スクールの窓から:「観察する目を養うのが授業の肝」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による、専門コース本科「ニードルワーク」の授業2回目は、インド西部ラバーリーの人々が作った刺繍布を更に見ていき、背景にある文化を知り、刺繍技術を学びました。女性の上衣や、子どもの結婚儀礼服、乳児の敷布団、祭礼用の男性の上衣、婚資の持参財袋などに施された多彩な文様。それらがどんな技法で、どのようにつくられているか、自分で刺繍するために見る目を鍛えた時間でした。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

◆作る人を想像できる布は面白い

「これは子どもの結婚儀礼服です」。上羽先生がそう言いながら、色鮮やかな小さな上着を見せると、学生からは「えっ!?」と驚きの声が上がります。先生が長年フィールドワークをしているラバーリー社会では、幼児婚の慣習があるそうです。そうして自分たちの当たり前が覆されていくのは、民族学・文化人類学の観点から学ぶ上羽先生の授業ならでは。

男性の上衣の特徴で「こんなに袖が長いのはどうしてだろう?」と先生からの問いかけに、思いつくことを口に出していく学生たち。「虫?」「虫はヒントです。彼らは放牧していて外で寝ます。それとどう関係している?」「袖から入ってこないように?」「正解! 袖をたくして腕にぴったりと沿わせば、虫も砂も服の中に入ってこないから」。続いて「なんで(身頃に)紐がたくさんついているのかな?」「家族の数?」「発想が柔軟! 牧畜で移動生活なので手ぶらで動けるように、紐にナイフなどをぶら下げます」とやりとりをしながら、服を機能面からも紹介します。

婚資の持参財袋では、刺繍が省略されている部分も。「想像するに、これを作った人はあまり刺繍が得意じゃないのかもしれない」と上羽先生は言います。「ラバーリーの人も全員、刺繍が得意なわけではないので。作る人を想像できる布は面白いですね」。

◆  「なぜ?」は難しい

そして授業では、面を表す刺繍技法の一つである「バワリヤ」と、鏡片を縫い付ける「ミラー刺繍」の三角形や菱形を縫う練習をしました。上羽先生は、ラバーリーが無文字社会であり、口語のみで読み書きを行わないと紹介。人々は針の動きを目で追い、すべて記憶していくのだそうです。ミラー刺繍の練習では「ラバーリーと一緒、覚えてね」「角をひっかけて留めていく、理屈がわかれば大丈夫」と声をかけます。「そもそも、なぜ鏡を縫い付けるのか?」と学生から質問が上がると、ラバーリー社会における邪視よけの説明がありました。

邪視は、眼差しや視線に宿る力が災いをもたらすという信仰で、嫉妬や妬みから身を守り邪視を跳ね返すのに鏡を付ける、と。一方、日常の中で自分の力ではどうしようもない出来事が起きた時に、自らを責めずに邪視を原因と見なすことによって状況を収めようとする場面もあるそうです。上羽先生は言います。「『なぜ?』は文化人類学の問いとしてはすごく難しいです。そこには歴史や文化、慣習などが複雑に絡み合っているので。難しいけれど、どのようにしてこうなったのか、たぶんこうじゃないかなと考えながら研究しています」。

◆  ぐっとくる文様を見つけて模写する

授業の後半は、様々な文様を見ていきました。刺繍布サンプルの中から好きな部分を模写して刺繍する、という課題に取り組むためです。「ちょっと大変でも、自分がぐっとくる文様があると思うんです。面白いとか楽しそうとか、やってみたいと思うものに挑戦してもらえたらと思います」と上羽先生は学生に伝えます。

ラバーリーの刺繍文様は、花や草木、クジャク、オウム、ラクダなど身近な植物や動物などを抽象化して表現しているのが特徴。ですが文様と実際のイメージがすぐに結びつかずに、学生たちはきょとんとした顔に。そして先生の説明を聞きながら目でなぞります。文様の意味について、「例えばサソリは、ラバーリーにとっては愛の象徴。小さいのに象を一撃で倒せるような力があるから。それが人を守れる、人を愛せるという意味につながります」といった解説も。また文様の名前には、意味がないものもあるそうです。「現代人のサガとして、つい名前に意味付けしたくなるけれど、実は意味がなくて単に記号として付けられるものもあります」。

次に、返し縫いや、渡し縫い、縫い付けなど具体的な技法を解析します。拡大鏡を使ってつぶさに観察し、目を糸に近づけていく。「ここで見た状態を記憶して、次にこっちを見て。似た模様がないか、角度を変えて見たらどうなるか、観察してみて」。そうして段々と細部に気づけるようになり、学生たちは面白くなってきた様子。「難しい技法がたくさんあるわけではなく、限られた技法を組み合わせてバリエーションを出している。それが刺繍の面白いところですね」と先生も楽しそうに語ります。

「まずはやってみようかな」と言って針と糸を手に取る学生に、「いいね!」と返す先生。「完成させるというより5針でも10針でも、なるべく同じ形でつくってみて」。つくることで頭と手の動きがつながり、教室内はワクワクした空気に包まれました。

そして模写へ。縫い始めはどこか、どう糸を渡しているか、糸は何本取りか、密度はどのくらいかなど、実物大のサイズを確認しながらペンを走らせます。「皆さんは手を動かして刺繍の技法を習い、かつ自分でやる段階にいるので、見方が深くなっています。観察する目を養うのが、この授業の肝。織りにも通じますね」。

刺繍布を通して、見える世界が豊かに広がりながら、次は最終回へ進みます。

3へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。