本科

旅するタペストリー

修了展で好評だった綴織タペストリー2作品が、日本新工芸家連盟主催特別企画「第5回学生選抜展」に出品され、5月に東京、6月に京都をめぐります。

この綴織タペストリー制作は、例年専門コース1年目の学生がグループで取り組むプロジェクトです。飾る場所に合わせてテーマを決めてデザインし、大きなサイズで織り上げます。制作にあたっては(株)川島織物セルコンの各現場の専門家による講義を受けて技術を学び、スクール講師のアドバイスのもとで学生ならではの発想力を生かして織り表現を追求しています。

「こえ」2022
「おかえり」2022

今回の出品作品は「こえ」と「おかえり」というタイトルの2作で、(株)川島織物セルコン本社内と、スクールの寮の玄関への展示を想定して制作しています。「こえ」は、併設の川島織物文化館から本社本館に入るスペースを、静けさから賑わいへ切り替わる場所として捉え、声と時間の抽象的なデザインに落とし込んだ一作。「おかえり」は、窓のユニークさや光のニュアンスに注力し、学生自身が普段校舎を使っている実感をもとに温もりを大切にした作品です。

この2作品は秋になると、それぞれの場所に納品される予定です。3月の修了展を経て初夏の選抜展へ、いわば旅をしているタペストリー。旅路は続きます。お近くの方、どうぞお運びください。

第5回「学生選抜展」は第44回「日本新工芸展」の巡回展に伴って全国三都市で開かれ、タペストリー2点はそのうち東京と京都で展示予定です。

また、2020年専攻科修了生の陳 湘璇さんの作品「Permanent」が、同じく第44回「日本新工芸展」に入選しました。併せてご覧ください。

東京本展:5月18日(水)〜29日(日)国立新美術館
近畿展:6月28日(火)〜7月3日(日)京都市京セラ美術館
日本新工芸家連盟

修了生インタビュー:織りを通して「希望が生まれた」德本治子

この春、専門コース本科を修了した德本治子さんは、以前イギリスに留学していました。しかし、新型コロナの影響により中断を余儀なくされました。帰国中に川島テキスタイルスクール(KTS)のワークショップを受講したのを機に、専門コースに入学したのが2021年のこと。「集中して学ぶ」と決め、本科で一年間みっちりと取り組んだ先に視界が開けた德本さんに、今の思いを語ってもらいました。

light (2022) 

◆  家にいる時間が長かった。だから光に目が向いた

−−德本さんが初めてKTSに来たのは、2021年2月に開催された染色ワークショップでした。いつまたイギリスに戻れるかわからなくて困っていた中で、専門コース入学を決めました。

あの時、身動きが取れなくて迷っている最中で、半泣きみたいな状態でした。スタッフの方に話しかけていただいて、それがなかったら今ごろ自分はどこにいただろうって思います。学校を見学させてもらったり、修了展で留学生の絣の作品を見て面白そうと思ったり、ワークショップ時に堀先生に「染色するなら織りをやった方がいい」と言われたのも思い出して、駆け込みで入学願書を出しました。私の場合、最初から織りと決めていたわけじゃなくて、テキスタイルを学びたいと思っていました。やっていくうちに織りが面白くなって、一年後の修了展で自分がこんな(高さ2メートル以上の)大きな作品を作れるようになるとは思わなかったです。

−−どうして、作品の着想がスクールのアトリエだったのでしょう?

建物内の光はずっと気になっていました。特にKTSのアトリエって建築としてもきれい。窓が多くてガラスが大きくて、外から入ってくる光をいつも感じていました。部屋の中で幸せを感じるのって日光を浴びたり、光がきれいに入ってきたりする瞬間。特に家にいる時間が長かったので、内に希望を見つけられるものがいいなと思って、光をモチーフにしました。

light (2022) 
アトリエの中で見つけた光と影

−−学校生活はどうでしたか?

すごく集中できました。特に東京の大学生活は、都会のいつも車が走っているような環境でしたが、ここは自然に囲まれてせかせかしない。疲れたら散歩できるし、夜も静かで心地いい。修了展に向けた最後の一カ月は、夜アトリエが閉まるぎりぎりまで織って、さっとお風呂に入ってすぐ寝る、また朝が来るみたいな毎日で(笑)、寮に入ってよかったです。

◆学位より技術を学びたい

−−德本さんは当初、テキスタイルを学ぶのに海外の大学院進学を希望していましたが、方向を変えました。KTSで学ぶ中で学位にはこだわらなくなったのでしょうか? その変化について聞かせてください。

技術を学びたい方向に変わったので、大学院ではないのかなと思ったんです。本科に入って綴れや絣、組織などを学ぶ中で、織りは技術が必要だと実感しました。技術を少しずつ積み重ねて、ステップアップしていくのが面白くて。やっぱり海外で学びたい気持ちは変わらないので、スウェーデンのテキスタイル学校に出願する予定です。そこはKTSに似た環境と教えてもらったので、引き続き技術を習得したい。やっぱり数をこなして技術を上げていかないと作りたいものを作れないし、そこを強めてから社会に出たいと思っています。

−−本科生は皆、仲が良さそうに見えました。それはコロナ下で共に過ごしてきた影響もあるのでしょうか。オンラインではなく、生の空間で学んだことが大きかったですか。

そうですね。人と会う回数がめちゃくちゃ減った分、学校ではクラスメイトと積極的に話しましたね。少人数制で話しやすかったのもあります。グループ制作でもかなり話しました。そうしないと一緒に作れないので。言葉のすり合わせも必要で、例えば「落ち着く」でも互いに受け取り方が違う。それで普段からよくコミュニケーションを取るようにしていました。「話してみる」ができるようになったは、私がこの一年で変われたところです。ちょっとの勇気なんですけど、それができると人間関係や自分の今後に影響が出るのかなと思います。

◆  手を動かして、再びつくる・生きることに希望が持てた

−−KTSで学んだ手応えは?

初めに基礎をしっかりと教えてもらえたのはすごく助かりました。KTSでは技術を積み上げていけるので。特に織りは一つひとつの過程をきちんとやらないと後々に響くとわかったし、全体を通して丁寧な仕事を学びました。大学の時は自由すぎて、私の場合は逆に何をしたいのかが定まらなかったのですが、この学校に来て、制約の中のものづくりが向いていると自分を知れた。織りの計画性が好きで、教わった技法の面白いところを生かしてデザインする。そこにスッと入れて集中できたのがよかったです。

周りの人に助けてもらいながらヨタヨタと立ち上がり、気がつけばちゃんと目標ができて、自分が納得できる作品をつくって一年を修了できた。コロナ下だから残念なこともありましたけど、いいこともあったなって今は思えます。

−−これからの織りとの関わりについて、今の気持ちを教えてください。

やっぱり織りに関わる仕事がしたいです。そうやって、ちゃんと欲が出てきてくれたのがよかったなって思います。コロナ下の影響で、一時は何もしたくないという状態まで落ち込んでいたので。入学当初は手を動かすのも慣れず、戸惑いもありました。そこから次第に自分なりの織りの面白さを見つけられて、もっといいもの作りたいという気持ちが生まれたんです。それは私にとって、再びつくること、生きることに対して希望を持てた瞬間。手を動かすことから始めたのがよかったのかもしれないです。

一年が経ち、また春が来て、気持ちの切り替えができました。自分にとっては必要な時間だったのかな。ここまで来られて本当によかったです。今、世界の情勢が不安定で渡航すらも難しくなってきているんですけど、それでも進んでいきたい。世界に対し、美しいものをつくることが私たちにできる抵抗の一つだと思うから。これからも織りの豊かさ、ものづくりの尊さ、何よりも楽しさを忘れずに、織りと向き合っていきます。

>>2021年10月に掲載した、「在学生の声(専門コース本科)」の記事です。
在校生の声1(2021年度・専門コース本科)「過程の面白さに気づいて」德本治子

修了展に向けてラストスパート

3月9日(水)から始まる「2021年度川島テキスタイルスクール修了展」に向けて、制作が大詰めに入っています。

修了展では、毎年異なる織りの多彩さがあります。全体のテーマを決めず、その年の学生がやりたいことによって趣向が変わる自由度もあります。この一年、学生たちは様々な織りを学ぶなかで、手を動かしながら、自分にしかできないものを探してきました。そして、作りたいものを明確に見つけました。使えるものを作りたいと、身近なものに目を向け、生活空間のなかであったらいいな、から着想。織りを通して、ものに対する意識や、ものを見る目が変わるなかで、身近な視点から作品に広げたのが、今回の特徴です。

作品は、タペストリーやラグ、服地、着物、帯、インテリアファブリック、日傘など。近年のライフスタイルの変化や、人生を見つめ直す時間のなか、この一年、ひたすら織りに没頭し、自分と向き合って、純粋に作りたいもの、やりたいことを見つけていく過程にある学生たちの今が、作品に投影されます。どうぞお楽しみに。

*「2021年度川島テキスタイルスクール修了展」は、3月9日(水)から13日(日)まで、京都市美術館別館1階で開催。10:00-17:00、入場無料。修了展期間中、SNS(instagram/facebook)でも作品を紹介していく予定です。

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編5 藍染め「元気のいい色を目に焼きつける」

熟練の染色の専門家、堀勝講師の専門コースの実習を取材し、その教える姿から、大切にしたい「何か」を見つめたルポシリーズ。昨年から連載していた続きを再開します。第五回は、本科の染色実習最後の藍染め、そして一連の染色の学びを終えて、見えてきたことについてです。

スクールでは藍を育てており、ワークショップで生葉染めや乾燥葉染めに使っています。また、専攻科の実習で天然藍の「発酵建て」に取り組んだ年度もあります。奥深い藍の世界ですが、本科の染色実習では藍染めの入口として、化学藍(インジゴピュアー)を使った「化学建て」を行いました。

◆「やってみる」のが実習

授業では初めに、藍に関する基礎講義が行われました。火を一切使わずにできる藍染め。藍の色素はそのままでは水に溶けないため、還元という操作を行い、一時的に水(アルカリ液)に溶解させる。そうして還元(酸素を抜いた状態)した液で染め、空気に触れて酸化させる。そんな藍の発色の仕組みについて、説明を聞くだけではピンと来ない。それを「やってみる」のが実習です。

今回行った化学建てでは、まず染料にアルカリ剤と還元剤を入れた原液を作ります。次に染浴を用意し、その中に原液を加えて、好みの濃度にしていきます。先生は、やや緑味を帯びた黄色の液を見せて、「これが元気のいい色やで。目に焼きつけておこか」と皆に伝えます。その色が「きれいに染まり、染め付きがいい」状態だからです。それから、糸を染浴に浸け、できるだけ空気を入れないように、そっと繰ります。「藍染めの場合は、なんぼ浸けるのに時間をかけても色は濃くならへんから、短時間(2〜3分)で。濃くしたかったら、浸けて、絞って、酸化を繰り返すんやで」と堀先生。

染液から上げた糸は、空気に触れるにつれ、黄から緑、そして青へ。瞬く間に変化していく様を見逃さないように、学生たちは前のめりに見入っていました。その後の実習では、先生の指導のもとでデザインを考えて、板締めと絞り染めに挑戦。この授業では、これまで学んだ染法とは全く異なる染めを学びました。

◆染色は「ワクワクした」

堀先生の本科の染色の授業は、今回の藍染めが最後。化学染色のデータ見本作成から始まり、勘染め糸の扱い天然染色と、様々な技法を学んできた学生たち。全ての染色実習を終えて、こんな実感が語られました。

化学染色のデータ見本作成については、「サンプルがある頼もしさがあった」と学生の一人は話しました。「大学で染色を学んだ時は、サンプルがなくて染めるのが不安だったけど、ここでは安心して取り組めた」と。勘染めでは、「三原色から色を出すという、色の基本が身についた。目の前で起こる、色の変化を見るのが学びだった」と語る学生もいました。織りと連動した実習では、「自分が出したい色に染めるのに、堀先生は生徒と同じ目線に立って考えてくれた。だから納得いくまで粘ることができた」という声も。スクールで初めて染めを学んだ学生は、「何も知らなくても最初からきちんと教えてもらえたから、私にもできる、と自信がついた」と笑顔を向けました。

皆、口を揃えて言ったのは、染色は「ワクワクした」ということ。染色の一連の授業を終えてなお、学生たちが生き生きと染色の学びを語る姿を見て、こんな思いが浮かびました。堀先生はワクワクの種を学生の心にまいたのではないか。先生の授業を通して染色に出会い、その喜びを味わった学生一人ひとりが、これからは染色の喜びを、自らの手で育んでいけるように。

第6回(最終回)「作品制作のための染色」へつづく

京都の絹織物の一大産地へ 丹後研修

京都府の北にある丹後地方は、「丹後ちりめん」の産地として知られている地域。専門コースでは産地研修として、与謝野町にある3つの織元の、ものづくりの現場を訪ねました。

今回の行き先に丹後を選んだのは「京都の織物産地を知る」のが一つ。京都といえば西陣織ですが、日本の着物の白生地の約7割は丹後地方でつくられていて、そこは絹織物の一大産地です。二つめは、伝統を生かしながら特色のあるものづくりをしている人たちの仕事を見ること。時代や生活スタイルの変化とともに着物の市場が減り、丹後でも生産が落ち込むなかで、世代交代をして家業を継いで事業に励んでいる方々は、どんな視点を持って、どんな姿勢で経営されているのでしょうか。

服地やインテリアの多種多様な生地開発を手がけ、海外にも販路を広げる宮眞株式会社、ネクタイなど紳士向けの服飾雑貨を中心に、全て手織りで自社ブランドを展開するクスカ株式会社、高級絹織物の伝統を受け継ぎながら独自の製品を生み出し、一貫生産を行う株式会社ワタマサ。300年の歴史のある丹後ちりめんを基盤にした三者三様のあり方を見て、織りを学んでいる学生一人ひとりが将来を考える上でも、我がこととして織物の可能性を見つめる貴重な機会となりました。

◆  「新しい素材を追求し、見たことがない生地をつくる」宮眞株式会社

初めに訪れたのは宮眞株式会社。洋装の服地やインテリアの壁紙などを主軸に、オリジナルの生地の開発を数多く手がけている会社です。工場では、高密度で打ちこめるシャトル織機や、幅が広い生地も織れる電子ジャガード織機、撚糸機などを見学。糸も生地も様々なバリエーションに対応できる設備を見学した上で、続いて生地サンプルを見せてもらいました。驚いたのは、その種類の膨大さ。それは先代の蓄積に加え、受注生産をベースに顧客の要望に応えて、また海外向けの製品開発を行うなどの、たゆまぬ開拓の賜物です。

素材は絹の他にも、羊毛や綿、竹やポリエステル、それに混紡糸などがあり、学生たちは「同じちりめんとは思えないほど全て質感が違う」「柄や技法とのかけあわせで、更に種類が多くなるのか」と、興味津々に生地に触れ、細部に目を凝らします。「糸種を予想し、織り方を読み取って、実際の答えを教えてもらう。その時間がすごく勉強になりました」という感想も。生地のデザインや設計は、4代目の宮崎輝彦さんが一人で行っているそうで、先代の職人たちがつくったサンプルが教科書になるといいます。「常に新しい素材を追求し、素材の組み合わせで新しいものをつくる。見たことがない生地をつくるのが楽しいです」と宮崎さんは穏やかに話します。また、丹後ちりめんのような「特長のある織物がしたい」と東京や他の産地から来る若者もいて、若手職人の養成にも取り組んでいるそうです。

◆「手織りの価値を商品で提案・販売する」クスカ株式会社

次の見学先はクスカ株式会社です。自社ブランドKUSKAを2010年に立ち上げて、ネクタイやストールなどの服飾雑貨をはじめ、現代のライフスタイルに適した商品をつくって販売している会社です。廃業寸前の状況から、自ら「第二創業」と呼ぶほどの変革をし、手織りによる生産に一本化したのは現在の代表であり3代目の楠泰彦さんから。工房では自社製作の手織り機や、実際に織っているところを見学し、商品を見せてもらいました。とりわけ学生たちが魅了されたのが、開発中のレザー織り。経糸も緯糸も両方、本皮を使った手織りで、皮を糸状に切るところから人の手で行うそうです。学生は「レザーが織物となる新しい形を見て、織物の可能性を感じた」と感銘を受けていました。

「手仕事や手織りに価値を置いて、販売するのが僕らの仕事」と楠さん。じつは楠さんのお母様は、川島テキスタイルスクールの修了生。「母も手織りが好きだったので」。KUSKAが手織りに注力しているのは、楠さんが子どもの頃に見ていた、そんなお母様の姿も影響しているそうです。それに大量生産・大量消費の時代が過ぎて、手織りが「うまく今の市場にマッチした」と。価格との兼ね合いで「ビジネスにするのは難しいです」と話すも、「それでも手織りでやる意味はあると思うので、その価値を商品でしっかりと提案していく」と雄弁に語る楠さん。そんな会社のありように触れ、洗練された商品を手に取った学生たちは、大いに刺激を受けていました。

◆「一貫生産で品質にこだわり、絹の素晴らしさを伝える」株式会社ワタマサ

最後に訪問したのは、株式会社ワタマサ。4代目の渡邉正輝さんが着物姿で迎えてくださいました。手がけているのは、着尺や振袖、帯、地袢、帯揚げや衿などの絹製品。丹後ちりめんの成り立ちや仕組みの説明を受けた後、工場を案内してもらいながら、繭からの製糸、撚糸や整経、製織、精錬と実際に工程をたどっていきました。古くからの日本家屋の中に、重厚な設備が整い、たくさんの糸が干され、撚り合わされている光景は味わい深いものでした。大抵は分業制の準備工程を、ここでは自社工場で一貫して担っているのが特長。それで品質を保つことができ、撚りの異なる糸を使い分けたりして独自性の高いものづくりができると言います。

高級な着物のほかにも、近年は正絹でも洗えるお召しや半襟を販売し、女性用の兵児帯の開発も。「絹織物はフォーマル一辺倒になりがちですが、絹のハードルを下げる試みをしています」と渡邉さん。それは時代に沿った形で、絹の素晴らしさを伝えるためであり、着物文化を守っていくための、いわば攻めの姿勢にも思えました。学生の一人は、渡邉さんから聞いた「機械織には機械織の良い面がある。手織りには手織りの良さがある。どちらが優れているというものではなく、それぞれ適した使い方がある」という言葉が印象に残ったと言います。伝統産業の多様なあり方を目の当たりにして、「今後ものづくりをしていく上での基本姿勢に気づかされた」と。

◆今が最後の転換期かもしれない

すべての見学を終えて、「丹後ちりめんと一括りにするのは幅が広すぎると学んだ」という学生の感想も。多種多様な織物があるのが丹後。現地に足を運ぶことで、そんな産地としての総合力を知ることができました。

着物の需要の低下に伴い、丹後でも多くが店を畳んできた厳しい現状のなか、クスカの楠さんいわく、それでも「丹後全域で約700軒の機屋さんがあって、2千人ぐらいの職人さんがいる」とのこと。ただ平均年齢が65歳ぐらいで、自分の代で終わらせようという方がほとんどだそう。「最後の転換期かもしれないです。今変わらないと。宮眞さんも、ワタマサさんもそうですが我々、次世代で継いでいる人は、一回外に出て社会人を経験して、戻ってきて家業を継いでいる。今までの商いとは違うやり方で取り組んでいるのが現状です。そこがぐっと盛り上がってくれば、産地としての強みや独自性が出てくると思います」と先を見据えます。

丹後ちりめんという共通の土台のもとでそれぞれの持ち味を出し、横のつながりを持って地域全体の活性につなげていく。そんな産地の、次世代の頼もしさに出会い、学生たちは織りの視野を広げることができました。いろんなありようを見たうえで、自分は何を選ぶか? 「やっぱり私は手織りが好き。手織りにしかできないことを見つけて、形にしていきたい」。学生からはそんな声もありました。

宮眞株式会社
website: http://www.tango-miyashin.com
instagram: @miyashin2020
facebook: 宮眞株式会社

クスカ株式会社
website: https://www.kuska.jp(会社)、https://thetango.kyoto(自社で運営する丹後の魅力を伝えるメディア)
instagram: @kuska1936
facebook: kuska.1936

株式会社ワタマサ
website: http://www.watamasa.jp
instagram: @watamasa04
facebook: 株式会社ワタマサ

修了生を訪ねて:布づくりからの洋服づくり「のの」長友宏江さん

川島テキスタイルスクール(KTS)の専門コースでは、年に一度、織りを仕事にしている修了生による授業を行っています。2000年度に専攻科を修了した長友宏江さんは、10年に「のの(nono)」というオリジナルブランドを立ち上げ、布をつくり、洋服や鞄、小物の企画、デザイン、製作、販売までを手がけている方です。校外学習として、長友さんのアトリエ兼ショールームを訪ねました。そこで学生の頃の作品や、今実際に販売している洋服や布小物、生地サンプルなどを見せてもらいながら、これまでの学びや仕事の経験を、どう製品づくりに生かしていったのかなど、お話を伺いました。

◆拠点も人生も、DIY精神で

長友さんは2021年2月、それまでの10年間ショールームを運営していた場所を離れて、同じ京都市内の一軒家に新たな拠点を立ち上げたばかり。案内してもらった2階のショールームはアットホームな雰囲気で、壁塗りや床張りなどのリフォームは自ら行ったそうです。その自分でやるというDIY精神は、ご自身の人生にも通じていて、「学生時代に取り組んだことが、今に至るまでずっとつながっているんです」と、長友さんはにこやかに話し始めます。

子どもの頃からつくるのが好きだったという長友さんは、「洋服を仕立てる仕事がしたい」と、まずは服飾の大学へ進学しました。そして「自分でつくった布で仕立てたい」という強い思いのもと、卒業後に家庭科の講師をしてお金を貯めて、KTSに入学。織りと染めの基礎を学んで、自分が純粋に魅かれるものを探し求めた先にステッチの面白さに目覚め、2年目の専攻科では、あえて織りをやらずに、ひたすらステッチの作品づくりに取り組んだと言います。当時身につけた独自のステッチ使いは、現在もカバンや帽子などの製品づくりで生かされています。

綴織の緞帳製織の仕事を経て、その後、母校の大学で助手として勤めながら大学院へ進学。「多重織りの洋服をつくりたい」、構造や質感など「テーマを決めて織る」という目標を持ち、洋服制作を行ったそうです。多重織りの洋服づくりは今も続けていて、学んだことを製品に応用するのに、素材やストレッチの強度、形を変えるなどして、着心地を良くするための工夫をしています。

◆一人でも続けていく

次に求めたのは、編みの仕事。卒業後は生地から企画・デザインして洋服をつくるジャージ製造会社に就職しました。そこで使っていたのは丸編み機という、丸く筒状に生地を編むニットの機械で、中が見えない編み機の仕組みを理解するために、「部品を外し、分解した状態で各パーツをスケッチして、頭に叩き込んでいました」と。そう当時の経験を語る長友さんは、どこか楽しそう。機能や仕組みが細かく記されたページを「結構面白いです」と言って見せてくれました。「針が通る道があり、どこに引っ掛けて編んでいくか、どこで糸を上げ下げするのか。織りも同じですよね。仕組みを知らないと、うまく使いこなすことができないと思うので」

「のの」の製品には、手織りの他に、編み地のものも多く、なかには当時の勤務先で培った技術を自ら展開させたものもあります。長友さんは一枚のショールを見せて、端っこを縫わない工夫を説明。それは勤めていた会社で自ら編み出した方法だそうですが、その後、会社は倒産。しかし、そこであきらめないのが長友さん。「じゃあ、私やろうかな」と、一人でも続けていったそうです。当時、勤務が終わってから夜な夜な取り組んでいたという、たくさんのサンプルづくりも、現在の製品づくりに生かされています。

◆好きなことを続けるために、補う何かを持つ

いま、独立して10年。ショールームに並んでいる製品は、長友さんがこれまで学びや経験を糧にして、幅を広げてきた賜物なのでしょう。オリジナルな魅力にあふれた製品の数々には、長友さんの静かな情熱が込められています。

「ただ単に好きなことをして暮らしたいという、わがままなやつなんです」。そう穏やかに笑う長友さんですが、「安定はしない」という現実も伝えます。とくに、ここ2年近く続いているコロナ下で、展覧会などのイベントが軒並みキャンセルになっている状況。そこで「一つの道だけじゃなく、それを補う何かを持っておく」と再確認したそうです。「私の場合は家庭科の免許を取ったのも、大学院に行ったのも、教える仕事で生活を安定させるためでもありました」。それが、好きなことを続けていくための道、と。

その上で長友さんは、「やりたいことはやった方がいいかな。やらないでいると、たぶん後悔すると思うんです」と、まっすぐに語ります。「大変な状況でも、いろいろ考えればできちゃうもんなんで。あの時、コロナで大変だったからあきらめたというよりは、大変でも、やったって思う方が力になる」

いま、スクールで学んでいる学生たちも、それぞれに昨年からの大きな変化で自分を見つめ直して、やっぱり手織りを学びたい、続けていきたい、という思いで日々、制作に励んでいます。だからこそ、いま、長友さん自身の実感から語られたことは、ストレートに胸に響いたことでしょう。最後に長友さんは、こうエールを送りました。「大変な時期を乗り越えた自分というのが、後々すごく力になると思うので突き進んで。私も突き進みます!」

◆  長友さんにとって織りとは? 「楽しみなこと」

何もないところから、何を自分が選ぶかで形にしていける。織りにしても編みにしても同じですが、縫製など自分が手を加える範囲が狭い状態で洋服になり、織ったまま、編んだままで着られる。そうやってゼロから100まで、すべて自分でやる楽しみがあります。出来上がりを想像する楽しみもあって、想像を超えたものができたりもする。それが面白いです。

〈長友宏江さんプロフィール〉

ながとも・ひろえ/杉野女子大学(現・杉野服飾大学)卒業。家庭科の講師を経て、川島テキスタイルスクールで学ぶ。2000年、専攻科を修了し、織物会社で綴織の緞帳製織に携わる。東京に戻り、母校の大学で助手をしながら多摩美術大学大学院美術研究科へ進学。卒業後、ジャージ製造会社に就職し、ジャージ生地のデザイン・企画・製造を担当。07年から10年まで、atelier KUSHGULに参加。10年10月に「のの」を開業。

website: nono
instagram: @nono_2010.10

スクールの窓から:「好きを信じる、その心を持ち続けるのが基本です!」西陣絣加工師・葛西郁子さん工房訪問

京都が産地の「西陣絣」。その絣づくりを担うのは、絣加工師と呼ばれる職人さんですが、80代、70代と高齢化が進んでいます。いずれ後継者がいなくなる状況を知って職人の世界に飛び込んだ葛西郁子さんは、現在、唯一の若手西陣絣加工師として活躍している方です。専門コース「表現論」の授業で、西陣にある葛西さんの工房を訪ねました。

京町家の奥行きのある部屋。紫と白の鮮やかなコントラストの糸束が、目線と同じほどの高さで、手前から奥にピンと張られています。「経巻きのセッティング中なんです」と、葛西さんは作業の活気そのままに迎え入れてくれました。はじめに、西陣絣加工師について「ザ・絣の経糸をつくる職人」と力を込めて紹介する葛西さん。それは織るでも染めるでもなく、「絣をつくる」に特化した仕事です。日本各地に絣の産地があるなかで、西陣絣の特長は「経糸」をずらす経絣であること。先染めした糸を組み替えたり、ずらしたりして模様を作り出す技法で、全盛期だった1950年代頃は、おもに絣御召というおしゃれ着用の着物に使われてきたのだそうです。

葛西さんは師匠から授かった当時の生地見本を見せながら、西陣絣の変遷や、現在の仕事の流れなどを教えてくれました。「西陣の絣の最大の特色は、高さのある梯子(はしご)という道具に経糸をかけて、縦方向にずらす」と、実際の道具を見せながら説明。「大胆なずらしや、幾何学模様の面白さがあって、私は学生の時に初めて見てショックを受けたんです。何これ!? かわいいし、楽しいし、ずらしのレベルが半端ない。何この角度、うおー!って」。その語り口にも、西陣絣への情熱がほとばしります。

絣の着物制作に励んでいる学生から、「括り」の技術に関する質問が上がると、葛西さんは実際に西陣絣で用いる技法をやってみせながら説明してくれました。1つ聞けば、5倍は返してくれる。一つひとつの手順とコツを、実地に基づいて具体的かつ丁寧に。そんな葛西さんのオープンな姿勢からは、西陣絣を伝えたいという思いと、広い意味での織物に携わる仲間として、学生に接してくれる親身さを感じました。

葛西さんは、着物や帯、能衣装、神社の几帳の制作などの伝統技術を継ぐ仕事のほか、西陣絣を今とこれからに生かす仕事にも取り組んでいます。ファッションの仕事ではイッセイ ミヤケのコレクションに、手がけた絣の生地が4シーズン連続で採用され、パリ・コレクションで披露。2015年からは「いとへんuniverse」という団体を仲間と立ち上げて、西陣絣をつくるだけではなく、その魅力を伝える活動を精力的に行っています。

学生に対して、「がんばろうね、日本のものづくり」と声をかける場面も。織物の業界自体、存続が厳しい現代において、織物を仕事にすることは、たやすいことではありません。それでも、その厳しさを跳ね飛ばすほどの「好きの力」を葛西さんは持っていて、実際に道を切り開いて体現しています。最後に、学生に向けて、こんなメッセージをくれました。

「好きを信じる心が大事。織りがいいなと思ったら、その心をとにかく持ち続けること。これ基本です!好きって思う気持ちが、とにかく、すべてを救ってくれるので。曖昧に聞こえるかもしれないけど、ほんとにこれは事実だと思う。そうやって私もやって来られたし、この仕事にも巡り会えたので。そのご縁で出会えている人たちは面白い人ばかり(笑)。織りを続けていく上で、困ったことがあれば何でも聞いてください」

◆  葛西さんにとって西陣絣とは? 「生きがい」

師匠との出会いで、西陣の絣はすごい!と思ったのが始まり。今は後継者が私一人なので、絶やさないで次につなげていくという使命感でしかないです。何より大好き。寝ている時も糸を括る夢を見るぐらいに好きすぎて、生きがいです。

西陣は基本的に分業ですが、いろんな職人さんと横のつながりがあります。私の仕事でも染め屋さんや整経屋さんと相談して、お互いの次の仕事が良くなるよう、高め合いながらやっています。そんなチームで作っている感覚を味わえるのも、やりがいです。

〈葛西郁子さんプロフィール〉

かさい・いくこ/京都市立芸術大学美術学部大学院修士課程修了後、同大学で非常勤講師として勤務。西陣絣の後継者がいなくなると知って、職人の世界へ。2010年から西陣絣伝統工芸士の徳永弘氏に師事。15年に独立し、葛西絣加工所を開く。唯一の若手西陣絣加工師として仕事をし、「いとへんuniverse」の活動も行う。

website: いとへんuniverse

instagram: @itohen_universe @itohenmirai
facebook: @いとへんuniverse