スクールの窓から

スクールの窓から:「日記を書くように作品制作する」 表現論・岸田めぐみさん講義

専門コース「表現論」の授業で、作家の岸田めぐみさんを講師に迎え、大学時代から現在に至るまでの制作の変遷などについて話を聞き、作品を見せていただきました。眼鏡をモチーフにした立体作品を中心に制作する岸田さんの独自性の源にある、考え方や工夫などがたっぷりと語られた授業となりました。

◆「素材を生かして1からつくっていける」織りの面白さ

元々イラストを描くのが好きだったという岸田さん。初めから織りを目指していたわけではなく、大阪芸術大学の工芸学科で学ぶうちに素材からものづくりができる楽しさを知り、2年次にテキスタイル・染織コースを選択。そこでこれまで抱いていた織りの印象とは異なる魅力を知り、「衝撃を受けた」といいます。「以前は伝統工芸の難しそうなイメージがありましたが、織りはじつはシンプルな構造で成り立っていて、工夫次第で幅広い表現ができると知りました。綴織の課題を通して、絵を描くのとは違う魅力を感じ、素材を生かして1からつくっていける面白さを感じました」

当日の講義では、大学時代の綴織タペストリー制作や、そこから「即興的な作業を取り入れる」ようになったという大学院時代の制作の変遷を紹介。当時心がけていたこととして、制作に要した時間や使った糸量の記録や、積極的に展覧会を観に行ったこと、展覧会のフライヤーを集めて自身のポートフォリオの参考にしたことなど、今の学生に参考になりそうな内容が具体的に伝えられました。

大学院卒業後、岸田さんの作品は平面から立体へと移行。仕事が忙しくなり、大きな織機を使った制作に向き合う時間がとれない中、既存の織機を使わない独自の制作方法を見つけます。また綴織タペストリーの制作で多くの糸端が出る裏面にも面白さを感じていたことから、綴織の裏面も隠さずに作品にしようと考えます。そして身近な日用品と綴織を組み合わせた作品として、「眼鏡」を織るという発想が生まれます。

◆自分のアイデンティティと結びつく「眼鏡」を掘り下げる

立体作品の制作では眼鏡をはじめとして、傘や虫かご、ざる、茶こしなど様々な日用品を使った制作にもチャレンジ。一時期、制作の「方向性に迷った」時期に、「愛着があり、自分のアイデンティティとも結びつきがある『眼鏡』をもっと掘り下げていこう」という考えに至ったという話もありました。そして、お面のような表情のある「めがねマスク」や、眼鏡自体が一つの体になるような「めがねオブジェ」、既製品の眼鏡に織りや刺繍を施してつくる「めがねっこ」シリーズなどの作品を展開していきます。

講義の後は、実際の作品に触れながら、作品の狙い、素材や技法など学生が知りたい内容が余すところなく伝えられました。学生たちは作品を手に取って、どのようにつくられているのかを自分の目でたどるように真剣に眺めていました。またデザイン画や、制作プランのファイル、ポートフォリオなどの制作プロセスの資料も見せてもらいました。

岸田さんの着眼点には常に「身の回りのものに目を向ける」というスタンスがあるといいます。手を動かし、布の予想外の動きも楽しみながら作品を生み出し、今は「日記を書くように作品を制作しています」と。織りの可能性をオリジナルに追求している岸田さんの姿に、さまざまな角度から刺激を受けた時間となりました。

〈岸田めぐみさんプロフィール〉

きしだ・めぐみ/大阪府出身。2013年より日用品と綴織を組み合わせた作品制作を開始。現在は眼鏡をモチーフに「眼鏡は身体の一部」という実感から着想を得て、織りや縫い技法で立体作品を制作する。大阪芸術大学大学院前期課程修了。instagram: @kissi_meg

*岸田さんのテキスタイルアート作品は、9月17日(日)から10月29日(日)まで和歌山県九度山町で開かれる「くどやま芸術祭2023」に出展されます。「くどやま芸術祭」公式サイト https://kudoyama-art.com

スクールの窓から:「日本の産地の仕事にはヒントがたくさん」大高亨先生の講義2

大高亨先生による「日本の特色ある織物」授業リポートの後半です。2回目の講義では、数ある産地のなかでも昨今、注目されている東北を中心に、地域性や土地柄、気候、風土などをふまえて特色を紹介。一枚の織物から、その奥行きを見る手かがりが示された講義でした。

◆自給自足で得られるもので暖かく
福島の織物でとりわけ特徴的なのが「川俣シルク」。髪の毛の1/6の細さの糸をレピア織機で織る、世界一薄い絹織物「妖精の羽」が紹介され、先生は特色をこう話します。「細い糸を均一に引くには、繭自体も品質がよくないといけない。それを養蚕から一貫してできる場所は、世界でもなかなかないと思うんです」。力織機で織る点にも着目し、「超極細の絹糸を、一日に何十メートルと織れる機械にかけるというエンジニア魂を感じます。手織りだと融通がききますが、高速の機械できれいに織るには機械自体も細やかな操作や管理が要るので」と。そんな説明を聞くうちに、日本の伝統織物の強みを見る目が開いていくようです。

かなり珍しい織物として、ぜんまいの綿毛と白鳥の羽を撚り合わせて織る「ぜんまい白鳥織」(秋田県)も紹介されました。「東北の地では綿は育たない、岩手は別として羊毛もない。あるのは麻系で着る物としては寒い。自給自足で得られるもので暖かくするのに草木や、沼で白鳥が残していった羽を拾い集めて織物にしている」と背景を説明します。他にも盛岡のホームスパンや、青森の南部裂織、津軽こぎん、アイヌのアットゥシ織など、多様な内容が紹介されました。

◆アーカイブ化されて資料が残っていけば
そうして日本の特色ある織物を横断的に見ていき、講義は最終回へ。先生が「平成の百工比照」のコレクションの一部と私物を持ってこられ、実際にものを見ていきました。実物を目にし、より興味が刺激された学生たちは皆、前のめりに。一枚一枚、目を近づけて見て、触った感想を言い合い、「用途は?」「(繊維にする皮を)はぐ時期は?」など質問が飛び交います。赤穂段通では裏表返しながら、端の処理がどうなっているかを自分たちで読み解こうとする場面も。授業全体を通して、学生からは機械の仕組みや、どう織られているかといった、つくる目からの質問が多く上がりました。

授業の最後に、大高先生は産地の現状についてこう話しました。「僕は日本の産地をまわって20年ほどになりますが、訪れた後に廃業になった所も増えています。ただ、『平成の百工比照』のようにアーカイブ化されて資料が残っていけば、後々復元できなくもない。一度なくなったものを復元し、制作し始めている産地も実際にあります」

学生に向けては、「日本の産地には、まだまだ面白い染織品があります。紹介した分だけでも様々な技法や意匠があるし、機械や道具に工夫があるのも特色。産地の仕事にはヒントがたくさん潜んでいます。そこから自分のオリジナル作品に生かすこともできるので、ぜひ興味を持って」と伝えました。

〈大高亨さんプロフィール〉
おおたか・とおる/染織を専門領域に、大学教員、作家、デザイナー、プロデューサーとして活動している。近年は東北の布の調査、研究も行っている。また様々な企業、組合等のアドバイザー、教育機関、研究機関での講演なども行っている。

instagram: tontakatea
website: Tohru Otaka
「平成の百工比照コレクション」データベース

スクールの窓から:日本の特色ある織物「どこでもドアのように産地を見ていく」大高亨先生の講義1

専門コースでは、2022年度から新たに大高亨先生による3回シリーズの講義「日本の特色ある織物」が始まりました。先生が20年以上全国の産地をまわる中で面白いと思った織物について、2回に分けて紹介され、最終講義では実物を見ていきました。はじめに、それぞれの産地の織物を「『どこでもドア』のようにちょっとずつ見せていくので、授業を入口に興味を持ってくれたら」と先生は話し、沖縄、八重山諸島から、奄美大島、九州、北陸、北関東、東北、そして北海道のアイヌの織物まで、日本列島を熱い語りとともにかけめぐりました。授業リポートの前半です。

◆日本の染織レベルの高さに驚愕した
大高先生は、金沢美術工芸大学でテキスタイルを教え、大学が金沢市と共同で行う「平成の百工比照」プロジェクトに関わって、全国の産地をめぐって織物の技法、工程、材料に関わる調査・研究し、資料として収集する取組みを行っています。日本の産地に足を運ぶようになった理由について、「以前は海外の染織品を集めていましたが、せっかく日本人で日本にいるのだからと思って、日本に目を向けるようになったんです。産地をまわるほど、日本の染織品や染織文化のレベルの高さに驚愕しました」と言います。

講義ではスライドや動画を用いて、それぞれの織物の特徴、素材や手法、工程、地域の文化背景から現在の状況まで幅広く紹介され、さらに先生が現地で印象に残ったエピソードや、面白いと思ったポイントが語られます。たとえば沖縄の織物の紹介では、アドバイザーとしてミンサー織りの商品開発に関わった経験に触れ、「伝統をおさえつつも、今の生活様式に合ったものを提案していく努力もしている。そんな積極的な姿勢が沖縄にはあります」といった実感を交えて語ります。

◆マニアックさが面白いところ
絣の紹介では「日本ほど精緻につくれる所はない」と先生は言います。そして大島紬で機を使って防染の為に仮織を行う締機や、久留米絣で絣をくくる専用の機械の紹介動画を見せて、それらの仕組みを解説。締機について、精緻で大柄な意匠を大量生産できるという機の特徴が、今の時代の需要と合わなくなっているという課題にも触れます。先生が現地の団体と共同制作した着物の写真を見せて、「意匠だけでは解決できない。ニーズや時代に合ったもののつくり方を考えるのがデザイン」と、特色だけでなく、課題からデザインの考え方まで話をひとつながりに展開します。

久留米絣では、「力織機で経緯絣を大量生産しているのは、現在では久留米絣しかない。そこがユニークな産地です」と紹介。「一口に日本の染織と言っても、手仕事で匠の人もいれば、大量生産でも質の高いものを生むために、どのように合理化できるかを考えて、くくるだけの用途の機械までつくってしまう、そんなマニアックさが日本の面白いところだと思うんです」と話します。

日本の伝統織物を研究の目、つくる目、デザインの目で多面的に見て来られた先生ならではの目線で語られる講義。旅はつづきます。

2へつづく。

〈大高亨さんプロフィール〉
おおたか・とおる/染織を専門領域に、大学教員、作家、デザイナー、プロデューサーとして活動している。近年は東北の布の調査、研究も行っている。また様々な企業、組合等のアドバイザー、教育機関、研究機関での講演なども行っている。

instagram: tontakatea
website: Tohru Otaka
「平成の百工比照コレクション」データベース

スクールの窓から:素材も場所も「自分が心魅かれる方へ」 表現論・井上唯さん講義

専門コース「表現論」の授業で、アーティストの井上唯さんを講師に迎え、アーティスト・イン・レジデンスで国内外の様々な土地で制作している活動などについて話していただきました。

大学と大学院で造形と染織を学んだ井上さんは、卒業後も制作を続けられる道を求め、大学助手の仕事に就きます。制作するなかでアーティスト・イン・レジデンスに興味を持ちますが、参加には3カ月など一定期間、時間を空ける必要があることから、助手の仕事を3年で辞めて、やりたい事業に応募しながら制作を続ける道を選びます。

学生時代にバスケタリー作家の方の講義で学んだ「思考と目と手でつくる」というありようが、その後もずっと身体に残っていたという井上さん。滞在制作では、その場所に何を存在させるべきなのか想像しながら「土地のこと」をリサーチし、「素材×技法」「空間×場所」「主題×概念」を言葉やイメージで考えながら何をつくるかを決めていくそうです。講義では、その要素をどう形にしていくのかが具体的に語られました。香川県の粟島で、かつて海員養成学校だった建物内に、麻の繊維を使って漁網を編む技法で「人の気配」をつくったり、徳島県神山町で劇場寄井座の空間に、藍染めの大きな布にほたる絞りを発展させた手法で宇宙の星々のような絞りを散りばめた「うち」の空間を出現させたり、というように。

◆常に時間との闘い、それでも「つながるのを待つ」
そんな滞在制作の経験談に学生たちは刺激を受け、修了展に向けて取り組み始めた自身の制作と思いを重ねるようにして、質問が相次ぎました。特に素材や準備、アイデアといった観点からの制作プロセスが気になったようです。「現地で見つけた素材で制作するのに意識していることは」という質問に対して、井上さんからはこんな回答がありました。「素材の時点で心動かされるものを使う。場所もすべてそうですが、自分が美しいと思ったり、心魅かれたものに素直に従うようにしています。手元でつくっていても、実際の空間に持っていくと見え方が変わるので、現場と行き来しながら何度も実験します」

期間が定まった滞在制作は、アイデアと手仕事のはざまで「常に時間との闘い」。そのいっぽうで「待つ」面も。「アイデアが思い浮かばない時はあるか」という質問に「あるある!」と率直に返し、「時間が迫ってきて吐きそうになるくらいプレッシャーがある時もありますが、反面ワクワクもします」と。「アイデアはむしろ考えていかないです、最初から狭めたくはないので。現地で調べたり散策したり話を聞いたりして種を集めていき、つながるのを待つ。待つ間にいろいろ実験していく。手を動かしながら考えられるのが手仕事のいいところですね」

◆生活の知恵とものづくりがようやくつながった
人が自然と関わるなかで生み出してきた知恵やものづくりに魅かれ、織りや編み、染め、縫いなどの手法を用いて制作している井上さん。現在は作品制作だけではなく、暮らしの中で使う道具づくりも実験しているそうです。滋賀の自然豊かな環境に居を構えて制作する今、「生きていく上での生活の知恵」と「ものづくり」の両方が「ようやくつながってできるようになってきた」と話します。

自分がやりたいと思う制作を自由に続けていくためには、時間を空ける必要があると考えて、定期的な仕事はあえてやらない。その分「学生時代から、生活費をあまりかけずに工夫して生活するのが好きだったので、ライフサイクルができているのかもしれないです」と。

講義全体を通して、どんな質問に対してもまっすぐな眼差しで語る井上さんが印象的でした。それは「制作を続けたい」という思いで、道なき道をオリジナルにつくってきたご本人のありようにストレートに通じている。ものづくりの芯と、同時に生き方の広がりを感じた時間となりました。

〈井上唯さんプロフィール〉
いのうえ・ゆい/自然と関わるなかで生み出されてきた人間の営みや知恵にワクワクし、そこから学びつつ新たな視点で捉えていくことで、この世界の仕組みや目に見えない繋がりを“モノ”を介して想起させるような光景をつくり出したいと考えている。普段の暮らしの中で様々なモノを収集したり、それらを使って、作ったり、繕ったり、遊んだりと、素材と対話しながら手を動かしていくことを軸に<生活>と地続きにある<制作>の在り方を模索している。

website: YUI INOUE

スクールの窓から:羊と人間の共同作業「羊毛がどう糸になりたいかに沿う姿勢で」ホームスパン2

専門コース本科「ホームスパン」授業リポートの後半です。繊維から糸、布、マフラーへと形を変えていくプロセス。そんな初めてのホームスパンを通して、学生たちは様々な気づきがありました。

◆ ホームスパンは体をバランスよく使うの
紡ぐ段階に入ると、「つくるものを意識して、糸を紡いでほしい」と最初に先生から一言。マフラーにするにはどんな糸がいいのかを想像し、「やわらかさのある糸をつくる」というように、まずはイメージをつないでいきます。

ハンドカーダーで毛をほぐして繊維を引き出しやすくし、糸車を使って繊維を撚って糸をつくる。けれどもなかなか同じ太さになってくれない糸の扱いに学生が困っていると、先生はこう伝えます。「人間のやることは機械じゃないから、ずっと同じようには紡げない。それでいい。それより気持ちを落ち着けて糸と向き合って。ゆっくり羊の毛のことを考えられるようになると、どんな糸をつくりたいかが自然と浮かぶから」

やがて空間に静けさが漂い、糸車が回る音、ペダルが一定のリズムを刻む音が心地よく響きます。集中力が高まっていくなかで先生は話します。4月のスピニングの時と比べて、「落ち着いて糸ができています。自分でもそう思いませんか?」

学生からはこんな感想が。「先生に、『羊毛がどうなりたいかに沿って紡ぐ』って言われた時、そういう気持ちでやるのかと初めて気づきました。私がやりたい方に繊維を引っ張るとうまくいきませんでしたが、やっていくうちに素直に糸になってくれたと感じた瞬間もありました」

出来上がった糸は蒸して撚り止めし、綛あげ、整経、機がけ、と織るための準備を進めます。「ホームスパンは工程が多い分、体のいろんな所をバランスよく使うの」と先生はにっこり。そうして学生は全身を使って、ものをつくるプロセスを経験していき、全員が無事に織り上げ、マフラーを仕上げることができました。

◆ 素材が教えてくれる
制作を終えて、一人の学生は「欲張らないのが大事」と気づいたと言います。「糸を紡ぐ時、欲を出さないで少しずつ誘導していくと確実に糸になってくれる感触がありました。途中でうまくいかなくても、羊と人間は違う生き物、個体差だってあるし、同じ人間でもわかりあえない時があるし仕方ないねという気持ちでいた方が、全体的に心穏やかに作業ができると感じました」。そんな、羊と人間の共同作業のように感じたそうです。

縮絨では風合いの変化を、直に感じ取れたのも大きかったようです。「(織り目が詰まり、柔らかい感触に変わった)タイミングがいきなり来てびっくりしました。縮む変化の速さが手に伝わってきて、今が引き揚げるタイミングだってわかりました」という感想も。そんなふうに、学びは先生からだけではなく、素材が教えてくれると知った実習でもありました。

中嶋講師は最後にこう話しました。「ホームスパンというと、糸を紡いで織った布としか紹介されないことが多いけれど、まずは『どういう布をつくりたいか』を見据え、いいものをつくるために必要な条件は何かを考えて糸づくりを始めるのが大切。この授業を機に学生が、糸紡ぎから素材に関心を持って制作することで、織物に対してより積極的な関わりができると思うんです」

講師としてだけではなく作家として、40年以上ホームスパン一筋で取り組んできた中嶋講師には、こんな思いもあります。「今は何でも出来上がったものが用意されている時代。ものがどうやってできているか知っておくのは大事だと思う。ホームスパンを特別なものにするのではなく、日常のつながりからあるものと思えるようになれば」

今回のホームスパンの実習を通して、ものづくりの深みを感じたのをきっかけに、来春の修了展に向けて、紡いだ糸を使った制作に取り組む学生もいます。

一人ひとりが手応えとともに、秋から冬を迎えます。

スクールの窓から:「羊毛から糸を紡ぎ、マフラーをつくる達成感」ホームスパン1

専門コース本科では、10月に「ホームスパン」の授業が行われました。学生たちは4月に「スピニング」で羊毛の糸づくりを学び、その後、デザインや織りのスキルを身につけてきました。今回のホームスパンでは、格子柄のマフラーをつくるのに自分でデザインを考え、羊毛を染め、糸を紡ぎ、織り、縮絨して使える状態に仕上げるまでを12日間で行いました。糸紡ぎからのものづくりは長い道のりになりますが、スクールで40年以上、ホームスパン一筋で教えてきた中嶋講師の指導のもとで一つひとつ工程を踏み、全員がマフラーを完成することができました。「すごく達成感があった」「これまでの織りとはまた違った世界を感じた」と学びの幅が広がった授業のリポートを2回に分けて紹介します。

◆ 服は使って育ててあげるのが大事
「ホームスパンの生地を見たことがありますか?」
そんな問いかけから始まった授業。首を横に振る学生たち。そもそもホームスパンの生地自体を見る機会が少ないのが今の時代。それはなぜなのかを踏まえて担当の中嶋講師は、まず世界のホームスパン発祥から、生活文化としての浸透、明治期に日本に来てからの需要の高まりや、民芸運動による広がり、戦争の影響、安くて手軽な既製服の普及で衰退していった流れを説明し、一大産地である岩手県の現在の取り組みを紹介。

そして、先生自身が紡いだ糸で織った服地や、それをジャケットやスカートに仕立てて愛用している実物を学生に見せます。学生たちは手触りを確かめ、見た目はしっかりしているのに「軽い」「柔らかい」「暖かい」と顔をほころばせ、先生は「ブラシで手入れしながら、生地の顔が変わっていく。服は使って育ててあげるのが大事」と話します。そんなふうにホームスパンを身近に手繰り寄せ、イメージをつかんでから実習へと進みます。

◆フエルト化させないように染める
ホームスパンは原毛を洗うところから縮絨して仕上げるまで、多くの工程があり、一つひとつが後に影響を及ぼします。染色も糸染めではなく、今回は毛を染めるので要領が違ってきます。とくに羊毛の染色では「フエルト化させない」のが大事。繊維同士が絡んで、毛が縮んだり硬くなったりすると、糸をつくるのが大変になるからです。そのため染色中は原毛にできるだけ触れないようにし、また急に冷まさないように注意が必要。毛をほぐすのも「丁寧に」「繊維の流れ方やくっつき方を見て」「一本一本の繊維が離れるように」と中嶋先生は声をかけ、学生たちは黙々と羊毛と向き合います。

2へつづく

仕事としての織りを考える機会に (株)川島織物セルコンで緞帳のインターンシップ

専門コースでは2年目の専攻科に進むと、希望者は(株)川島織物セルコンでインターンシップを経験できます。2022年度は2つのプログラムが設けられ、それぞれ希望者が参加しました。一つは呉服開発グループで、帯のデザインと試作(昨年のリポートはこちら )、もう一つは美術工芸生産グループで、綴織の緞帳のデザインと試作です。今年新たに加わった緞帳インターンシップを紹介します。

綴織は、スクールを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法。スクールでも1973年の開校当初から、綴織は柱の一つとしてずっと教え続けています。現在は専門コース1年目に、綴織の基礎をはじめ、織下絵の描き方や絵画的な織り表現を学ぶ授業、そしてタペストリーのグループ制作を行っています。学生はそうした土台をつくった上で、緞帳のインターンシップに臨みました。

◆ 早く、正確に仕上げるために

事前準備は原画作成。学生それぞれの出身地のホールに納める想定で、緞帳のデザインを考えます。想定サイズは14×8メートル、そのなかで織りたい部分を1メートル四方で選んで、その試織を10日間のインターンシップで行います。現場では専門家の指導の下、織下絵をつくり、使う糸を決めたり杢糸を配色したりと色糸を設計して製織へ。本来、会社では分業されているところを、このインターンシップでは、一連の流れで取り組むことができます。

スクールの報告会で、参加した二人の学生が口を揃えて言っていたのは「理論的に織る方が早く、正確に仕上げられると実感」したこと。「スピードと品質の両立」は、製品をつくる現場で欠かせないもの。積み上げる段数の数え方や注意点を学び、実際にやってみて、それが腑に落ちたようでした。たとえば、きれいな丸をどうやって織るか。学生の一人は「私は感覚で織りがちなのですが、何段織ったら違和感なく見えるかを最初に確認した方が、より早く織れて、完成形もよくなるとわかりました」と話しました。

◆ 高い集中力でやり切れた自信

製織では、どう織ったらデザインの意図が自然に伝わるか、専門家から技法の助言を受け、プロの目線や思考を学べたのも大きかったようです。「私の少しの間違いにもすぐに気づいて教えに来てくださって、判断力の早さに驚きました。長年の経験と、周囲をよく見る力を感じました」。具体的な技法から織りに向き合う姿勢まで、スポンジのように吸収してきた学生たち。スクールの報告会でも、それぞれに得たものや、見えてきた課題などについて、終始生き生きと語っていました。

「この経験をきっかけに、仕事としての織りをどう考えたか、織りとどう生きていきたいかを考えてみるのも大事」と、スクールの山本ディレクター。参加した学生はインターンシップを通して、スクールの制作とは違う企業の現場での織りを知り、作業の向き不向きに気づいたり、自身と織りとの関わりを見つめたりする機会になったようです。

当初10日間で仕上げるスケジュールは厳しいと感じていたものの、限られた時間で計画的に進め、高い集中力でやり切れたことは、学生の自信にもつながった様子。仕上がった実物を見て、報告を聞いた他の学生も刺激を受けていました。学びの勢いに乗って、今度はスクールで自身の制作に力を注いでいきます。