本科

在校生インタビュー「作り手の自分に戻ってきた」Uさん(2025年度・専門コース本科)

芸術大学を卒業し、何年か会社員生活を送り、川島テキスタイルスクールの専門コースに入学。「やっぱり作り手になりたい」という自分の気持ちに素直になったというUさんに、大学の専攻とは違う織りを選んだ経緯や、仕事を経験して実感する学び甲斐などについて語ってもらいました。

修了制作のサンプル織り。モチーフとなる石からインスピレーションを得る。

◆我慢しないで素直になった

——Uさんは芸術大学の大学院を卒業されていますが、染織の専攻ではなかったのでしょうか。

大学で染織は全くやっていなくて、現代美術やインスタレーションを学びました。作品制作における素材や手法はその時々で変わり、糸を扱ったこともありました。糸や織りや布に興味はあって、染織専攻の友人の制作室に遊びに行ったり、制作の話を聞いたりして楽しそうとは思っていました。

——卒業後は2社で働かれています。どちらもものづくりの会社です。

それは意識していた点です。卒業後の進路は、自分の制作を続けるか、留学するか、就職するかの選択肢の中で、新卒だからこそできる経験として就職を選びました。会社は、自分が素敵やなと思える製品を作っていたり、作り手へのリスペクトがしっかりあるところがいいと思って選びました。一旦自分で作るところから離れる、またやりたくなったら戻ろうという気持ちでした。

——2社を経て、やっぱり自分で作りたくなったのでしょうか?

そうですね。1社目は商空間ディスプレイの仕事に携わっていました。製品をよく見せるには、販売するにはどうするかなどすごく勉強になりました。ただお店ではシーズンのサイクルが早く、ディスプレイの役割が終わったらお金をかけて廃棄せざるを得ないとか、消費ペースがちょっと早いなと引っかかりがあったんです。もし自分が作るなら消費期限の長いものを、仕事のペースではなく作りたいと思いました。2社目はインテリア業界でしたが、どの環境でも私だったらこうするとこだわりが出てくるようになって、もう自分で考えて作りたいんやろなって。その気持ちを優先させました。

——そこで学校で学ぶという選択をされたのは?

働いてた時、同年代で進路変更した周りの人たちと話す中で、結婚だったり出産だったり、退職してもう一度勉強したりといういろんな選択肢で勉強が 1 番羨ましかったんですね。羨ましいと思うならやればいい。我慢しないで自分に素直になったという感じです。

——どうして織りだったのでしょう?

前職で、テキスタイルの張地のデザインや機能を接客時に説明する必要があって、インテリアファブリックを勉強していたんです。ただ言葉で覚えても実感がなく、これは実際にやらないと理解できなさそうと感じていたんですね。世の中に流通している布を見てもわからないところ、手織りの始めと終わりはどうなっているかとか織物の仕組みが気になりました。興味が先にあって、仕事を通してもっと知りたくなった。服も好きですし、専門的に勉強するのに違和感がなかったです。

——学校見学に来て、即決できた理由は?

先に退職を決めていたので、あまり悩みませんでした。この学校の雰囲気が自分の通っていた大学に似たところがあって、懐かしい感じがして。制作のための場所とか、機がたくさん並んでいる空間とか、自然豊かで静かな校舎とか、初めて来たのに戻ってきた感じ。いろんなタイミングが合って、この学校に通うことになって、この選択で良かったんじゃないかな。日々楽しいですし。

◆自分にとって、ものづくりの営み自体が必要

——これまでの仕事の経験は、今の学びとどうつながっていますか?

課題をやる中で、経験に助けられていると思うことは多々あります。今だから出てくる考え方や表現とか、これまで全部の蓄積でやっているなって。制作に取り組む姿勢も、ただ丁寧に綺麗にゆっくり作ればいいじゃなくて、どの過程も無駄なく、早く丁寧に、を心がけています。効率を上げるにはっていうのは仕事で求められるところでしたし。人に言葉で伝える場面でも、自分だけ分かっていればいいのではなく伝えるために心を砕く必要があるのも、仕事の経験から思うようになったんじゃないかな。

——経験を生かせていると思えるのは嬉しいことでは。

日々幸せな気持ちです。通学のバスに乗りながら思いますね。課題だけやれる贅沢な時間。羊毛をほぐす作業でも、昨日より綺麗に早くできるわとか。そのためにどうしたらいいかにずっと頭を使ってる。それが贅沢やなって思いますね。これまでは製品をお客様に届けるまでの業務がメインで、それをやり続けたかったわけじゃなく、やっぱり作り手になりたかったんやなって。この学校ではどの作業工程もどんな仕上がりかも全部自分の責任でやっていけるのが面白いところ。ものづくりの楽しさや喜びが日々更新されている感じですね。

——これから修了制作が始まります。どのような心構えですか?

制作プランを考えるのに、これまで学んだことは一旦置いて、つくりたいものをつくるにはどうしたらいいかと考えた方が、ここでしかできないものづくりができるんじゃないかと思って取り組んでいます。根っこには、いらなくなるものを作りたくない気持ちがあります。指示を出して他の人に作ってもらうのともまた意味が違って、自分にとって、ものづくりの営み自体が必要。広い意味で自分が必要なものを作っていきたいです。

——商業ベースの仕事の経験を経て、Uさん独自の見方があるように思います。

大きなものづくりの流れがあると、口を出せないところがほとんどですし、その分モヤモヤは溜まりますよね。この学校って、そういう社会の消費の部分と一線を画しているじゃないですか。ここがあって助かりました。ここに来るまで、必要な遠回りだったんやろなって。遠回りでもないのかな。今、大学や大学院にいた時より制作を頑張ってると思います。作り手に戻ってこられた喜びもあるし、学んでいる内容も新鮮ですし、今までやってきたことを生かせている実感もある。なるようになる、流れがあるんやなって思います。

——自分の気持ちに素直になれたのも大きいのでしょうか。

そうですね、やっぱり素直が一番。これからも素直にものを作っていけたらいいですね。

スクールの窓から:「タペストリーで会話が成立する、お守りのような存在」 表現論・中平美紗子さん講義

 専門コース「表現論」の授業で、テキスタイル・アーティストの中平美紗子さんを講師に迎え、オーストラリアのメルボルンに制作滞在した経験を中心に話していただきました。「半分は計画どおり、半分は予想外の展開」だったという滞在について、終始生き生きとした様子で語られた時間でした。

◆タペストリーは世界共通
 作家、講師、レジデンス制作を軸に活動し、作家としては主に綴織タペストリーを制作、「個展をメインに作品を発表することを大事にしています」という中平さん。講義ではまず、出身地の高知県の土佐和紙を用いた初期の作品から、コロナ下で縞模様をモチーフとした制作に変化し、黄色ストライプの不定形のタペストリー制作に至る、これまでの変遷を説明されました。

 続いて2023年秋から1年間、ポーラ美術振興財団の海外研修員として渡豪した体験談へ。内容は制作活動をはじめ、現地で印象的だったアートの紹介、渡豪してから選出されたタペストリー工房でのアーティスト・イン・レジデンス経験、大規模な制作プロジェクトへの参加、それらの経験を通した自身の変化までが、ひとつながりに語られました。

「行ってみて最初は言葉も通じず、ホームシックにもなって大変でした。そんな中でも、タペストリーは見せたら会話が成立する。世界共通のコミュニケーション・ツールであり、私にとってはお守りのような存在だと思いました」

 そう締めくくった中平さんの言葉からは、タペストリーに対する深い思いが伝わってきました。

◆絵画との相違点も類似点も
 お話の後は、これまで制作した小作品やテストピースなどを見せてもらいました。実際に使った下図や資料とともに、「イメージを実現するために何が一番適しているのか、とにかく手を動かしながら」試行錯誤したプロセスや、「頭の中のイメージと下図と実物のギャップを少なくする」工夫などが具体的に話されました。

 学生たちは制作のヒントを探るように話を聞き、質問タイムに入ると、それぞれが中平さんの話の中で印象に残った部分を拾いながら発言。一人の学生は、タペストリーを絵画的か彫刻的かという観点から「どちらかといえば彫刻的」に追究してこられたところが印象に残った、と。対して中平さんは、「タペストリーじゃないとできないことって何だろう?とすごく関心があります。彫刻を一通り勉強し、次は絵画から生かせることがありそうだと思って、今は絵画の系譜を勉強し直しています。相違点も類似点も一通り把握した上で、今取り組んでいるテーマがあります」と情熱をにじませながら応答しました。

 探究心あふれる中平さんの姿勢に、3月の修了展に向けて動き出した学生たちも静かに響いた様子。「制作の悩みでも何でもいいですよ」と水を向けられると、「あれもこれもやりたいとなって一つに決められず、今自分が表現したものがわからない」と素直に打ち明ける学生も。中平さんは「今の様々な締切、環境や織機の条件に一番適して、ストレスにならないものを選び取る。やる/やらないと極端じゃなく、ちょっと可能性として置いておく。今後、長く表現活動を行っていくことを前提に、今は表現を模索する時期にして何でもやってみたらいい。条件と相談しながら、学校の施設を存分に使えるこの時期にできることに向かってみては、と思います」と寄り添うように話し、「すべてつながっていくので」とまっすぐに語りました。

 じつはオーストラリアで中平さんを受け入れたメンターの方は、約40年前、川島テキスタイルスクールの留学生だったそうです。「スクールに滞在した時のことを今でも鮮明に覚えていらして、リタイアした今もタペストリーを織ったり指導したりされています」と、スクールとのつながりも共有してくれました。

 中平さんを通じてタペストリーの“共通言語”としての頼もしさを感じ、つながりの奥行きを思えた授業でした。

〈中平美紗子さんプロフィール〉
なかひら・みさこ/高知県出身。京都を拠点に活動するタペストリーアーティスト。オーストラリアをはじめ、イギリス、フランス、アメリカなど国内外で作品を発表している。2023年度ポーラ美術振興財団海外研修員としてオーストラリア・メルボルンに1年間滞在、作品制作を行った。2017年、京都造形芸術大学大学院(現:京都芸術大学大学院)芸術研究科芸術専攻修士課程総合造形領域修了

instagram:@nakahira_misako

*中平さんは2021年「表現論」でもゲスト講師として来られました。授業リポート記事はこちら

制作の先に:「みんながほっと一息つくところ」 綴織タペストリー「こもれび」が寮に登場

専門コースの学生が制作した綴織タペストリー「こもれび」が、スクールの寮の2階に飾られました。昨年(2024年度)の本科生たちが修了制作のグループ課題として、場所に合わせてデザインし、手で織り上げた作品。静けさ漂う空間に調和した仕上がりです。

「陽のぬくもりや瞬き みんながほっと一息つくところ」がコンセプトの生活空間のためのタペストリー。このほど飾られたのは、吹き抜けの2階部分。窓越しの木々が緑の陰影となって写り込んでいる壁面にあります。作品は修了展でも展示されましたが、広い会場での展示とはまた違う、あるべき場所にやってきた、と建物空間に迎えられているかのようにフィットしています。

制作メンバーで寮に住む学生は「これまで夜間に廊下を通ると暗く感じていたのですが、タペストリーが飾られてからは夜でもこもれびが差しているようで雰囲気がやわらかくなったと感じます」とコメント。制作時は寮に、2年目の現在は通学しているメンバーは「下校時に寮に立ち寄ってタペストリーを見て帰ります。よく頑張ったなと思うんです」と今も制作の励みにしている様子。

光の瞬きも、奥行きのある緑色も互いに引き立て合うような、やわらかな空気感が漂う「こもれび」。「この学校で制作を頑張っているみんなの癒やしになればいいな」という学生たちの願いのもと、朝も昼も夜も、織りとともにある生活空間をやわらかく照らします。

制作の先に:「『楽しい』を合言葉に」 綴織タペストリー「オコメ・ワンダーランド」が食堂に登場

専門コースの学生が制作した綴織タペストリー「オコメ・ワンダーランド」が、スクールの食堂に飾られました。昨年(2024年度)の本科の学生たちが、場所に合わせてデザイン・制作した作品で、食堂を使う人たちからは「空間が明るくなった」と好評です。

「さらさら そよそよ 色々な音に耳をすませて 一粒のオコメからはじまる旅にでかけよう」というコンセプトのもと、食のめぐりを織りで描いたタペストリー。

「制作中はずっと『楽しい』を合言葉に、自分たちも楽しんで織っていました。大変でしたが、一つの大きな作品をみんなでつくった経験は楽しかったです」と制作メンバーの一人は朗らかに話します。「タペストリーが食堂に飾られてからは、タペストリーのある明るい方に面して食事するようになりました。ワークショップで来られた方々もタペストリーを見ながら食事する人が増えた気がします。そうやって見てくれる人を見るのも楽しいですね」。普段使っている場所だからこそ、タペストリーの効果を実感している様子。

食堂スタッフは「大きさに迫力がありますね」「淡く明るい色合いで、食堂に来られる皆さんに柔らかい気持ちで過ごしていただけるのではないかと思います」とコメント。

楽しさあふれる作品が、織りに打ち込む学生たちのリフレッシュ時間を彩ります。

在校生インタビュー3 「作品づくりで、新しい自分に出会っていく」柳原久美子さん(2024年度・専門コース本科)

在校生インタビュー第3回は、学生の頃に川島テキスタイルスクールを知って以来、数十年越しに学びに来ている柳原久美子さんに、入学に至った経緯や、3月の修了展に向けて作品制作に向き合う思いなどについて語ってもらいました。
(インタビューは2024年10月に実施。)

——まずは入学の経緯を教えてください。
学生の頃、広島の実家から一番近い短大の染織コースに通っていました。進路相談時、繊維学専門の担任の先生が、学びを深めるのに川島テキスタイルスクールを勧めてくださったんです。私も進学したい気持ちはあって、学校見学にも行ったのですが、当時は家庭の事情であきらめてしまいました。以来ずっと思い続けていたわけではないのですが、学校の存在は心に残ってて。昨年大きな病気をし、回復していく中で残りの人生を考え、まだ何かできる可能性があると思った時に浮かんだのが、この学校でした。やっぱりものづくりがしたいという気持ちや、当時もっと学んで身につけたかった、とやり残したことを思い出したんです。ひとまずは病を乗り越えられたので、無難に日常生活に埋もれていくより、今こそ、この学校に来てみようと。家族が背中を押してくれ、オープンスクールに行って、願書を出そうとその場で決心しました。

——そこから入学して7カ月が経ちました。本科は盛りだくさんのカリキュラムですが、学びの実感はいかがですか。
私は絵を描くのが好きなので、まずデザイン演習Iのデッサンにワクワクしました。(テーマ性のある作品をつくる)デザイン演習IIで、自分で集めた素材が作品づくりにぴったりきた時は嬉しかったですね。どちらかといえばデザインの授業に惹かれます。今は修了展に向けて個人制作に入っていますが、イメージしてデザインするという最初の段階でじつは戸惑っています。最初から自分でじっくり考えてものをつくるってむずかしい。考えを大事に温めきれていない自分に葛藤するし、先生に話を聞いていただきながら試行錯誤している状態です。

——今のお話を聞きながら「ライフ・デザイニング」という言葉を思い出しました。川島テキスタイルスクールの基礎を築いた木下猛理事長(故人)が「手織りを通じて生き方を創りあげる、つまりライフ・デザイニングを学ぶことができる、そんな学校にしていこうと考えました」と、創立時(1973年)の理念を語った記事が学校に残っています。ものづくりを通して自己を見つめる。その中で本当に好きなものや苦手なことに気づいたりして、新しい自分に出会っていく、と。

当時、私にこの学校を勧めてくださった先生(故人)は、川島テキスタイルスクールに行けるように家族と話をしましょうかとまで言ってくださったのですが、それは無理だと思い込んで断ったんです。ライフ・デザイニングという理念は知りませんでしたが、やっぱりこの学校を勧める先生の確信みたいなものがあったのかな、そのことも含めて先生は私に勧められたのかな、と振り返って思います。

——自らの意思で学びにきている今、新しく変わっていく過程にいるのでしょうか。
そうですね。私自身も枠を外して自然体になれたら。デイサービスに通い始めた母が最近言うんです。「案ずるより産むが易し」ねって。私もそうなれたらなと思います。あとは私がどういうふうに楽しくできるか、です。今取り組んでいる個人制作で、先生たちとのミーティングが毎回かなりインパクトがあります。自分がこうだと思っていても、別の方向からアドバイスをもらって、こんな表現ができるのか、こんな自分がいるのかと驚くことが多くて。作品づくりってすごいなって。

昨年、大病でしんどかった時期、花はこんなに美しいのかとはっとしたんです。自然の光や風や香りすべてが美しく、まるで初めてのように感じました。あの時の感覚を忘れたくない。でも日々の生活の中で忘れちゃうんです。あの感覚を織り込んで作品が作れたら、見てくれる人に届けることができたら素晴らしいだろうなと思います。

この学校にいる間に、一つでも自分が納得できる作品がつくりたいです。

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*柳原さんが在籍する専門コースの学生たちは今、3月の修了展に向けて作品制作に励んでいます。川島テキスタイルスクールでは専門コースの1年目から作品を出展することができ、今年の本科生の作品は、グループ制作の綴織タペストリーをはじめ、個人制作では音を絣で、心象風景を綴織で、人生に見立てた花を縫取り織りでそれぞれ表したタペストリーや、空間に浮かぶ織物、犬のためのラグ、緯糸を手紡ぎしたブランケット、とバラエティに富んだ作品が揃います。

2024年度川島テキスタイルスクール修了展
会期:2025年3月5日(水)- 3月9日(日)
会場:京都市美術館別館1階
時間:10:00-17:00 入場無料

*2025年度専門コース本科技術研修コースの入学願書の三次締切は3月6日です。コースに関する説明、学校見学は随時受け付けています。ホームページからお問い合わせください。

「大切にする理念、布を通して表現」滋賀テキスタイル研修 本科・Fさん

専門コースではこのほど課外研修として、滋賀県の湖北、湖東エリアの産地を訪れました。大高亨先生(金沢美術工芸大学教授)による連続授業の一環で実施し、事前に滋賀県の繊維産業などの講義を受け、輪奈ビロード、浜ちりめん、近江上布の生産現場や、テキスタイルデザインのスタジオ兼ギャラリーを見学しました。


はじめに
 国内最大の湖、琵琶湖を抱く滋賀県では、その潤沢な水資源や恵まれた自然環境、他府県へのアクセスの容易さなどから、古くから繊維産業が発展してきた。湖北・湖東地域の生産現場を訪ねるべく、天候に恵まれた秋の早朝、スクールからバスに乗り込み滋賀へと向かった。

1. 湖北地域の絹織物
1-1.輪奈ビロード
 住宅街に溶け込むように建っている日本家屋の玄関に「株式会社 タケツネ」の看板がかかる。滋賀テキスタイル研修最初の目的地であり、輪奈ビロードの製造元だ。入り口をくぐると、奥の壁にはたくさんの反物が掛けられており、そのどれもが美しい光沢を放っている。室内では職人さん達が織り上がった布を前に作業を行い、隣接する機場では、いくつも並んだジャガード織機から複雑な模様の布が織り出されていた。こちらで製造されている輪奈ビロードは絹100%で織られており、その美しさもさることながら、軽くて暖かいことから、主に着物用コートやショールなどに用いられているそうだ。
 輪奈ビロードの特徴である輪奈(ループ)を作るためには、二重にした経糸の一方に芯材を織り込む必要がある。かつては職人さんが針金を一本ずつ挿入する手間のかかる作業だったが、研究を重ね糸状のポリエチレン芯材を採用することにより、自動織機での製造が可能となっているといい、見学時も職人さんが単独で複数台の織機を管理していた。かつて長浜には輪奈ビロードを製造する機屋が900軒ほどあったというが、現在は数件のみが製造を続けているという。織手の確保が難しい時代でも質の高い製品をつくり続けるための試行錯誤が垣間見られた。
 一方で、ビロードの特徴的な質感を生む紋切り(ループカット)の作業は、専用の特殊な小刀を用いた手作業で行われており、熟練の職人さんによる精巧な手捌きに驚く。切られたループの断面は、染色すると他の部分よりも濃く染まる為、ほんの少しでも切る位置がずれれば傷になりかねないとても繊細な工程である。我々に説明しながらも、職人さんの手元では次々に菊の花が咲いていた。

1-2.浜ちりめん
 「浜縮緬工業協同組合」の精練加工場には、各機屋から届いた何種類もの反物が精練の順番を待っていた。(因みに、最初に訪れた「株式会社 タケツネ」で織られた輪奈ビロードも、こちらで精練を行っている。)湖北を代表する伝統産業の一つ、浜ちりめんの独特な風合いを生む精練の工程を一手に担うのがこの加工場だ。「八丁撚糸」と呼ばれる未精練の強撚糸で織り上げられた生機は、初めゴワゴワと硬いが、精練することによりしなやかな質感へと変貌する。
 集まった反物は、特殊な設備によって下準備を施された後、精練の工程【前処理→本練り→仕上練り→水洗い】に入る。この際に不可欠なのが琵琶湖から汲み上げた水であり、染色ムラ等を防ぐ為、汲み上げ後更に軟水化の処理を施してから使用しているという。広大な加工場には精練用の巨大な湯釜がいくつも並んでおり、琵琶湖という水資源に恵まれた環境が、地域産業の発展に大きく貢献していることが伺えた。

 続いて向かった「南久ちりめん株式会社」も組合の一員で、原料生糸の仕入れから織り上げまで全て自社で行っている。製造の流れを工程順に見学する中で、特に興味深かったのは、事前学習でも取り上げられた「八丁撚糸」の製造だ。専用の撚糸機で、水分(年間通して水温の安定している地下水を使用)を含ませながら生糸に強い撚りをかける。撚りの回数は必要に応じて2,000~4,000回とのことで、撚り具合を細かく調節できるのは一社で全行程を行うからこその利点だろう。浜ちりめん特有の美しいシボ、その鍵となる撚糸の工程を間近で見ることができた貴重な機会だった。

2. 湖東地域の麻織物
 かつて郡役所の庁舎だったという「近江上布伝統産業会館」の中には、色とりどりの布地や洋服の間に機が並んでいた。こちらで作られているのは、湖東地域で室町時代から生産され、現在は「経済産業大臣指定伝統的工芸品」に指定されている「近江上布」だ。会館では、この伝統産業の麻織物技術を次世代へ継承し、世に広める為、製品販売や様々な体験ワークショップ、後継者育成プログラム等様々な取り組みを行っている。
  昨年育成プログラムを修了したという職人さんが、緯糸に手績みの大麻糸を用い、室町時代と同じ構造の地機(腰機)で織り上げる「生平」と、櫛押もしくは型紙捺染で染織した緯糸を耳印で合わせて手織りする「絣」を織る工程の実演をしてくれた。特に生平の工程は圧巻で、職人さんが細く割かれた麻の繊維を指先で数回縒ると、あっという間に真っすぐに繋がり滑らかな糸になる。そうして績み繋いだ糸を地機で織っていくのだが、シンプルな構造の地機で布を織り上げていく様は、まるで機と織り手とが一体となっているかのようだった。
 見学の中で、近江上布を産業として継承していこうという熱意をひしひしと感じた。工業化の進んだ現代において、近江上布が昔と変わらない方法で生産され続けているのは、この布に魅せられる人々の思いがあってこそなのだ、と強く思い知らされた。

3. 滋賀発のテキスタイル
 ポップな柄のカーテンに、カラフルなオブジェや不思議な形の入れ物が並ぶ棚。大人も子どもも、思わずわくわくしてしまうような「炭酸デザイン室」が、研修の最終目的地だ。
 お邪魔したのは、ショールーム兼、ショップ兼、アトリエ兼、英語学童兼・・・仕事場の枠を超えて地域ともつながる空間で、なるほど、鞄やポーチなどのテキスタイル商品以外にも、色々な画材や小さな座布団の山が見える。ご夫婦で立ち上げた炭酸デザイン室は、身近な自然や風景等、暮らしの中から生まれるデザインをテキスタイルに落とし込んで制作されているそうで、お子さんたちの描いた絵もデザインに採用されることがあるというから、ご家族で運営されている、といっても差し支えないのかもしれない。
 ブランドの立ち上げから、どのような経緯で現在の滋賀を拠点とした形へ移行してきたかをお聞きし、中でも、いわゆる“営業”をせずに「向こうからときめいてもらう」という仕事へのスタンスは、つい心が弾むようなデザインや地域との関わり方と合わせてとても印象的だった。自分たちのデザインが誰かの心を揺さぶる瞬間に喜びを見出すものづくりの感覚が、とても魅力的だと感じた。

おわりに
 地場産業として生産が続く絹織物から、昔ながらの技法で織り上げる上布、現代のテキスタイルまでを一息に駆け抜けた滋賀研修は、これまでの滋賀の織物産業の歩みを知り、現在とこの先の未来を見据えてものづくりをしている方々のお話しを直接伺えた実りあるものだった。
 安価な海外製品が一般的になる中で、技術のある人員を確保し、高い水準の製品をある程度の規模で生産し続けることが容易でないことは想像に難くない。今回お話しを伺った皆さんの言葉には、それぞれの織物や技術、製品への愛着や誇りといった想いがにじむ瞬間が端々に見られた。実際に出来上がる布たちも、言葉に反しない出来だった。それぞれに大切にする理念(想い)があり、布を通してそれを表現している。それはこれからものづくりの道を志そうとする者にとってまぶしく頼もしいもので、どんなものをどのように作り、どう人に届けたいのか、改めて自身に問い直すべきだと気付かせてくれた。また、長い歴史のある伝統工芸の素晴らしさについても再認識し、より深く知りたいという探求心が芽生えた。自身の制作に対する姿勢を明確にできるよう、今回の研修で生まれた気付きと向き合っていきたい。

在校生インタビュー2 「大好きな織りを中心に置く生き方にシフト」Iさん(2024年度・専門コース本科)

在校生インタビュー第2回は、北海道から来てフルリモート勤務をしながら本科で学んでいるIさんに、入学の動機や、どのように授業と仕事をやりくりしているのか、織りとの向き合い方などについて語ってもらいました。

◆一生懸命働いて得たお金を、今度は自分のために使おう

—まずは「はじめての織り10日間」のワークショップを2020年に受講し、そこから専門コースに興味を持った経緯を教えてください。

織りにはずっと興味があり、基礎から学びたいと思ってワークショップを受講しました。実際ついていくのがやっとでしたが、最初から上手くできなかったからこそ、もっとやってみたい、もっと知りたいと思ったんです。続けて他のワークショップも受けていこうとしたのですが、コロナ(の大流行)が始まって(移動の制限などで)学びに行きたいのに行けない。それで卓上機を買って自宅で復習し、他の所でも講座を受けたのですが、糸の準備からではなく経糸がかかっている状態で織るだけの内容で、なかなか身につかずに物足りなさを感じていました。いつか専門コースで本格的に学べたらいいなという夢はありましたが実現可能とは思っていなくて。その頃、仲のいい友達が亡くなって、これから私どう生きたら後悔しないんだろうって生き方を見つめ直し、残りの人生かけて好きなことをやりたい、私が一番好きなのは織り、と思いが強くなっていきました。

——入学願書を提出するという行動に移したきっかけは?

娘の結婚が決まったことと、スクールのブログで在校生インタビュー記事を読んだことです。娘に、これまで私は好きなことをさせてもらってきたから、これからはお母さんに好きなことやってほしい、何やりたいのって聞かれて「織りやりたい」と答えていました。今年2月にたまたまブログの記事を読んで、インタビューの最後に在校生のSさんがおっしゃっていた「自分第一主義」という言葉が胸にストンと落ちたんです。それまで私は自分ファーストにはなれなかったのですが、その瞬間、行こって。一生懸命働いて得たお金を、今度は自分のために使おう。大好きな織りを中心に置く生き方にシフトし、自宅にアトリエを作って「織りの生活」をしようとイメージがはっきりと浮かびました。意志が決まったら悩みや雑念が消えて、願書を提出。ワークショップ受講時に学校も寮の環境も経験しているので気持ちが楽でした。学びに行くからと娘に報告したら、本当に行くの!?と驚いてましたね(笑)。

◆仕事を続けたかったので、授業と両方を回す生活に

——専門コースでフルタイムで学びながら仕事を続けるために、どう準備したのでしょうか?

仕事は販売事務で、コロナ以降にテレワークになったと同時に、外勤から内勤に業務が変わったんです。願書を出すタイミングで勤務先の社長に、織りを学びたいから京都に行っていいですかと確認し、いつも通りちゃんと仕事をやってくれるならいいよ、と了承を得ました。学びに専念するなら仕事を持ってこない方がいいとは思いますが、私は仕事を続けたかったんです。織り中心の生活はしたいけど、織りを仕事にしようとは考えていないので。

——実際に授業と仕事をどのようにやりくりしているのでしょうか?

仕事は授業が終わってから夜と週末に、繁忙期は早起きして朝やる時もあります。打ち合わせは授業外で時間を調整してオンラインで、また会社の状況がリアルタイムでわかるシステムがあるので、急ぎの場合は昼休みに集中してやる時も。夏休み期間に出勤、戻ってきて代休を取り、今はまた両方を回す生活です。

——ペースをつかむまでは大変だったのでは。

最初の学期はすごく緊張感がありました。織りも仕事も完璧にやろうとしていたので、どちらも一生懸命するほど織り軸なのか仕事軸なのか混乱して、仕事を持ってくるんじゃなかったと思って悩んだ時期もあります。ですが2学期に入ってからは吹っ切れました。夏休み明けに職場のみんなが快く送り出してくれて、仕事量は(緩急つけて)調整し最低限迷惑をかけずに、自分の使命はやりきるぞというスタンスに切り替えたんです。いまやっと心がフラットになって、織りを学んでいる時間は自分へのご褒美だなと思えるようになりました。

◆間違いに気づける自分になれたのが嬉しい

——本科で学び、半年経った今どんな実感がありますか。

織り実習は早いペースで進むので追いつくのが大変で、間違いも多かったです。最初の学期はつらくて、どうしようって娘にこぼした時、“もう”4カ月経ったけど目標はつかめているの?と問われてはっとしました。夏休みや冬休みに入ったらあっという間だし(本科1年間の)学期のサイクルはあと2つしかない。自分で目標をつかんだか、つかんだらそこに集中したらいい、と。1学期最後、8メートルの布を織る実習に入ってからは、自分なりの“今日の目標”を立て、毎日クリアできたかを確認しました。この時点で自分はゆっくりペースだとわかっていたし、ひとつずつ目の前の目標に取り組むことで集中してできたんです。平織りで長く織る分、機の調子がなんか悪い、糸が引っかかってる? 私間違ってる?と気づけるようになって、自分が間違いやすい所もだんだんわかってきて。そうやって気づける自分になれたのが嬉しくて!

——この先アトリエを持って織りの生活をするイメージに近づいているのでは。

そう、「織りの生活」ができるって思えたのがたまらなく嬉しかったですね。きっと間違って気づくプロセスがなかったら、私の場合は身につかないんだろうなと。今は慌てず対処できるようになったし、間違った原因を見つけられたら知恵を一ついただきました、ありがとうって思えるように。織りの生活に向けて必要なものを得ている実感があります。やっぱり私は織りが好きだなと、かみしめています。

——好きを再確認できたのですね。

このスクールには私の好きがたくさんあります。ホームスパンの実習も大好き。羊毛の染色で失敗したのですが、まだらに染まった羊毛が糸に紡いだ時にどう混ざるのか、織った時にどんな色になるのかと思いが広がります。静かなアトリエも、緑に囲まれた環境も、道具を見るのも好き。静寂の中で織る経験から、私は一人で集中して織るのが好きだと気づきました。先生に話したら、ここでの気づきはこれから役に立ちますよと言われて、そんな瞬間瞬間を集めて嬉しくなるんです。2学期に入って、自分の好きに集中する瞬間が増えています。