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スウェーデン留学記2 創作科 萩原沙季

専門コース3年目の創作科では、希望者は選考を受けた上で、提携校であるスウェーデンのテキスタイルの伝統校 Handarbetets Vänner Skola(HV Skola)へ最長3ヶ月の交換留学をすることができます。

9月から留学中の萩原沙季さんから2回目の近況報告が届きました。萩原さんは11月末まで、ダマスク織りや刺繍などの授業に参加します。


学校からトラムですぐのプリンス・エウシェン美術館の庭

10 月も瞬く間に過ぎてしまいました。今年のストックホルムの秋は例年より暖かいようで、よいお天 気が続き、紅葉がとても美しかったです。一方で日がどんどん短くなり、最終週の日曜日にはサマータ イムも遂に終わってしまい、16 時頃には外が薄暗くなっています。

授業では、10 月の初めにはダマスク織の作品が完成し、最後に発表会がありました。いわゆる講評会とは主旨が異なるもののようで、まず作品だけではなく、アイディアを練る段階のスケッチや参考写真 なども壁やボードに貼り付けて準備をしました。発表の持ち時間は 30 分間で、デザインの着想をどの ように得たかという所から、作業を進める上でぶつかった問題点とそれをどのように克服したか、そし て織り終えた後の反省点や感想まで、正直に説明します。その後の質疑応答では、いいなと感じた点を ほめたり、反省点についてフォローするなど、みんなポジティブな反応をしているのが印象的でした。

自分の発表は緊張しましたが、クラスメイトたちの作品は完成度が高いだけではなく、とても個性豊かで見ているだけでも楽しかったです。さらに、それぞれがアイディアスケッチからデザインに発展さ せていく過程を共有できたことも、大変勉強になりました。

同じダマスクという技法を使っていても、素材や色の選択などによって生まれる表現が全く異なるこ とを改めて実感し、自分でもまた織ってみたいなと思いました。

アートソーイングのインスピレーションを得たGröna Lundの乗り物

ダマスク織の発表会が終わるとすぐにアートソーイングの授業(制作)が本格的に始まりました。技法も素材も自由であるがゆえに自分で決めなければいけないことが多く、デザイン上の制約があるダマスク織とはまた違った難しさがあります。

授業ではデザインする時間はとられていなかったため、事前に担当のカタリーナ先生とミーティングをするなど、ダマスクと並行しつつ各自デザインを進めておく必要があり、なかなか大変でした。試行錯誤の結果、私は布にタックを寄せてからステッチをかける技法をベースに、ウールとシルクの生地を使って、遊園地の乗り物が回転する様子と、園内の至る所でみられた電球による装飾を表現することに決めました。

アートソーイングの作業のようす

アートソーイングの授業で取り組んだ作品は、11月にGröna Lundの横にあるカフェBackstage で展示されます。1m四方相当の大画面をひたすら「縫う」ことで構築することは、予想以上に技術と時間が必要でした。作業に当てられた期間は約2週間しかなく、クラス全員が疲弊しつつも、それぞれのこだわりが詰まった面白い作品ができてきています!

展示するカフェにて、Fikaを兼ねたクラスミーティング

なお、10月1〜5日は、ストックホルムのクラフトウィークでした。HVのギャラリーでは、卒業生でKTSにも留学されたことがあるEmma Holmgrenさん、Katja Beckman Ojalaさんの作品と、クラスメイトたちが昨年度制作したラグの展示がありました。また、自習時間を活用してクラスメイトたちと市内の各地で行われていた展示会を訪れ、様々な作家の作品を観てまわることができ、とても興味深かったです。

エリザベート・ハッセルベリ・オルソン『風景の記憶』

10月後半には、週末にスウェーデン国会議事堂の英語によるガイドツアーに参加し、本会議場正面にかかるタペストリーを目にすることができました。エリザベート・ハッセルベリ・オルソンの原画を元にHVの工房で織られたものですが、スウェーデン各地で生産された素材が使われているとクラスメイトたちから教えてもらいました。ガイドツアーでも、議員たちは所属政党ごとではなく、選出された地域ごとに座ると説明があり、きっと様々な意味でスウェーデンを象徴する作品であること、そしてそれが手で織られたものである意義について考えると、感慨深いものがありました。

余談ですが、このガイドツアーに参加しようと国会議事堂前の列に並んだ際、前にいた中学生くらいの子たちが「これは次のスウェーデン語のツアーの列で、英語のツアーはもう中に入ってるよ」とすぐに教えてくれました。スウェーデンの人たちは外国人に対しても親切だなと感じたエピソードの一つです。

2か月をHVで学んで感じるのは、私がいるのが最終学年だからかもしれませんが、授業内容がとても実践的であることです。学んだ技術を基に自分で新たな表現を生み出すこと、さらにはクリエイターとして経済的にも利益を得ていくことを最終的な目標として、先生方も学生も意識していると感じます。

例えば、今回作品を学外で展示するにあたり、会場側との同意書を読み比べて議論する時間がありました。また、作業にかかった時間は細かく記録しておくこと、そうすれば注文がきた際に納期を答えられるから、と先生から教えられました。

なお、HVの学生が制作した作品を展示する際は、希望者は売値をつけることが可能です。それは作品が自己満足にとどまらず、社会的にも価値があるものとして表明することになると思います。学生である段階からそのことを意識することで、制作に対する姿勢も確実に変わってくるようです。私も今後はそのことを意識しつつ、制作と向き合っていきたいです。

「”機械織り”と一言で片づけられない、技術を持った人の手」尾州テキスタイル研修 専攻科・福田葉月

 スクールを出発して約3時間、12万点もの素材サンプルがひしめき合う生地の図書館、最初の目的地テキスタイルマテリアルセンターに到着した。年間1~2千点もの新たな生地サンプルが集まり保存されているこの場所には、アパレル関係者や学生、そして国内外のデザイナーが訪れる。

仕上げ次第で表情ががらりと変わる

 初めに株式会社イワゼンの岩田社長から、これまで手掛けてきたテキスタイルについて実物に触れながらお話を伺った。華やかで目を引くカットジャガードは、フリンジの切り方の差や縮絨加減で同じテキスタイルでも全く異なる表情を見せてくれ、織り上げて完成ではなくそこから更なる個性を引き出せる奥行きのある織物。はたまた、生地の一部に糊を置いて縮絨する部分縮絨で仕上げたものは、毛織物ならではのユニークな表情をしている。次々に手渡されるテキスタイルたちはバラエティに富んでおり、「かわいい!」「おしゃれ!」といった第一印象から、一枚一枚に詰まった技法や製品になるまでのエピソードを踏まえて触れてみると、どんどん生地の見え方が更新されていくような感覚になった。直接触れさせてもらえたことで、斬新なデザインだけでなくアパレルとして身に着けても心地良い質感も体感することができた。

 著名なブランドや若手のデザイナー、ファッション系の学生など様々な相手との生地作りを行っていて、要望に対して実現可能な表現手法を提案してすり合わせながら、多種多様なテキスタイルを生み出し続けているそうだ。尾州は産地全体で分業体制が確立しているため、撚糸屋さんや機屋さんなど複数の人の手がかかわる分、それぞれとの交渉やサポートも含めた広い視野と経験値が必要とされるポジションだと感じた。そして、この仕事が面白くてたまらないということも強く感じられた。

 その後、駆け足でサンプルの森をめぐり、尾州を盛り上げる様々な取り組みについてもお話を伺った。木曽川を中心に織物産地が形成されていった歴史や、あちこちに現れるのこぎり屋根の秘密、震災や時勢が与えた変化から世界三大毛織物産地に数えられるまでになった産地の背景も大変興味深かったし、「尾州の組合が全国の産地を支えるのだ」という熱い思いひしひしと伝わってきた。

北向き窓からの光は変わらない

 2ヵ所目の木玉毛織は現在自社としての製織は行っていない代わりに、工場のスペースを繊維にかかわる複数の業者に貸し出しているというちょっと変わった背景を持つ機屋さんだ。中には、カーシートを編む大きな丸編み機に始まり、年季の入ったレピア織機やションヘル織機、そしてガラ紡が並ぶ。手紡ぎ糸のような味のある風合いの糸を生み出すガラ紡は、技術の進歩の中で台数が減り、現在は大変希少な存在になっているそうだ。間近でガラガラと響く音は、明治期の画期的な発明を象徴するものだっただろう。触らせてもらった糸は、ふんわりと柔らかく温かみがあり、ものづくりをする人もそれを使う人も引き付ける魅力を放っていた。

 製造だけでなく、オリジナルの服を販売する新見本工場というアパレルショップも併設されており、若手が中心となって尾州の高い品質を誇るものづくりのノウハウを継承しつつ魅力が詰まったアイテムを発信している。今後の構想もあるそうで、かつて尾張木綿の製織から始まった工場が時を経て形を変え、新たな世代と共に一つの場をつくりあげている様子は、分業で成り立つ尾州の繊維産業の縮図を形成していっているようにも感じられた。

精度と集中力、見習いたい

 最後に訪れた三星毛糸では、スクール出身の社員の方が機場を案内してくれた。工程順に説明を受けたのだが、2000~7000本もの経糸を整経できる部分整経機の仕組みを聞いたその傍らで、職人さんが黙々と綜絖通しを行っていて、しかも一度に2本ずつ通していくという熟練の技術を目の当たりにし、”機械織り”と一言で片づけられないほどに、技術を持った人の手は不可欠なのだと感じた。製織においても、緯糸の受け渡しトラブルや経糸が切れてしまった際は機械が緊急停止するので、やはり人の手でのフォローが必要となる。実際に機械を止めてくれる等、普段目にすることのない現場の様子をじっくり見ることができた。某高級ブランドの生地が掛かった機もあり、美しく華やかな服地ができるまでの工程をほんの一部だが間近で見ることができてとても興味深かった。

 3ヵ所を巡った今回の研修で、尾州が更に身近な産地となった。皆さんの口から当たり前のように有名ブランド名やデザイナーの名前が飛び出す様子は、流石世界に誇る毛織物産地だ。それは上場企業から家内工業までと規模も違えば、撚糸や染織、整理といった工程も異なる、たくさんの作り手たちが連携しながら築き上げてきた結果である。織り(繊維)に関わる一連の工程は、それぞれ無限に突き詰め得るものだから、これは分業の強みだと思う。また、産地に誇りを持ちながらも従来のあり方を踏襲するのではなく、需要や流行に敏感に対応しながら変化していく姿も垣間見え、見習うべき姿勢だと感じた。同時に、更新するだけでなくガラ紡の様にあえて昔からある技術を引き継いでいくのも、産地の幅を広げ独自性を持てる選択で、こういった多様な考えに触れられ様々なことを考えさせられた。今回感じた情熱や柔軟性を自分なりに吸収して、織りとの向き合い方を模索していきたい。

スウェーデン留学記1 創作科 萩原沙季

専門コース3年目の創作科では、希望者は選考を受けた上で、提携校であるスウェーデンのテキスタイルの伝統校 Handarbetets Vänner Skola(HV Skola)へ最長3ヶ月の交換留学をすることができます。

9月から留学中の萩原沙季さんから初回の近況報告が届きました。萩原さんは11月まで、ダマスク織りや刺繍などの授業に参加します。


週末に登ったストックホルム市庁舎のタワーから、学校がある方角の眺め

スウェーデンに無事到着し、9月から学校が始まってあっとういう間に4週間が経ちました。最初は英会話さえ不安なこともあり、とても緊張していたのですが、クラスメイトたちも先生方もみんな親切でやさしく、穏やかな方たちばかりなので、今ではすっかり安心して楽しく毎日を過ごしています。
クラスメイトのルーツがスウェーデンだけではなく、他国からの留学生がいることもあって、授業でも先生方がスウェーデン語の後に必ず英語で説明してくださったり、誰かがすぐに気がついて訳してくれたりします。もちろん質問をするとすぐに答えてくれますし、幸運なことに日本人のクラスメイトもいるので、情報交換もできて本当に助かっています。また、資料がウェブ上のシステムで共有されているため、授業でよくわからなかったことがあっても後で確認できます。

制作のモチーフになっているGröna Lund

授業ではまずダマスク織、続いてアートソーイング(刺繍などの技術を使って1m四方の作品を作る)に取り組むのですが、今年はどちらもGröna Lundという学校のすぐそばにある遊園地からアイディアを練ることになっています。はじめに見学に行った後、撮った写真やスケッチなどを元に各自でデザインを進める授業もありました。
ダマスク織の授業では、その仕組みを講義で学びつつ、経巻きや綜絖通しをしてからダマスクの装置を設置するなどの準備作業を経て、4週目からやっと織り始めました。

機の中に座ってパターンの綜絖に経糸を通しているところ。
ダマスク織の仕組み上、綜絖通しを二回します!

ダマスク織は2人で1つの機を使うことになっており、ペアになったクラスメイトと相談の結果、経糸は太めのウールの糸、緯糸はシルクで織ることになりました。最初に織るのは私だったため、ちょうど織り終わったところです。不慣れなこともあってたくさん失敗しましたが、先生やクラスメイトがフォローしてくれて、なんとか終えることができました。

ダマスク装置で織っているところ。
綜絖枠が2種類あります(踏木に繋がっている4枚と、後ろにあるパターン用の21枚)

住まいは、同じHVの学生が親切にもストックホルム郊外の自宅の庭にあるミニハウスを貸してくれています。たいへん居心地がよいうえ、キッチンやシャワー、トイレが完備されていて、贅沢すぎるほどです。時間があう日は一緒に登校して、お互いの授業を報告しあっています。
学校へは地下鉄のブルーラインでストックホルムの王立公園駅まで行き、そこからトラム(路上電車)に乗り継いで通っています。トラムは学校のすぐ前に駅があり便利なのですが、初週に何かのトラブルでその日の電車が全てキャンセルになるというハプニングがありました。こういった情報はアプリで得られるものの、まだ見方がよくわかっていませんでした。幸い時間に余裕があり、天気もよかったため、結果として美しい風景を眺めつつのよい散歩になりました。(ちなみに、こういう場合は臨時のバスが出るので、それに乗ればよかったようです。)

いつもトラムに乗り換えている駅。王立劇場(左側の建物)の目の前にあります

Fikaという文化については知っていたものの、初日に配られた予定表にもしっかり組み込まれていることには少し衝撃を受けました。コーヒーやお茶を片手に談笑する時間をとても大事にしていて、このような余裕をもつために、自分の進捗を考えて残れる日は残ったり、土日に登校するなど、見えないところで各自調整しているようです。でも決して無理をするわけではなく、忙しい人がFikaを早めに切り上げていても誰も気にしません。いい意味でみんなマイペースというか、お互いに状況が違うのは当たり前なので、それを尊重しあっている結果という感じがします。

この日のFikaはクラスメイトのお誕生日会も兼ねて、各出身国の歌でお祝いしました

また、4週目の最後に、ストックホルムから電車で北へ2〜3時間ほどのGävleという街で行われたVÄV MÄSSANに行くことができました。スウェーデン国内外から織物やニットに携わる作家や企業、HVをはじめとする学校がブースを出す、お祭りのようなイベントです。当日はクラスメイトにHV以外の学校で学ぶ学生や作家さんを紹介していただいたり、作品を拝見したり、素材や道具を吟味したり…と出会うすべてのものが貴重で目が回りそうでした。もっと下調べをしておくんだったと少し悔やんでいます。

織機のロールスロイスといわれるÖxabäckのブース

Fikaやランチの時間には、染織をはじめとする手工芸が社会でどのようにみなされているか、そのようななかでどうやって織りを続けていくか、ということが少なからず話題になります。いつも朗らかなHVの学生たちですが、それぞれ手仕事に対する情熱を秘めていて、将来に対しても明確な希望があるようです。
無論、制作に対しても真剣で、クラスメイトたちは短時間で質の高いデザインを何案も出し、その上で美しく織り上げており、毎日感銘を受けています。つい自分と比べてしまい落ち込むこともしばしばですが、私のポートフォリオを見てもらえる機会があり、みんな質問をたくさんしてくれたり、インスピレーションを受けたよ!と言ってくれたりして、とても嬉しかったです。
尊敬するクラスメイトたちと共に学べることはこの上ない喜びであり、HVでの日々を悔いなく大事に過ごしたいと思います。

「第28回全国染織作品展」受賞のお知らせ

シルク博物館主催「第28回全国染織作品展」で、専門コース創作科の萩原沙季さんのタペストリー「おしゃべりの余韻」がシルク博物館賞を受賞しました。大賞に次ぐ賞で、萩原さんの作品はシルク博物館が買い上げ、同館の所蔵作品となります。

「おしゃべりの余韻」(2024年度川島テキスタイルスクール修了展時に撮影)

「おしゃべりの余韻」を含む入賞、入選作品は「第28回全国染織作品展」で展示されます。

「第28回全国染織作品展」
2025年10月25日(土)〜11月29日(土)
https://www2.silkcenter-kbkk.jp/akinotokubetsuten_2025/
シルク博物館 神奈川県横浜市中区山下町1番地 シルクセンター2F

制作の先に:「みんながほっと一息つくところ」 綴織タペストリー「こもれび」が寮に登場

専門コースの学生が制作した綴織タペストリー「こもれび」が、スクールの寮の2階に飾られました。昨年(2024年度)の本科生たちが修了制作のグループ課題として、場所に合わせてデザインし、手で織り上げた作品。静けさ漂う空間に調和した仕上がりです。

「陽のぬくもりや瞬き みんながほっと一息つくところ」がコンセプトの生活空間のためのタペストリー。このほど飾られたのは、吹き抜けの2階部分。窓越しの木々が緑の陰影となって写り込んでいる壁面にあります。作品は修了展でも展示されましたが、広い会場での展示とはまた違う、あるべき場所にやってきた、と建物空間に迎えられているかのようにフィットしています。

制作メンバーで寮に住む学生は「これまで夜間に廊下を通ると暗く感じていたのですが、タペストリーが飾られてからは夜でもこもれびが差しているようで雰囲気がやわらかくなったと感じます」とコメント。制作時は寮に、2年目の現在は通学しているメンバーは「下校時に寮に立ち寄ってタペストリーを見て帰ります。よく頑張ったなと思うんです」と今も制作の励みにしている様子。

光の瞬きも、奥行きのある緑色も互いに引き立て合うような、やわらかな空気感が漂う「こもれび」。「この学校で制作を頑張っているみんなの癒やしになればいいな」という学生たちの願いのもと、朝も昼も夜も、織りとともにある生活空間をやわらかく照らします。

修了生インタビュー:「織りは私の人生のアクセントというか衝撃」

 長年勤めた仕事を退職し、ウィークエンドクラスを1年受講後、織りを本格的に身につけたいと専門コースに入学したSさん。現代社会で生き、時間に追われて働いてきたところから、織りを学んでこれまでとはまったく違う価値観の世界を知ったといいます。修了を迎え、「本来の自分を取り戻せて、すごくほっこりしています」と穏やかに語るご本人の、専門コース2年間の歩みをインタビューでたどります。

◆私の力よりもちょっと上のところ、未知の世界へ

——いよいよ修了を迎えますが、専門コースの2年間で特に印象に残ったことはありますか。
 みんなの修了作品です。それぞれ頭の中にあるイメージが違って、自分のやり方で一生懸命形にしている。1枚の布ですが1枚の布だけじゃない、作品の後ろにある人間を感じるところに感動しました。

——このスクールには人生の転機に入学される人や、いろんな背景の人たちが集っていて、作るものにもその人が反映されるのではないかと思います。
 この学校で織りを学ぶ中で、布ってまさに生活そのものだなと感じることが多々あって。表現の要素が、単なる表現ではなく日々に基づいている表現というのかな、それに美しさが加わって。私は『枕草子』が好きで古典作品の中に描かれる美しい衣装から、織物に興味を持ちました。あの随筆には作者が日々の生活の中で見つけた美しいものたちが書き綴られていて、私たちが自分の好きなものを一枚の布で表現しようとすることに通じるように感じます。

——表現の要素についてもう少し聞かせてください。それはアートや自己表現とは違うということ?
 ちょっと違うと思います。学校ではデッサンの授業やデザインを学ぶ演習がある一方で会社(川島織物セルコン)の職人さんがされているような技術を学ぶ織実習もある。糸を紡いで織るという生活に根ざした昔からの土台があって、技術的な部分、芸術的というか新しい表現みたいな部分、と複数の要素があると思います。

——特にそう感じたのは何ですか?
 絣です。絣というと矢絣しか知らなかったんですけど、絣糸の使い方で表現が広がるとわかりました。糸を括って染めるのは、糸によって染め方も違うし、色の境目を括る感覚とか織の風合の感覚とかは技術と勘の部分です。デザインには芸術的な要素が入っていると思うんですけど、自分がやりたいイメージをそのまま絣で落としこもうとすると難しく、織物の経緯の規則性の中で考えながら整えていく。下絵や製図を描いて、理論的にこうできるはずと計画しても自分の技術が追いつかなかったり、糸の性質、織り機との相性、打ち込みの仕方でも変わったりして、自分の限界を超えて取り組んだ感じがします。

——自分の限界を超えて、というのは。
 失敗を繰り返して学び続け、1年目はできなかったことが2年目でできるようになったことも多いです。先生方がたくさん引き出しを持っておられて、こうしたらできると教えていただいて。ただ自分の技術がついていけるかのせめぎ合いで、私の力よりもちょっと上のところ、未知の世界をいっていました。周囲のあくなき美、いいものを追求する姿勢に刺激を受けて私もそこまで必死でたどり着こうとした。今の私の精一杯は出し切ったと思えます。その分しんどかったけど、できたわ!を積み重ねて織りにハマっていきましたね。織りというより絣にハマったのかな。

春が来た (2025)

◆うまくできた時はずしっと肚に落ちた

——個人制作では、絣を使った作品づくりに専念されていました。
 じつは絣は苦手でしたが、自分の中でよくわかっていなかったからわかりたいという気持ちがありました。1年目の修了作品はクラゲの足をモチーフにした経緯絣のタペストリーを制作しました。化学染料で薄い色を何色も染めたのですが、自分で色を出すのが楽しくて。それに絣糸を組み替えながら織って1つの布になるのが面白いと思ったんです。
 2年目の制作では春の野の花をモチーフにした作品を作るのに、綴か絣かどらがいいかを先生に相談し、絣の方がニュアンスが出るのではとアドバイスを受けて経緯絣のパネルにしました。天然染色で色にこだわるのが2年目のテーマだったので、先輩から引き継いだスクールのクサギや市原の葛も使って染めました。その次の作品では波の動きを経のずらし絣で表現したタペストリーにするのにも全て天然染色で染めましたが、絣は染色と相性がいいんじゃないかな。その頃には絣がこうしたらこうなると仕組みがわかってきて面白くなったのもあります。

——学びを深めてきた中、ご自身にとって織りとは何でしょうか?
 頭の中にあるものを形にして表現する面白さや、喜び、驚き(を与えてくれるもの)。制約の中でどうしたら表現できるかを考えるのが好きで、何もないところからイメージを思い描き、工夫しながら作ったものが綺麗な布として現れる。その布が自分の身近にあると楽しいし落ち着くし、自分に自信が持てる。そうやってハマり続けています。

WAVES (2025)

——前年のインタビューでは自分第一主義でいくと話していました。今はどうですか? 
 それはもはや普通になりました。夫がご飯を作れるようになって、帰ったらご飯ができている生活です。この2年間は自分のことしか考えてなく、自分第一主義を貫いた達成感もありますね。特に2年目の専攻科はすごく濃かったです。

——専攻科の何が濃かったですか。
 制作の大変さが少しはわかった気がします。時間との戦いの中、自分がこだわる美しさをどうやったら今の技量で出せるかを考え詰め、落とし込むまでがしんどくて。デザインも最初まとまらず、できるか?と常に自分と向き合って、やめた方がええな、やっぱりここは入れたい、入れたら○本括るの増えるな、でも絶対ここは譲れへん、みたいなせめぎ合いでしたね。制作中もうまくいくか不安でしたが、できた時はずしっと肚に落ちた。不安が回収でき、これでよかったんやと確かなものを得た感覚がありました。

◆織りを通して自分と向き合い、せめぎ合って人間の幅が広がった

——制作を通して、ご自身の変化もあったのでしょうか。
 何に対しても寄り添う気持ちが少しは出てきたように思います。働いていた頃は「早く・大きく・はっきりと」みたいなスタンスでした。現代社会の中に生きていましたから。ですが、ここで学んだ織りは全く違う世界でした。

——どう違いましたか? 
 織りは1ミリ何本の世界じゃないですか。今までざっくり5ミリぐらいで生きてたのに(笑)。糸の扱いも、癖や向きがあるのに無理に自分の思うようにやろうとしてもうまくいかないけど、向きや流れを見てこの人(糸)はどうしたいんやろと考えながらやると、糸が綺麗に揃ったり結べたりすると少しずつわかってきて。これまでとは全く違うものの見方を得て、ややこしいことでも今は一息置いてどうしたらいいのかと考えたり、1ミリのずれを合わそうとする丁寧さを少しは得たかな。でもそれは前の仕事の世界でも実はとても大切なことだったなと思います。

——この現代社会で丁寧に生きるって、本当に大変なことだと思います。
 そうなんですよ、これまで時間に追われて生きてきたので。結局、周りに急かされたり渦に巻かれたりする中で流されて生きてたんやなと今ならわかります。織りを通して自分と向き合い、せめぎ合いながら、少しは人間の幅が広がった感じはします。

——修了を迎えた今、晴れやかな表情されています。
 大満足です。やっぱりこの現代社会の中で生きていた時に、いろんなことがもつれたまま進んで、それがここでほぐれた感じがあります。それは手仕事、手を動かすところから来ているんじゃないかな。

——手を実際に動かしながら、自分もほぐしていけたんですね。
 ほぐしながら自分の好きなものがわかりました。やっぱり綺麗なものが好きやなって。何に綺麗だと思うか、綺麗だと思うものをどう表現するか、どうしたらうまくいくかをじっくり考えて形にしていくプロセスから、本来の自分を取り戻せて、今すごくほっこりしています。

——これから織りをどう続けていきたいですか。
 やっぱり綺麗な布を作りたいです。暖簾とかマットとか私なりの綺麗なものを暮らしの中に取り入れていきたいです。織りは私の人生のアクセント、というか衝撃となりました。もう夢を追うような歳じゃない。だけど去年より今年の方がいろんなことができるようになっているし、小さな可能性から人生を楽しむことはできる、また新しい喜びをつかんでいける、と今は思えます。

夏期休暇のお知らせ

誠に勝手ながら下記の期間におきまして夏期休暇とさせていただきます。

夏期休暇:8月9日(土)-8月17日(日)
夏期休業前出荷分の受付最終日:8月1日(金)
夏期休暇前最終出荷日:8月6日(水)

※在庫状況およびご入金状況により、最終出荷日までに商品が発送できない場合があります。

なお、期間中のご注文およびお問い合わせはメールでお願いいたします。
期間中にいただきましたご注文、及びお問い合わせにつきましては、休暇日明け以降に順次対応させていただきます。

ご迷惑をおかけいたしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。