「テキスタイルが好き」という気持ちをあたため続け、仕事を辞めて2022年に専門コースに入学したS・Hさん。未経験から織りを学び、スクールの3年間で自分の作風を大切にしながら作品制作に励み、ずっと好きだったテキスタイルブランドに就職しました。「人生の方向性が変わって良かったと思います」と、修了時に清々しい表情で語ったS・Hさんのインタビューです。

◆綴織で絵本、私らしいものができると思った
——まずはさかのぼって、入学の経緯を教えてください。
子どもの頃アメリカに住んでいて、帰国後は高校の2年間をインターナショナルスクールに行っていました。当時はテキスタイルやファイバーアートに興味があって、卒業後の進路を先生に相談した時に川島テキスタイルスクールのパンフレットを見せてくれました。オーストラリア出身の美術の先生だったのですが、川島に進学した卒業生がいて知っていたそうです。当時は結局、国際関係の大学に進んで就職したのですが、輸出入の仕事をしていた時期、コロナの影響で仕事がすごく減ってしまって。テキスタイルへの思いはずっとあったので、このタイミングで専門的に学ぼうと川島に引き寄せられたんです。そこから人生の方向性が変わって、それは良かったと思います。
——最初から専門コースに3年行こうと決めていたのですか?
せっかく織りを学ぶからには作品をつくりたくて、2年は行こうと思っていました。この学校のようにいろんな種類の機を使ったり、設備の整った染色室で染めたりできる環境はなかなかないので、ここで作品をつくってきちんとしたポートフォリオを作るという目標ができて3年目に進みました。私は色を生かした表現が好きなので、いろんな色の糸をたくさん使って、綺麗だなと思うものに色々触れられたのは贅沢だったと思います。

——3年間で印象的なことはありましたか。
私は全く織り経験がない初心者で、手先が器用でもないので、1年目はずっと挑戦の連続でした。皆で一緒にやる実習が多くて、周りの器用な方とつい比べてしまったりして気持ちに余裕がなかったです。でも1年目のいろんな織り実習を通して、自分の向き不向きが何となくわかったというか。絵のような光景のようなデザインを考えるのが私は向いていると思ったので、綴織の技法が合ってるのかなと。綴織で私らしいものができると思い、1年目の個人制作では綴織の絵本をつくりました。修了展で作品を見た方々から、気に入ったとかポジティブな感想をいただけて、自分に少し自信が持てるようになりました。大変でしたが何とか乗り越えたと思えるので、1年目が印象的です。
◆京都の街を歩きながら発見したものをモチーフに
——2年目、3年目はどうでしたか?
制作スケジュールを立てて自分のペースで進められる分、私はやりやすくなりました。授業で捺染絣とダマスク織りを新しく学び、先生のアドバイスで2つを組み合せた技法で作品をつくってみたら面白くて。それで3年目も前年の作品と連作で、2つの技法を融合させて作品をつくりました。モチーフは京都の街を歩きながら発見した格子窓や銭湯の湯気、会話、行灯など。これまで京都のように古い町家がある街に住んだことがなかったので、街歩きも楽しかったし、考えついたアイデアをつくることで試していけるのもやりがいがありました。修了制作でも今まで学んだ技法を取り入れて、自分の作風を出した作品がつくれたのではないかと思っています。

——在学中は留学生とも交流されていました。
留学生の作品は年によって作風も違って、今年(2024年度秋コース)の方はインテリアっぽい作品が多く、前年の方々は芸術的でメッセージ性のある作品をつくられている方が多い印象でした。それぞれ全く違う作風に触れ、こんな表現があるんだと触発されましたね。みんなで一緒に出かけたこともあって楽しかったです。学校では先生方がFikaを開いてくれて、焼き芋やおやつを食べながらみんなで話したり、スウェーデンの交換留学から戻ってきた先輩の話も聞けたりして、いい思い出です。
◆織りをもっと近くに感じてほしい
——スクールでの3年を経て、好きなテキスタイルブランドに就職が決まりました。どんなお仕事に就くのでしょうか。
インテリアの営業や商品の仕入れ、海外からの輸入や、ポップアップショップの企画や運営など、インテリア関係に幅広く関わるみたいです。まずはアシスタントとして経験を積んでいく予定です。
——修了生は職人の道に進む人もいれば、テキスタイル関係でも就く仕事の幅が結構広いのですが、進路は自分で納得していますか。
そうですね。自分が向いているのはつくる側の人よりも、アイデアを考えたり企画を立てる方だなと思って仕事を探しました。就職先のブランドもテキスタイルに興味を持ち始めた高校の時に知って、素敵だなとずっと思っていたので。
——インタビューの初めに、人生の方向性が変わったと話されましたが、この3年間、作品をつくることで新しい自分を形成していった印象も受けました。ご自身にとって織りとは何でしょう?
今まではただ、こういう布が好きだなと考えていたものが、実際につくれるようになって関係が近くなったというか、より自分の人生に近い存在になりました。テキスタイルは日常との近さがいいなと思うんです。インテリアでもクッションやカーテン、タオルもテキスタイルですし。他の表現方法もありますが、近いけど特別な存在を表現するにはやっぱりテキスタイルの温かみがいいなと。そこには織りをもっと近くに感じてほしいという思いがあります。
——織りを身近に感じてほしいという思いで、作品をつくってきた?
いいなとか面白いなと思ったものを取り入れて、作品として見てもらう。そうやって自分の思いを伝えるための方法ではあるんですけど、距離としては身近なものであってほしい。もちろん伝統工芸としても大切にされてほしいですが、そこに行くまでの敷居が高いな、それだけだと世界が狭まっちゃうかなと思うので。けれど日常にあるものだと割と大量生産が多くて、あまりありがたみを感じないというか。織物はつくるのがすごく大変で、時間もかかるし途方もないんですけど、入学する前の私のような織りを知らない人にも、どうやってできているんだろうとか興味のきっかけになるような織物ができたら楽しいなと思って、取り組んできました。
——自分の思いと、見た人がどう思うかの両面を大事にしている。
私は人のことを気にしすぎるって昔から言われます。人からどう見えるかと自分の視点って全く違うので、そこは怖くもあり面白くもある。(性格的に)よくないとされる部分でも、いろいろ気にしてるから観察する部分もあるし。そこを意識して作った方が自分なりにどういう作品になってほしいかという方向性が見い出せるので、作品づくりには生かせているのかもしれない。だからそういうところもテキスタイルに助けられています。
——これからも働きながら、ご自分でもつくり続けたいですか。
可能ならつくり続けたいです。そのためには時間のやりくりと環境が必要ですね。アイデアはあります。