タグ別アーカイブ: announce

スクールの窓から:北欧の織りを学ぶ「昔の人の知恵と工夫を感じて」

その世界観に憧れを抱く人も多い、北欧の織り。専門コース2年次の専攻科では、「北欧の織り」の4日間の実習が行われました。講師は「北欧手織りのアトリエ LAILA」を主宰している白記麻里さん。授業では、スウェーデンの伝統的なダマスク織りを学び、自らデザインを考えてプレースマットを2枚織りました。本場ではダマスク装置が付いている専用の機を使って織りますが、その織り機がなくても、スクールにある天秤機に“工夫”を施すことで、ダマスク織りができる。織りの技法に加えてその工夫を学べるのが、この授業の醍醐味です。

ダマスク織りは、表裏で配色が逆の同じ組織で構成。なめらかな曲線やリピート柄など、好きな箇所に自由にデザインをし、複雑な模様が織れるのが特徴です。現代では、経糸を上げる特殊なダマスク装置が付いた織り機が使われていますが、その昔は身近な道具を駆使して織っていたそう。この授業では、昔のやり方に倣った方法で織るのに、天秤機に穴の大きい綜絖を取り付けて、専用のスティックを使います。そうして「昔の人の知恵と工夫を感じていただきたいです」と白記先生は話します。

ポイントは、スティックで経糸をすくい上げる「ピックアップ」という技術。経糸の一部にスティックを垂直に通して、織る、また違う経糸にスティックを通し直して、織る。そうして、1本ないし2本以上の異なる大きさのスティックを駆使することで、織れる柄の幅がぐんと広がります。イニシャルなどの曲線や、複雑なパターンのサンプルを見ながら「こんな織り方ができるのか!」と学生が目を見張っていると、「夢が広がりますね」と白記先生は語ります。

織り機と道具、柄の出方の仕組みを理解しようと頭がいっぱいになっている学生たちに対し、「大丈夫、楽しいから」とにこやかに話す白記先生。学生たちは実際に織り始めると、スティックですくって織って、模様が出る面白さに気づいていき、それぞれに没頭。「もっと複雑な模様にしたい」と意欲が増していき、最終日を迎える頃には、晴れやかな顔でサンプル織りを仕上げていました。

技術を応用し、これまで学んできた織りの経験と結びつけて考えることができるようになった2年目の学生たち。以前に習った組織織りとの違いとして、ダマスク織りは「織っている途中で、模様を入れたい部分にポイントで入れられる」と気づき、また一つ、技の幅を広げることができました。学生の一人からは、こんな声も。「専攻科に進んでから、綟り織りにしても、今回のダマスク織りにしても、天秤機一台で、少しの工夫をすることで、いろんな織り方ができると知りました。織りは、まだまだ奥が深い!」

この授業のポイントである「工夫」は、白記先生ご自身が大切にしていること。スティックの他にも、ゴムや手鏡、透明シートなど身近にあるものを使った工夫のヒントが、授業のなかに散りばめられていました。不便と思ったときに、そこで工夫の余地があるかどうか、ちょっと考えてみる。自分が学んで「へぇ〜」と思ったことや、自ら改良したアイデアを惜しみなく分かち合ってくれた白記先生。「結論として、このピックアップの技術を考えた昔の人はすごい、ということですね。これからの創作活動で生かしてもらえたら嬉しいです」と伝えました。

◆白記先生にとって織りとは? 「戻ってくる場所」

アトリエを開くまでは、仕事をしながら織りを学び続けていました。別のことをやっていても、どこかで織りとつながっていたかったんですね。祖父が織物に関わる仕事をしていて、昔から身近にあったので。私にとって織りは、一時離れても、また戻ってくる場所。学びに来てくれる人の、織りの悩みを解決するのが、私の喜び。人生の節目で織りに救われてきたので、織りを通して人の役に立てたら嬉しいです。

〈白記麻里さんプロフィール〉

しらき・まり/高校時代にホームステイしたフィンランドで、織物に出会う。立命館大学文学部地理学科卒業後、北欧専門の旅行会社に勤務。2003年、川島テキスタイルスクール専門コース本科修了。たびたび北欧を訪れ、現地やアメリカ、東京などで北欧の伝統技法を学ぶ。2015年より、北欧手織りのアトリエLAILA を主宰。

website: 北欧手織りのアトリエLAILA

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編4「天然の場合は、全部間違いではないんやわ」

堀先生による専門コース本科の染色の授業も、いよいよ終盤へ。染色を幅広く学び、糸の扱いや染めの基本に慣れてきた頃合いで、今度は天然染色の実習に入りました。授業では、市販の植物染料と、スクール周辺に生えている草木を採ってきたものを使って染色し、それぞれサンプル作りを行いました。ウールや絹、綿の天然繊維の糸を、アルミや銅、鉄などの媒染剤を使って、様々な植物を染める。染めた糸のサンプルを、糸種、媒染剤、植物ごとに分けて一覧にすることで、色の表れ方の違いが一目で確認できます。こうして、サンプルをまとめることの重要性は、先に行われた化学染色の授業にも通じています。

実習を進める上で堀先生は、特に段取りを丁寧に説明します。「化学染色と違って天然の場合は、煮出し、下地処理、媒染、染色、放冷など工程が増える。うまいこと進めていかな、時間ばっかりが過ぎてしまうからな。煮出しの間に媒染や下地処理、染色の間に次の煮出し等、効率よく進めるには段取りが勝負やで」

◆出た色が染めた人の固有の色

天然染色で、堀先生が心がけていることの一つに、染料と媒染剤の配合があります。発色させて、色を落ちにくくする役割のある媒染剤は、植物染料のほとんど(一部の植物を除く)で必要なもの。「染料が少なくて媒染剤が多いと、糸が荒れる。逆に染料が多くて媒染剤が少ないと、色落ちの原因になる。糸が媒染剤をぜんぶ吸って、発色するのにちょうどいい配合にするのが大事やで」と堀先生は言い、長年の経験からベストだと思われる配合を教えます。媒染剤の薬剤を使うことで環境の心配をする声が時々聞かれますが、染めた後の残液に媒染剤を残さないためにも、ちょうどいい配合にするのだそう。残液を見て、糸が媒染剤を吸い切ったかどうかを判断できるようになるのは「経験値やな」と言います。

「天然染色の場合は、全部間違いではないんやわ。媒染剤を少な目にしたい人、色落ちが嫌な人、その人の考えが反映されるからな。媒染剤の量でも色が変わってくるから、あえて少な目にして自分の色を出したいという作家もいて、それはそれでいいと思うしな」と堀先生は穏やかに語ります。

化学染色との大きな違いは、色の再現性へのこだわり具合。「天然染色は十人十色。基本工程はあるけど染め方によって色が変えられるし、出た色が染めた人の固有の色」。データに基づいて、求める色を確実に出す化学染色とは、前提となる考え方が違います。

◆染色の広い視野が持てるように

先生いわく日本で化学染料が本格的に使われ始めたのは明治中頃で、それ以前は天然染料で染められていたということになります。「(スクール隣の敷地内にある)川島織物文化館の展示を見学する時は、そういう視点で展示を見るのも面白いですよ」と豆知識をはさみながら、気さくに話す授業風景もありました。

この実習を受けた学生からは、染めながら天然染色の「歴史を考えた」、「周りの木々や花を見ても、これは染められるのかという目線で見るようになった」、「季節によって植物が変わるし、同じ植物でも媒染剤によっても色が変わる。天然染色って面白い」といった感想が上がりました。

堀先生の染色の授業では、一連の実習を通して、染色そのものに対して広い視野が持てるように工夫されていることがわかります。化学の方が天然の方が、といった個別の良し悪しを述べるのではなく、染色全体のなかで「こういうやり方があるで」というふうに示して、幅を広げていく。そうしてどの実習でも、ごく自然に、風通しよく学べるように開いているのが印象的です。だからこそ今回も、学生たちの間で「もっと学びたい!」という意欲がかきたてられる実習となりました。

第5回「藍染め」へつづく

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編3「糸を乱さないように、短気は損気やで」

熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。第三回は専門コース本科の織実習と連動した、染めの実習です。堀先生は授業が始まると開口一番、「今日は一汗かくかもしれん。がんばってやろか」と皆に声をかけます。この日は、それぞれが約700グラムの綿糸の精練から染色までを行うからです。この糸は1200本の経糸として布を織るのに使います。大切なのは「糸を乱さないこと」と堀先生は言い、それは「よい染色以上に大事」なのだそうです。

◆糸が乱れるのは、むしろ染色の前後

糸の精練は、一人ずつ染パイプ棒に綛を通し、全員分を大きな容器に入れて行います。水分を含んでずっしりと重くなった糸。引き上げるのに西陣の染め職人の方も使っているという「手かぎ」という道具を使い、初めに先生が手本を見せてから学生が行います。「(手かぎを糸に)まっすぐ通して引き上げる」「(引き上げる時は)糸にあそびが出ないように。ちょっとでも引っかかったら止めてな」「重くて糸が上げられない時は、こうやって鯉のぼりみたいに泳がせてほしい」。先生は細やかな動作で糸を扱うコツを手取り足取り教えていきます。糸を乱さないための注意は、糸に対する心配り。上下に動かす時、「力入れて」「よいしょ」「いけるいける」「すごいで」と先生のかけ声にも気合が入ります。初めは恐る恐る取り組んでいた学生も、少しずつコツをつかんでいる様子でした。

「精練はこのペースでいいけど染色時はもっと早く。私が染色の仕事をやってた時の見本を見せます」と堀先生は腰を入れて体の安定感を保ち、全身で糸を繰ります。途端に場の空気が引き締まり、皆が目を丸くしてその機敏かつ正確な動作に引き込まれていました。堀先生は(株)川島織物セルコンで染色一筋42年、入社当時は「2人一組になって10〜20キロの糸を毎日染めて」おり、下働きの数年は「染色の基本動作を身につける」日々だったそう。だからこそ、糸の扱いの大切さを身をもって知っているのです。

「糸が乱れるのは染色中とは限らんで。むしろ染色の前後の工程が多い」と堀先生。染色前に糸を台に置く時、ねじってある糸をほどく時、糸を染パイプ棒に通す時、染色後の水洗や脱水時などがそうで、染色中も「熱湯が染パイプ棒の筒の中から流れへんように棒の向きに気をつけて」「糸が重いと絞るの大変やろ。こうして三つ折りにして絞るやり方もあるで」と都度アドバイス。糸の扱いに気をつけるよう終始目配りしていきます。

◆相手の求めるものを聞く耳

今回の実習は織り制作のためのもので、それぞれが好きな絵画を選び、その絵に使われている色を6色抜き出して長さ8メートルの縞の布を織る実習の一環です。学生は選んだ6色に近い色見本のデータを基に染めるのですが、色をぴったりに合わせるには勘染めが必要。先生とのやりとりから、その感覚を学んでいきます。先生は元の絵画を見て色のイメージをつかんだ上で、「どうしたい?」「見本は渋めやな。何色を足すと思う?」「ここで色止めした方がええと思うか?」と学生自身が何を求めているのかをヒアリングして、必要なものを即座にアドバイス。「知識だけですべてが上手くいくわけではないで。糸種によっても吸収力が違うから、糸の状態をその場で見ながらの判断がどうしても必要」。

堀先生を見ていると、常に「聞く」姿勢を持っていることに気づきます。相手が何を求めているのかを聞く耳は糸に対してもそうで、先生は糸が求めるものに耳を澄ませます。それは染色中に限りません。以前の実習でこんな光景がありました。学生の染めた糸が絡まっていると、「こうなった時は、腹立てたらあかん。よけいに糸がぐちゃぐちゃになるから」と堀先生は言い、直すのを手伝っていました。もつれの原因は染色中や水洗時の糸の動かし方。「一定方向に優しく動かせばこうはならへん。短気は損気やで」と穏やかな口調で話し、手元を見ると糸がスルッと素直にほどけた。「私のようなゴツゴツした手よりも、細い指の人の方が糸は扱いやすいな」と言いながらも黙々と直していました。扱う本人の意識がそのまま表れるのが糸。熟練の染色の専門家が糸の扱いという基本を大切にする姿は説得力があります。そんな先生の指導の下、学生たちは糸とのコミュニケーションを図っていきます。

第4回「天然染色」へつづく

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編2「『ぴったり』が勘染めの出発点」

熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。第二回は専門コース本科「勘染め」の実習です。学生に染色の魔術師と呼ばれることがある堀先生。それは糸をグリーン系に染めたかった学生が、誤ってピンク色に染めてしまったところ、先生が勘で染料を加えて一瞬にして本人が望む色に変えたというエピソードから来ています。「勘染め」の授業では、その勘で染料を加える技術の基礎を教えています。

◆  「勘染め」の出発点

「『勘染め』は私の造語。染色の最中に勘で染料を入れる染め方を、西陣の染め屋の職人さんは昔から『ほりこみ(放り込み)染色』と言っています。イメージしやすいように私の実習では勘染めと名付けました」という説明から授業はスタート。勘染めの基本は、黄・赤・青の3原色を使った色合わせ。データを使わず、染色中に少しずつ染料を足して出したい色に近づけていく。実習では、見本糸から好きな色を選んでウールの綛糸を染めていきます。

「色合わせは慣れると『そこそこ』できるようになる。でもな、そこそこでは上達しない。『ぴったり』合わせられるかどうかが勘染めの出発点。だから今日の授業では、そこそこでは止めません。ぴったりになるまで染めます」。そう冒頭で伝えた堀先生は、その言葉どおりに実習を展開していきました。

実習が始まると、初めは静かに全体の様子を見ていた堀先生ですが、学生が染色する糸の色味が出したい色に近づくにつれ、先生の動きが機敏になり、ここぞというタイミングで学生に声をかけ始めます。「そこそこ来てるね」。色見本と染色の糸を同じ向きに重ねて、学生と一緒に色を見比べます。そこで、すぐには答えを言わない。「どう思いますか?」とまずは本人に聞いて、考えさせる。続いて、こんなやりとりが繰り返されます。

 学生1「薄い」。先生「そうやな、このまま同じ割合で染料を足していって濃度を上げたらいい」

 学生2「緑色が要る」。先生「緑っぽくするには何を足す?」「……」「黄色やな」

 学生3「黄色が多い」。先生「黄味入れすぎたな。このウールは生地糸が黄色っぽいから、それも念頭に入れてな。この上から何入れたらいい?」「青」「赤はどう思う?」「赤も……」「そう、青と赤を入れよか」

◆ぴったりまであと一歩、その時に糸が呼ぶ

堀先生からの「どう思いますか?」という問いかけは、染色の糸が見本の色に近づくにつれ、糸目線で「何が欲しいと思う?」と言い回しが変わっていきます。学生にもすんなりと通じていて、そのままやりとりが続いていきます。「染めを何十年もやってると、染糸の方からどの色がほしいか呼んでいるような感覚になる。あと一歩で色がぴったり合うという時に呼ぶ。赤味が欲しい、黄味が欲しいって」と堀先生はそっと語ってくれました。

「そこそこ」から「ぴったり」に色を合わせる過程で、堀先生の集中力も高まっていきます。その穏やかな佇まいは全く変わらないのですが、瞬間の目線や、言葉がけのタイミング、手の動きなどに研ぎ澄まされた感覚がさりげなく表れている。学生が堀先生と色合わせのやりとりを重ねる経験は、糸に視点を置き、糸が何を求めているかに耳を澄ませる、そんな感覚を開くきっかけになっているようにも思えました。

染めの道60年超、82歳の現役講師の堀先生。「今は自分が染めるよりも、私が教えた人が、色合わせが上手になるのを見るのが好きやな」と、2020年のインタビューで語っていました。初めて勘染めに取り組んだ学生が「むずかしい」とつぶやくと、「勘を鍛えるのには、何色も染めて慣れるしかないわ」と。それが、長年積み重ねてこられた実感なのでしょう。だからこそ、重みをもって響く言葉です。と同時に、堀先生の糸に対する感性は、それだけではないような気がするのです。引き続き、「何か」を見つめていきます。

第3回「糸の扱い」へつづく

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編1「再現性のないデータなら無い方がマシ」

堀勝先生は、染めの道60年以上の熟練の専門家です。堀先生に、これまで(株)川島織物セルコンの染色部門で手がけた仕事や、定年後20年以上にわたり川島テキスタイルスクールの専任講師として教えてきた経験、80歳を越えた今の思いなどについてロングインタビューを行ったのは2020年のこと。掲載後、国内外にいる堀先生の教え子や染色に興味のある方々から広く反響がありました。堀先生には豊富な経験や確かな技術はもちろんのこと、その教える姿には「大切な何か」があると感じます。それは本人の口から饒舌に語られるものではなく、普段の姿からにじむもの。今シリーズでは専門コースの堀先生の染色実習を取材し、その何かを見つめていきます。初回は染色データ作成の授業です。

◆なぜ染色データ見本なのか?

「データ見本を持つ必要性」を常々伝えている堀先生。根本にあるのは「せっかく学びに来てくれたんやから、家で一人でも染められる技術を身につけて、染色を続けてほしい」という思い。「染料の単色見本は染料店で手に入りますが、配合色の見本はありません。売っていない色を自分で作れるようになると染色の幅が広がります。それにデータが手元にあることで、自分で染色してみようという気にもなります。その気持ちを芽生えさせることが大事」と考えて、データ見本作成の授業を行ってきました。

本科(1年次)の染色の授業では、基本染法を学ぶと共にデータ見本を作ります。発色に限度がある天然染色に対して、出したい色を作れるのが化学染色。授業では天然と化学それぞれの染色方法の特性について、データ作成の実習を通して学びます。初めに行うのは化学染色データ作成。ウール、絹、綿、ポリエステルの糸を使って、それぞれ糸種に合った化学染料で染めて100色以上のサンプルを作成。さらに淡色から中間色、濃色、極濃色に染めてグラデーションデータの作り方も学びます。

堀先生は「作業自体、慣れると自分でできるようになる。ただ手順の中で間違えたらあかんところは特に気にかけて見ています」と言います。中でも、染料を配合して色合わせする化学染色は、数値の確認が肝。淡色の場合、染料の分量が市販のデジタル計量器の最小単位以下になることがあります。そこで、例えば0.001の単位を計る時は、熱湯で溶かして千倍に薄めた溶液にする。常に慎重さと正確さを求めるのは、計量時も配合時も同じ。はかり台にスプーンで染料を落とす時の細やかな指使い、メスシリンダーとスポイトの使いこなし方など、「こうやるんやで」とその場でやって見せながら道具を扱うコツも教えていきます。「再現性のないデータなら無い方がマシ。そうならないためには正確に計ることに尽きます」

◆はじまりは20年前、お手製カラーパレットから

現在、スクールには糸種毎に約150色のデータサンプルが揃っています(2021年6月時点)。新色も増えており、それは失敗から生まれる場合もあるそうです。「染料の計量で、桁を一つ間違えると全く違った色になる。ただ間違いの箇所をはっきりと確認できれば、その色は新色としてサンプル仲間に入れています」。計量は正確に、一方で「染色に失敗はつきもの」とそれを生かす道筋をつけるのも「楽しく染色に取り組んでほしいからな」と語る堀先生の工夫なのかもしれません。

堀先生は、スクールで教えるようになった当初に作ったというカラーパレットをそっと見せてくれました。染色データ見本を一から作るのにあたり「色数を100色は揃えたい」と考え、「まずはこのカラーパレットを作って色調とトーン毎に一つの表にまとめ、一色ずつテスト染めをし、データを作っていったんや」と。(株)川島織物セルコンの染色部門で42年勤め上げ、定年後60歳でスクールに配属された堀先生。現場で自分が染める立場から教える立場に変わって何を伝えるか、スクールに何が必要かを長い目で考えて、まずは染色データ見本を整備し、今日のスクールの染色の基盤を築いてきました。そのはじまりとなったお手製カラーパレットは、約20年経った今も色褪せることなく堀先生の手元で大事に保管されています。

化学染色データ作成の4回の授業を終え、堀先生は「作ったデータを有効に使ってほしいな。糸染めだけでなく、身近な布を染めるのにも応用できるしな」と一言。どう活用していくかは、学生一人ひとりの意思に委ねられます。

第2回「勘染め」へつづく

在校生の声2(2021年度・専門コース本科) 「『見る』から『つくる』へ、舵を切る」近藤雪斗

この春から専門コース本科で学んでいる学生のなかには、昨年からの大きな変化で立ち止まり、自分を見つめ直した先で川島テキスタイルスクールに来ている人がいます。本科生の一人、近藤雪斗さんは大学で美術史を学んできましたが、「やっぱり、ものづくりがしたい」という気持ちが募り、2021年4月に入学しました。ものを「見る」から「つくる」へ、自分が本当にやりたい方向に舵を切った近藤さんの、この半年の実感について、ご本人の言葉でお届けします。

組織織りの授業。「もともと文様に興味があって、組織織りの授業を楽しみにしていました。どうやって作るのか不思議に思っていた布が、緻密な準備で出来上がることを知りました。仕組みを理解すれば、柄のバリエーションがいろいろできると実感がわきました。」

大学で専攻した美術史では、見る、考える、考察するというふうに、ものに接しながら見る目を養うという学び方をしてきました。文化財にも多く触れ、なかでも伝統的な布、特に文様に目がいき、織りに興味を持つようになりました。

僕はずっと、ものづくりをしたいという気持ちがあったんです。実際に、ものづくりの世界に入り込んで自分でつくる方が、性に合うのだろうなと思って。ペルシャ絨毯のお店に行った時に、この学校のことを教えてもらったのがきっかけで見学に行きました。学校でいろんな機や作品を見て、ここだ!と直感。この学校は、海外とのつながりが深いのも魅力でした。

これまで、美術史から織物を見ていた時は、糸繰りや染色も織りにつながっているところまでは正直、想像できていなかったです。スクールに入学して、スピニングの授業で、羊毛を広げて洗って紡ぐ実習ができたことで、ウールはそこから来ているのか!と初めて実感が持てました。天然染色も、知識を得るだけではなく、実際にやってみないとわからないという感覚がわかりました。この半年、様々な実習を通して、ひたすら織ってきた感じがしますが、それも僕がずっとやりたかったこと。織りと一口に言っても、組織と絣でも全く違うし、模様の出し方のバリエーションを実際に織りながら学んでいます。制限があるなかでデザインしていくのは面白いです。

「見る」と「つくる」の違いも大きくて、これまで見ている分には大胆な作品に魅かれていたんですが、自分でつくると細部まで神経を使って規則性のあるものになるんです。色合いも、これは「近藤さんっぽい色だね」と周りの人から言われたりして、作品をつくることで自分らしさを知っていっています。

僕は職人の仕事に魅かれていて、今この学校ですごく自分に向いていることができています。大学を離れるときは、勇気もいりましたし、大丈夫かなと思いましたけど、それ以上に、やりたいことをやろうという気持ちの方が大きかったです。自分が思い描くことを、自分の手で「形にする」。それが、今やりたいこと。これから個人制作に取りかかるのが楽しみですし、この先も、やりたいことを続けていきたい。初めの直感に頼って正解だったなと、今は思っています。

在校生の声1(2021年度・専門コース本科)「過程の面白さに気づいて」德本治子

2021年4月に専門コース本科に入学した学生たちは、織りに向き合って半年が経ちました。それぞれに、織りを通して、自分の中にある何かが少しずつ変わり始めているようです。コロナ下で留学の一時中断を余儀なくされ、帰国中に川島テキスタイルスクールに出会って、新たな一歩を踏み出した德本治子さん。この半年の気づきや変化について、ご本人の言葉でお届けします。

テキスタイルにはずっと興味があったのですが、進学した美術大学では別の学科を選びました。それでも織りがずっと気になって、卒業後、海外で織りを学ぼうと、まずは英語力を身につけるのにイギリスに留学していました。コロナの影響で帰国し、身動きが取れない状況が一年も続くうちに、どんどん心がしんどくなってしまって。そんな最中にスクールのワークショップに参加。手を動かして学ぶのがすごく面白くて、前に進んでみようと入学を決めました。

ここは自然が豊かで、織り機がたくさんあって環境も整っていて集中できる。もしかして、私は手を動かすのが向いているのかなって思い始めています。

織りを学び始めた頃は、出来上がった時が一番楽しいと思っていました。そのうち、織りは準備からが一連の流れ、と視野が広がっていくにつれて、過程そのものが面白いと思うようになりました。織物には設計が必要で、ゴールが見えているからかな。失敗もそのまま表れるので、次はこうしようと段階を踏んでいける手応えもあります。

クラスメイトとも、よく話をします。みんな、コロナ下で立ち止まって、それぞれの節目でこの学校に来たんだなと知りました。この学校では糸の成り立ちから学べるので、ものを作るって何だ?っていうことを、手で触った実感から考えていける。これって私だけの感覚なのかなとか、クラスメイトと気づいたことを口に出し合って、お互いの考えを知っていけるので、私は以前よりもおしゃべりになったなって(笑)。

将来のことは、コロナで状況が変わってきているので本当にわからない。それでも、今は不安ではないです。一つ決めているのは、ずっと織っていきたいということ。今学んでいる技術は、自分の中に積み重なっていて、これからも自分の中にある。だから、ちゃんと作って、人と関わっていればどうにかなるって、今は前向きに思っています。手を動かして、ものを作ることが、いかに自分の支えになるかを、この半年で実感しています。