スクールの窓から:「すべてのものに歴史や社会の背景があります」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

専門コース本科では、例年「ニードルワーク」の授業が行われています。講師は、国立民族学博物館(通称「みんぱく」)の上羽陽子准教授。染織研究を専門に、長年インド西部グジャラート州カッチ県に暮らすラバーリーの人々の刺繍布の研究・調査をしている方です。

3回に分けて行われた授業は毎回、講義と刺繍の実習が半分ずつ。ラバーリーの刺繍布をじっくり観察して、同じ技法で刺繍をし、それらの歴史的・社会的背景について学び、ものづくりの意味について考えるという内容。手も頭もフル回転の躍動感のある授業に、学生たちは興味津々に講義を聞き、夢中になって刺繍に取り組んでいました。

◆当たり前と思っていることが、よその地域では違うかもしれない

授業で学ぶ刺繍布はインド西部のものですが、今回の学びは地域特有なものに留まらず、身近なことに結びつけて考えられるように組み立てられています。はじめに上羽先生はこう話します。「すべてのものには歴史や社会の背景があります。ものづくりについて、どう見て、考えていけばいいか。ものを見ながら背景を推察していく。刺繍だけではなく例えば、皆さんが今やっている綴織りなども同じような視点で考えることができるようになれば、さらに面白くなると思います」。

そのためには、まず「視点をつかむ」ところから。上羽先生の研究スタイルは、「作りながら、考えていく」。現地の人に制作技術を習って、その過程で知り得た情報をもとに、ラバーリー社会の中でこの布はどういう位置付けで、どんな役割なのか、など聞き取りをしながら調査を重ねています。

初回の授業では、先生が「何でだろう」と問いかけていくスタイルが印象的でした。授業に先立ち、織りを学ぶ動機を全員に尋ねた先生。学生の一人が肌着など衣料品売場で働いていたと知ると、そもそも「下着って何でつけてるんだろう?」と切り出し、ラバーリーの人たちの生活習慣と結びつけて話を展開します。ラバーリーの特に親世代の人たちは下着を身に着けていないと紹介し、「世界中の衣装を見た時に、下着をつけている方がマイノリティです」と。「民族学・文化人類学は、私たちにとって当たり前と思っていることが、よその地域ではひょっとしたらそうじゃないかもしれない。私たちは当然のように下着を身につけているけれど、身につけていないのはどういうことなのか。そういうことを考える学問です」と民族学の世界にいざないます。

そこからラバーリーの女性の服の紹介や、二着のみで暮らす背景にある移動生活、薄くて乾きやすい服の理由は乾燥地帯で水が貴重であることや、それが寝間着もなく下着もつけない生活習慣につながるなどの話がありました。さらに1947年にインドが独立して以来、国をあげて手工芸を開発してきた社会背景や、災害復興との関わり、女性の衣装の記号化、美の価値観の違いや背後にある経済力など、布から見える世界の広がりに触れていきました。

◆技術を見る時は同じ目線で

また授業では講義と並行して、実際にラバーリーの刺繍布のサンプルを見ていきます。「縫製はどうなっている?」、「どんな特徴がある?」「裏はどうなっている?」「胸にギャザーがあるのはどうして?」など問いを投げかけ、学生と会話のキャッチボールを繰り広げ、テンポよく解説していく上羽先生。「ものを見る時は、両手で持って優雅に触ってもらうのがいいと思います。ひっくり返す時も、両手でスッと」と扱い方のさりげないアドバイスも。

細かな刺繍を見るのに、学生たちは拡大鏡でどうやって縫われているかを興味津々にたどっていました。それから、上羽先生がラバーリーの人々から習ってきたという刺繍技術を習いました。まずはやって見せるのに、「技術を見る時は、やっている人と同じ目線で見る方がいい」と先生は声をかけ、学生たちを近くに集めます。

試し用の布と糸、そしてミラーが配られ、初回は、はしご状の鎖縫い「ハンクリ」と、布に鏡片を縫い留める「ミラー刺繍」の練習をしました。刺繍枠を使わずに、針を持つ手と反対の手で布をおさえ、張りを持たせるのがコツ。「左手(利き手と反対の手)で布をピンと張る」「左手の人差し指で糸を留める」「左手が大事」と繰り返し伝えていきます。

そして、「間違いに気づいたら、手を止める。それ以上は進まない」と助言し、「ラバーリーの人たちは、いくらでもさかのぼってやり直すんです。糸がもったいないから」という話も。それはラバーリーの刺繍技術が、限られた糸を無駄なく使用して、表面に多くの文様表現をするために発達したという経緯にもつながります。

黙々と刺繍の練習する学生たちに、「できてきましたね、ブラバル!(「良い」意味。現地の言葉)みんなラバーリーっ子!」と声をかける場面も。行ったことのないラバーリーの空気までも運ばれてくるような活気のある授業に、学生も興味津々な様子で話を聞き、新たな学びの扉が開きました。

2へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。