川島織物セルコンでインターンシップ

例年、(株)川島織物セルコンで実施しているインターンシップ。今年度も専門コース専攻科の学生たちがそれぞれ「帯」と「緞帳」の製作の一部を経験しました。現場で専門家から直接指導を受けて、デザインから試作までを行うという、学生にとって学びの多い研修。川島テキスタイルスクールと(株)川島織物セルコンの繋がりだからこそ実現する充実の内容です。「帯」製作のインターンをリポートします。

今回「帯」のインターンを希望したのは、スクールで着物を専攻している学生たち。「帯がどのように作られるのか、一つの商品が出来上がるまでにどのような過程を経るのか知りたい」と参加。基礎講義の後、開発現場へ。草花を原型にした文様「花の丸」をデザインするのに図案、意匠図を作成。そこで設計した紋図をもとに、現場の製作担当者に織ってもらい、力織機の仕組みを学びながらサンプルを仕上げ、最後のプレゼンテーションまでの11日間を走りきりました。

製作現場では、一つの商品を作るのに分業制で進む中で、どの工程でも「いいものを作ろう」という向上心を感じたという学生。インターンシップを経て、これから自身の制作でも「一つひとつの作業をより丁寧にしていこう」と気持ちを新たにした様子でした。また「花の丸」のデザインの指導で、茎や葉の「見えない部分もどう繋がっているのかを大事にする」という助言を受けた学生もいました。スクールに戻るとすぐ自身の着物のデザインをやり直し、学びをさっそく制作に生かしている姿も見られました。

専門コース2年目の夏、それぞれの目標を持ってインターンシップに臨み、製作現場で得たさまざまな気づきを持ち帰った学生たち。視野を広げて、いま自身の制作に向き合っています。

過去のインターンシップの詳しい内容は、こちらのリポートで紹介しています。
・綴織の「緞帳」のデザインと試作を行う、美術工芸生産グループでの昨年のリポート記事
・「帯」のデザインと試作を行う、呉服開発グループでの初年度のリポート記事

*2024年度専門コース本科・技術研修コース入学願書受付中! 一次締切は10月31日です。詳しくはこちら

修了生インタビュー:「自分の好きを追いかけた3年間」木村華子

2020年に専門コースに入学した木村華子さんは、美術高校を卒業後、スクールで1年目に織りの基礎、2年目からはファッションテキスタイルを専攻して3年間しっかりと学びました。修了後は(株)川島織物セルコンに就職します。自分の「好き」を積み重ねて「3年間学んでよかった」と笑顔で語る木村さんに、学びの歩みや、自身の変化、やり抜いた今の思いなどを語ってもらいました。

◆ 次は進歩したい
〈インタビューは修了展の会場で、展示作品を見ながら行いました。〉
——作品が展示されて、今の気持ちを教えてください。
嬉しい気持ちもあるけど、自分の手から離れていったさみしい気持ちもあります。向き合ってきた時間が長かったので、作品が子どもみたいに思えます。糸の素材感を生かして、どうやったらうまく織れるか、たくさん試織したので、がんばったな、ちゃんと織れてよかったなと、ほっとした気持ちもあります。

純喫茶のお気に入りのスイーツのイメージを服地にし、スカートに仕立てたシリーズ作に仕上げた
(右から) 「宝石」喫茶ソワレのゼリーポンチ
「甘酸っぱい」純喫茶アメリカンのヨーグルトパフェ
「ほろにが」純喫茶フルールのプリンパフェ
「宝石」喫茶ソワレのゼリーポンチ

——木村さんは2年目の専攻科で、ファッションテキスタイルを専攻しました。この専攻を選んだ理由は?
まず、服地を織りたい気持ちがありました。それで着物かファッションかで専攻を迷ったのですが、ふだん私が身に付けているのは洋服だなと思って。実際に自分が着て、やさしくなれるというか、気持ちがいいと感じる生地をつくりたいと思ってファッションテキスタイルを選びました。

——そのなかで、どのように制作に取り組んだのでしょうか。
制作のテーマを設定するのに、自分が好きなものは何だろうと考えた時、レトロなものに惹かれる自分に気づきました。1950年代のシンプルな服の形が好きで、初めは50年代をテーマに服地をつくりました。だけど、その先で行き詰まってしまって。今振り返ると、レトロで何かつくりたいまでしか見えていない状態の中で、年代にとらわれ過ぎたのかな。レトロって何だろうってすごく悩みました。

——行き詰まったところから、どうやって方向を見い出したのですか?
いろんなものを見て、視野を広げました。3年目に進み、改めて私はレトロの何が好きなんだろうと考えた時、今の私と同じ20代の人にも昔の服の生地感の良さを知ってほしい、着てほしいという気持ちに変わったんです。それで素材を中心に考えていこうって目標を立て、レトロの中でも純喫茶のスイーツにテーマを絞って、イメージと食感を服地にし、スカートに仕立ててシリーズ3部作にしようと結びつきました。

——スクールの学生同士で、刺激し合う部分もありましたか?
周りで織っている姿を見て、自分も頑張ろうっていう気持ちになれました。同学年の人とは、制作途中の発見や失敗、他愛もない話まで何でも話せて、悩みも言い合えました。話すことで次は進歩したいって思えたし、心強かったです。

——専門コースの2・3年次では、制作するのに自主性が必要ですが、そこで先生との関わりはどうでしたか?
毎週1回、制作過程を報告するミーティングがあったのがよかったです。サンプル生地を見せながら、自分の織りたいイメージやアイデアを伝える訓練になったし、伝えることで、より作品づくりに向き合うことができました。先生方は織りに詳しいので、私が気づかないところからアドバイスがあって、そこからやり方を自分で切り替えられたりして、制作意欲を保ちながら自分のやりたいことを形にしていくのに、ミーティングは大事な時間でしたね。

◆産地の方々と一緒に、ものを作り上げる経験
——木村さんは翔工房事業((公財)一宮地場産業ファッションデザインセンター主催)に挑戦し、尾州産地の「匠」と呼ばれる熟練の技術者とコラボレーションしてワンピースを製作しました。その経験は木村さんにとってどんなものでしたか?
仕事としてものを作り上げていく経験が、私自身の大きな糧になったと思います。匠の方と一緒に企画して進めるのに、自分が描いたデザイン画を見せながら、素材や色の重なりなど「こうしたい」と考えを伝えて、形にするのに相談しました。ここでは私は織らずにデザインだけの関わりだったので、初めは伝えるのが難しいと感じましたが、伝えないと理想の服地ができない。裾をフリンジにして経糸を見せるデザインにしたいと伝えると、「やってみるね」と匠の方がシミュレーションしてくださり、イメージと違う場合は私もちゃんと「違う」と伝えて、変えてもらって。匠の方からは袖の部分に柄の変化をつける方法を提案いただいたりして、一人でつくる時とはまた違う柄ができるなって実感しました。

——スクールは手織り、この事業では機械織りという違いもあります。両方を経験することで、何か気づきはありましたか?
手織りだったら、あまり経糸に他素材を入れないですけど、機械織りで、経糸にいろんな素材を入れて織り込む技法を経験できたのはよかったです。機械には機械の良さがあると知り、逆に手織りでしかできないことをもっとやりたいなと思いました。

——織りを学んできたからこそ、製作現場で強みを感じた部分は?
糸の状態と織ったものを見るのとでは、色のイメージが全く変わります。スクールで糸も織り組織も両方を学んできたからこそ、織った時にこう出るというのが頭の中でイメージできました。現場でのやりとりで、「こういうパターンで作りたかったら、ジャカードじゃなくてドビー機で出せるよ」と言われた時に、機の機能がぱっと頭に入ってくるし、「朱子で織る」というと「柔らかい風合いになるんですかね」というふうに話が通じるのが「気持ちいい」と匠の方に言ってもらえたのも嬉しかったです。

——3年目は翔工房事業に参加しながら、スクールでも並行して制作を進めてきました。外と内の両方で、ものづくりに取り組みながら自身の変化に気づくことはありましたか?
翔工房で他の学生が製作した竹糸を用いた製品を見て、私も竹糸に興味を持って自分の制作でも取り入れてみました。竹糸は、糸自体は柔らかいんですけど、湯通しすると硬くなり、織って生地になるとすごく柔らかくなって、変化が面白いと思いました。そうやって素材感が変わるのも、糸から生地をつくっていなかったらわからないこと。これまでスクールの制作でたくさんの糸を試して、縮絨も経験してどのぐらい縮むかも見当がつくようになったので、竹糸のように初めての糸を扱う時でも、大きな失敗がなくなりましたね。

◆「好き」しか追いかけていない
——木村さんが3年間の学びで、積み重ねてきたものは何でしょう。
どうしたら織りとして成立するか、今まで学んできた中からこうできるだろうと、頭の中で考えられるようになりました。試織などで失敗を繰り返したからこその学びじゃないかなと思います。
それに機の準備が大好きになりました。織るのと同じく準備も3年間やってきたので、こうしたら早くできるとか、スムーズに糸通しできるとかが大分わかるようになって楽しいです。そうやって3年間楽しく織りに向き合えたのが、本当によかったなって思います。私は高校の時、織りに苦手意識があったので。だけどなぜか気になって、織りを学びたいとスクールに入学したんです。そこから1年ごとに、だんだん織りが好きになって、3年経つ今が一番好き。思う色にバチッと染められた時や、織っている時に、糸に「かわいくできたらいいね」って話しかけたりして(笑)。それで作品の形になったら「使わせてくれてありがとう」って伝えていました。

——改めて、3年目の創作科に進んだ理由を聞かせてください。
なんか悔しかったんです。2年目、制作に迷いがあって、自分が本当に好きって思えるものがつくれなくて。自分がつくるものをもっと好きになりたいし、これで終わらせたくない、もっとつくりたいと思ったので。

——その悔しさを3年目で晴らせたと感じますか?
そうですね。服地だけでなくスカートの形にもできたし、自分の好きな色合いや柄を見つけて、チェックのデザインで出すことができたので。反省点もありますが、晴らせたんじゃないかと思います。

——この3年間、自分の「好き」をあきらめなかった。
あきらめたくなかった。でも私はこれまで、好きしかやったことがなかったんです。絵が好きで美術高校に行って、スクールで織りを学んで、逆に自分が好きじゃないと続けられる自信がない。「好き」しか追いかけていないです。

——修了後は、(株)川島織物セルコンに就職が決まりました。「好き」は就職先にもつながりますか?
はい、将来は伝統的な仕事に就きたいと思っていたので嬉しいです。小学校の卒業文集にも「伝統的な仕事がしたい」って書いてて。子どもの頃はお寺を見るのが好きで、宮大工さんに憧れたこともありました。お父さんは大工なので、一緒に見に行くと寺社建築の木の組み方とかを説明してくれてたのもあって、伝統的な仕事をしたいと思っていました。それが結局、織りになっていったのかな。これからも好きを追求していきます。

——これから織りをやりたい人に向けてのメッセージをお願いします。
もし迷っていたり、ちょっとでもモヤモヤがあったりしたら、まずは踏み出すしかないのかなと思います。踏み出せば、もう自分自身やるしかないって思うので。とりあえず手を動かすことが大事なのかもしれない。まずはやってみる。その先で、確実につながっていきます。

2020年9月に掲載した、「在学生の声(専門コース本科)」の記事です。
「織りながら自分の好きを発見していく」木村華子

制作の先に:「和菓子の美しさに見惚れてタペストリーに」鶴屋吉信に学生の作品を展示

京都・西陣にある京菓匠「鶴屋吉信」本店に、今年も学生が制作したタペストリーが納められました。

専門コースでは、2年目の専攻科になると希望者は「店舗空間のためのテキスタイル制作」に取り組みます。新たに展示されたのは陳湘璇さん(2019年度専攻科)の作品「too adorable to eat」で、こんなキャプションが添えられています。

彩りを見ているだけで心が癒される
並べられた和菓子は いつまでも見つめていたいと思う程美しい

陳さんは制作にあたってお店に行き、手作りの和菓子の見た目の美しさに見惚れます。そこで箱詰めされた和菓子のイメージでデザインし、二重織や捺染の技法を用いて、タペストリーに仕立てました。

展示場所は、店内2階の茶寮への階段の踊り場。和の雰囲気にタペストリーがしっくりと馴染んでいます。
「鶴屋吉信」本店に行かれる際には、ぜひご覧ください。

*陳湘璇さんは、スクール修了後も織りの仕事をしながら制作を続けています。陳さんの作品が、このほどイタリアのMiniartextil Comoに入選しました。

instagram: @shung_shoko

仕事としての織りを考える機会に (株)川島織物セルコンで緞帳のインターンシップ

専門コースでは2年目の専攻科に進むと、希望者は(株)川島織物セルコンでインターンシップを経験できます。2022年度は2つのプログラムが設けられ、それぞれ希望者が参加しました。一つは呉服開発グループで、帯のデザインと試作(昨年のリポートはこちら )、もう一つは美術工芸生産グループで、綴織の緞帳のデザインと試作です。今年新たに加わった緞帳インターンシップを紹介します。

綴織は、スクールを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法。スクールでも1973年の開校当初から、綴織は柱の一つとしてずっと教え続けています。現在は専門コース1年目に、綴織の基礎をはじめ、織下絵の描き方や絵画的な織り表現を学ぶ授業、そしてタペストリーのグループ制作を行っています。学生はそうした土台をつくった上で、緞帳のインターンシップに臨みました。

◆ 早く、正確に仕上げるために

事前準備は原画作成。学生それぞれの出身地のホールに納める想定で、緞帳のデザインを考えます。想定サイズは14×8メートル、そのなかで織りたい部分を1メートル四方で選んで、その試織を10日間のインターンシップで行います。現場では専門家の指導の下、織下絵をつくり、使う糸を決めたり杢糸を配色したりと色糸を設計して製織へ。本来、会社では分業されているところを、このインターンシップでは、一連の流れで取り組むことができます。

スクールの報告会で、参加した二人の学生が口を揃えて言っていたのは「理論的に織る方が早く、正確に仕上げられると実感」したこと。「スピードと品質の両立」は、製品をつくる現場で欠かせないもの。積み上げる段数の数え方や注意点を学び、実際にやってみて、それが腑に落ちたようでした。たとえば、きれいな丸をどうやって織るか。学生の一人は「私は感覚で織りがちなのですが、何段織ったら違和感なく見えるかを最初に確認した方が、より早く織れて、完成形もよくなるとわかりました」と話しました。

◆ 高い集中力でやり切れた自信

製織では、どう織ったらデザインの意図が自然に伝わるか、専門家から技法の助言を受け、プロの目線や思考を学べたのも大きかったようです。「私の少しの間違いにもすぐに気づいて教えに来てくださって、判断力の早さに驚きました。長年の経験と、周囲をよく見る力を感じました」。具体的な技法から織りに向き合う姿勢まで、スポンジのように吸収してきた学生たち。スクールの報告会でも、それぞれに得たものや、見えてきた課題などについて、終始生き生きと語っていました。

「この経験をきっかけに、仕事としての織りをどう考えたか、織りとどう生きていきたいかを考えてみるのも大事」と、スクールの山本ディレクター。参加した学生はインターンシップを通して、スクールの制作とは違う企業の現場での織りを知り、作業の向き不向きに気づいたり、自身と織りとの関わりを見つめたりする機会になったようです。

当初10日間で仕上げるスケジュールは厳しいと感じていたものの、限られた時間で計画的に進め、高い集中力でやり切れたことは、学生の自信にもつながった様子。仕上がった実物を見て、報告を聞いた他の学生も刺激を受けていました。学びの勢いに乗って、今度はスクールで自身の制作に力を注いでいきます。

在校生受賞のお知らせ

専門コース専攻科の近藤雪斗さんが第71回 西宮市展の西宮市展若手奨励賞を受賞しました。


「Frame」−−この日本に、新しいものを建てたい。大きい窓は建物の顔。文明開化への眼差しが、新しいモノづくりへの情熱が、Frameに思いを託す−−/組織織りのラグです。フレーム柄をいかに美しく織れるかが肝。二重織の組織で白黒の色の切替を、ピックアップの技法で滑らかな曲線の工夫を凝らし、作り手のFrameへの思いを手技に託しています。



第71回 西宮市展
7月2日(土)〜9日(土)
※7月4日(月)は休館
10:00-17:00(最終日は15:00まで)
西宮市立市民ギャラリー