本科

スクールの窓から:「日本の産地の仕事にはヒントがたくさん」大高亨先生の講義2

大高亨先生による「日本の特色ある織物」授業リポートの後半です。2回目の講義では、数ある産地のなかでも昨今、注目されている東北を中心に、地域性や土地柄、気候、風土などをふまえて特色を紹介。一枚の織物から、その奥行きを見る手かがりが示された講義でした。

◆自給自足で得られるもので暖かく
福島の織物でとりわけ特徴的なのが「川俣シルク」。髪の毛の1/6の細さの糸をレピア織機で織る、世界一薄い絹織物「妖精の羽」が紹介され、先生は特色をこう話します。「細い糸を均一に引くには、繭自体も品質がよくないといけない。それを養蚕から一貫してできる場所は、世界でもなかなかないと思うんです」。力織機で織る点にも着目し、「超極細の絹糸を、一日に何十メートルと織れる機械にかけるというエンジニア魂を感じます。手織りだと融通がききますが、高速の機械できれいに織るには機械自体も細やかな操作や管理が要るので」と。そんな説明を聞くうちに、日本の伝統織物の強みを見る目が開いていくようです。

かなり珍しい織物として、ぜんまいの綿毛と白鳥の羽を撚り合わせて織る「ぜんまい白鳥織」(秋田県)も紹介されました。「東北の地では綿は育たない、岩手は別として羊毛もない。あるのは麻系で着る物としては寒い。自給自足で得られるもので暖かくするのに草木や、沼で白鳥が残していった羽を拾い集めて織物にしている」と背景を説明します。他にも盛岡のホームスパンや、青森の南部裂織、津軽こぎん、アイヌのアットゥシ織など、多様な内容が紹介されました。

◆アーカイブ化されて資料が残っていけば
そうして日本の特色ある織物を横断的に見ていき、講義は最終回へ。先生が「平成の百工比照」のコレクションの一部と私物を持ってこられ、実際にものを見ていきました。実物を目にし、より興味が刺激された学生たちは皆、前のめりに。一枚一枚、目を近づけて見て、触った感想を言い合い、「用途は?」「(繊維にする皮を)はぐ時期は?」など質問が飛び交います。赤穂段通では裏表返しながら、端の処理がどうなっているかを自分たちで読み解こうとする場面も。授業全体を通して、学生からは機械の仕組みや、どう織られているかといった、つくる目からの質問が多く上がりました。

授業の最後に、大高先生は産地の現状についてこう話しました。「僕は日本の産地をまわって20年ほどになりますが、訪れた後に廃業になった所も増えています。ただ、『平成の百工比照』のようにアーカイブ化されて資料が残っていけば、後々復元できなくもない。一度なくなったものを復元し、制作し始めている産地も実際にあります」

学生に向けては、「日本の産地には、まだまだ面白い染織品があります。紹介した分だけでも様々な技法や意匠があるし、機械や道具に工夫があるのも特色。産地の仕事にはヒントがたくさん潜んでいます。そこから自分のオリジナル作品に生かすこともできるので、ぜひ興味を持って」と伝えました。

〈大高亨さんプロフィール〉
おおたか・とおる/染織を専門領域に、大学教員、作家、デザイナー、プロデューサーとして活動している。近年は東北の布の調査、研究も行っている。また様々な企業、組合等のアドバイザー、教育機関、研究機関での講演なども行っている。

instagram: tontakatea
website: Tohru Otaka
「平成の百工比照コレクション」データベース

制作の先に:「場所」へのフィット感 綴織タペストリー「こえ」が(株)川島織物セルコン本社内に登場

学生が制作した綴織タペストリー「こえ」が、このほど(株)川島織物セルコン本社内に展示されました。初日には山口進会長、川島織物文化館(以下、文化館)の館長やスタッフ、制作した学生などが集い、作品を囲んで言葉を交わしました。その様子をリポートします。

スクールでは毎年、専門コース一年目の集大成として、綴織タペストリーのグループ制作を行っています。「場所」に合わせてテーマを決めるのが課題の肝で、2021年度制作分の展示場所の一つが、本社内の文化館から本館に入る休憩スペース。デザインを考案した近藤雪斗さんは、「こえ」のテーマについて「ここを『展示と人』から『人と人』の関係に戻る場所と捉えました。静けさから賑わいへと場面が切り替わるのに、こえがキーワードになると考えました」と紹介。

「こえの色 こえの光 こえの導」というコンセプトについては、「文化館での鑑賞は知らなかったことを学べる非日常のインプット。会話が始まるこの場所を、鑑賞の学びを生かす最初の場だと認識し、新しく進んでいくイメージと、人のこえで夜が明けて、人と人の世界に戻っていく朝のようなイメージを重ねてつくりました」と説明しました。

会長は「私はいろんな建築家と話をする機会が多いのですが、この場をどう考えるか、人がどうふるまい、どんな関係性を持つかというような考えをまとめながら設計すると皆さんおっしゃいます。建築に近い考え方だと思いました」とコメント。正面からじっと作品を見つめ、こんな質問も。「建築家は最後まで迷っている。完成してからも、まだ迷っている人も結構多いのは面白いと思っているんです。作品としては完成しましたが、まだ迷っていることはありませんか?」近藤さんが「この壁にはこのサイズでしたが、欲を言えば、さらに大きいものをつくってみたいです」と答えると、会長は「今朝の第一感で、この場所へのフィット感はあると思いました」と全体を眺めて話しました。

文化館の辻本憲志さんは、「(見学案内をする時)文化館では、芸術や文化活動の面から説明しますが、会場を出てこの空間に来ると一転、経済活動を表に出す場面になります。続けて案内するのに、このタペストリーの場面の切り替えを説明することによって、私もスムーズに行えます。着眼点が面白い」と語りました。

近藤さんは「今日はそれぞれの経験からの見方をふまえて感想をいただきました。これから、初めて見る人がどう見てくれるのかが楽しみです」と笑顔を見せました。文化館の見学や、(株)川島織物セルコン本社にお越しになる際は、ぜひご覧ください。

*ご参考
旅するタペストリー(「第5回学生選抜展」出品)
同年(2021年度)のグループ制作
綴織の授業紹介
グループ制作のプロセス紹介

制作の先に:建築と織物が響き合う 綴織タペストリー「おかえり」が寮の玄関に登場

学生が制作した綴織タペストリーが、このほどスクールの寮の玄関に飾られました。これは昨年(2021)度の専門コース本科(1年)のグループ制作のうちの一作で、玄関を利用する人からは「空間が明るくなった」と好評です。

グループ制作では、場所に合わせてテーマを決め、デザインを考えて原画を描き、約7カ月かけてタペストリーに仕上げます。本作「おかえり」は寮の玄関に展示するのに、学生自身が普段建物を使っている実感をもとに「そこに窓があったらいいな」と思いついたところから始まりました。そこで校舎内の窓を見て回り、アトリエにあるアーチ型の窓枠の仕切り方のユニークさから、変形を散りばめたデザインを着想。光のニュアンスに力を入れたのは、普段スクールで仲間と話すことで心が晴れたから。互いの明るさや癒しの色の感覚を共有し、杢糸で色のバリエーションを広げ、綴の技法を駆使して光の屈折や反射なども繊細に表現しています。

じつはスクールの建物は、建築物としても貴重なものです。設計は校舎も寮も内井昭蔵氏。内井氏は創立の趣旨を汲み、土地の状況を考慮しながら、この学校にふさわしい建物を設計するべく工夫を凝らし、校舎と寮が一体につながるこの建築物で第16回BCS賞(1975年、建築業協会による)を受賞。アトリエは、一枚の布を織ることを通して、人とものとの関わり合いの原点を探るという視点で考案された背景があります。

このタペストリーは「どんな時も私たちをあたたかい光で迎えてくれる。自然と元気が出て、あなたと話したくなる」がコンセプトの、学生の等身大の思いが込められた作品。

この作品が寮の玄関に登場したことは、スクール創立から約50年の年月を超えてなお、建物と織物が響き合っている証とも言えるでしょう。スクールに来られたら、建築空間ごとタペストリーをご鑑賞ください。

*本作品は、日本新工芸家連盟主催特別企画「第5回学生選抜展」に出品されました。

スクールの窓から:羊と人間の共同作業「羊毛がどう糸になりたいかに沿う姿勢で」ホームスパン2

専門コース本科「ホームスパン」授業リポートの後半です。繊維から糸、布、マフラーへと形を変えていくプロセス。そんな初めてのホームスパンを通して、学生たちは様々な気づきがありました。

◆ ホームスパンは体をバランスよく使うの
紡ぐ段階に入ると、「つくるものを意識して、糸を紡いでほしい」と最初に先生から一言。マフラーにするにはどんな糸がいいのかを想像し、「やわらかさのある糸をつくる」というように、まずはイメージをつないでいきます。

ハンドカーダーで毛をほぐして繊維を引き出しやすくし、糸車を使って繊維を撚って糸をつくる。けれどもなかなか同じ太さになってくれない糸の扱いに学生が困っていると、先生はこう伝えます。「人間のやることは機械じゃないから、ずっと同じようには紡げない。それでいい。それより気持ちを落ち着けて糸と向き合って。ゆっくり羊の毛のことを考えられるようになると、どんな糸をつくりたいかが自然と浮かぶから」

やがて空間に静けさが漂い、糸車が回る音、ペダルが一定のリズムを刻む音が心地よく響きます。集中力が高まっていくなかで先生は話します。4月のスピニングの時と比べて、「落ち着いて糸ができています。自分でもそう思いませんか?」

学生からはこんな感想が。「先生に、『羊毛がどうなりたいかに沿って紡ぐ』って言われた時、そういう気持ちでやるのかと初めて気づきました。私がやりたい方に繊維を引っ張るとうまくいきませんでしたが、やっていくうちに素直に糸になってくれたと感じた瞬間もありました」

出来上がった糸は蒸して撚り止めし、綛あげ、整経、機がけ、と織るための準備を進めます。「ホームスパンは工程が多い分、体のいろんな所をバランスよく使うの」と先生はにっこり。そうして学生は全身を使って、ものをつくるプロセスを経験していき、全員が無事に織り上げ、マフラーを仕上げることができました。

◆ 素材が教えてくれる
制作を終えて、一人の学生は「欲張らないのが大事」と気づいたと言います。「糸を紡ぐ時、欲を出さないで少しずつ誘導していくと確実に糸になってくれる感触がありました。途中でうまくいかなくても、羊と人間は違う生き物、個体差だってあるし、同じ人間でもわかりあえない時があるし仕方ないねという気持ちでいた方が、全体的に心穏やかに作業ができると感じました」。そんな、羊と人間の共同作業のように感じたそうです。

縮絨では風合いの変化を、直に感じ取れたのも大きかったようです。「(織り目が詰まり、柔らかい感触に変わった)タイミングがいきなり来てびっくりしました。縮む変化の速さが手に伝わってきて、今が引き揚げるタイミングだってわかりました」という感想も。そんなふうに、学びは先生からだけではなく、素材が教えてくれると知った実習でもありました。

中嶋講師は最後にこう話しました。「ホームスパンというと、糸を紡いで織った布としか紹介されないことが多いけれど、まずは『どういう布をつくりたいか』を見据え、いいものをつくるために必要な条件は何かを考えて糸づくりを始めるのが大切。この授業を機に学生が、糸紡ぎから素材に関心を持って制作することで、織物に対してより積極的な関わりができると思うんです」

講師としてだけではなく作家として、40年以上ホームスパン一筋で取り組んできた中嶋講師には、こんな思いもあります。「今は何でも出来上がったものが用意されている時代。ものがどうやってできているか知っておくのは大事だと思う。ホームスパンを特別なものにするのではなく、日常のつながりからあるものと思えるようになれば」

今回のホームスパンの実習を通して、ものづくりの深みを感じたのをきっかけに、来春の修了展に向けて、紡いだ糸を使った制作に取り組む学生もいます。

一人ひとりが手応えとともに、秋から冬を迎えます。

スクールの窓から:「羊毛から糸を紡ぎ、マフラーをつくる達成感」ホームスパン1

専門コース本科では、10月に「ホームスパン」の授業が行われました。学生たちは4月に「スピニング」で羊毛の糸づくりを学び、その後、デザインや織りのスキルを身につけてきました。今回のホームスパンでは、格子柄のマフラーをつくるのに自分でデザインを考え、羊毛を染め、糸を紡ぎ、織り、縮絨して使える状態に仕上げるまでを12日間で行いました。糸紡ぎからのものづくりは長い道のりになりますが、スクールで40年以上、ホームスパン一筋で教えてきた中嶋講師の指導のもとで一つひとつ工程を踏み、全員がマフラーを完成することができました。「すごく達成感があった」「これまでの織りとはまた違った世界を感じた」と学びの幅が広がった授業のリポートを2回に分けて紹介します。

◆ 服は使って育ててあげるのが大事
「ホームスパンの生地を見たことがありますか?」
そんな問いかけから始まった授業。首を横に振る学生たち。そもそもホームスパンの生地自体を見る機会が少ないのが今の時代。それはなぜなのかを踏まえて担当の中嶋講師は、まず世界のホームスパン発祥から、生活文化としての浸透、明治期に日本に来てからの需要の高まりや、民芸運動による広がり、戦争の影響、安くて手軽な既製服の普及で衰退していった流れを説明し、一大産地である岩手県の現在の取り組みを紹介。

そして、先生自身が紡いだ糸で織った服地や、それをジャケットやスカートに仕立てて愛用している実物を学生に見せます。学生たちは手触りを確かめ、見た目はしっかりしているのに「軽い」「柔らかい」「暖かい」と顔をほころばせ、先生は「ブラシで手入れしながら、生地の顔が変わっていく。服は使って育ててあげるのが大事」と話します。そんなふうにホームスパンを身近に手繰り寄せ、イメージをつかんでから実習へと進みます。

◆フエルト化させないように染める
ホームスパンは原毛を洗うところから縮絨して仕上げるまで、多くの工程があり、一つひとつが後に影響を及ぼします。染色も糸染めではなく、今回は毛を染めるので要領が違ってきます。とくに羊毛の染色では「フエルト化させない」のが大事。繊維同士が絡んで、毛が縮んだり硬くなったりすると、糸をつくるのが大変になるからです。そのため染色中は原毛にできるだけ触れないようにし、また急に冷まさないように注意が必要。毛をほぐすのも「丁寧に」「繊維の流れ方やくっつき方を見て」「一本一本の繊維が離れるように」と中嶋先生は声をかけ、学生たちは黙々と羊毛と向き合います。

2へつづく

「組み合わせでうまくいく、パズルの瞬間」尾州研修より 本科・岩本瑞希

出発までに思っていたこと

 前日までに行き先の情報やどんなものがあるのかの動画などを探して見ていたものの、明確なイメージが湧かず、いまいちわからないまま出発したので不安だった。行ってみて、実際に素材に触れたり、音や振動を感じることで面白さや大変さが見えた気がする。

テキスタイルマテリアルセンター


 常時10万点以上のテキスタイルサンプルがあるというのはどんな感じなのか?が数が多すぎるのもあってピンと来なかったが、実際には12万点以上と聞いて2万点も増えていることに白目を剥きそうになった。テキスタイルサンプルが豊富すぎて、素材図書館と言っていたけれどすでに宝箱のような場所で、最低でも1年くらい入り浸らないと一瞬ずつでも全部を見られる気がしないので、機会を見つけてまた訪れたいと思う。

 岩田社長が見せてくださった織たちは、手作業が入るからこそ生み出せるものがほとんどで、本当に幅が広くて、わざと防染の糊を少しひび割れさせるだとか、飛ばした糸を切って、さらに布に打ち込むだとか、それだけで表情が全く変わっているのが面白かった。大量生産ではできない(できなくはないがコストがかかりすぎて難しい)ような手間をかけられること、どんなに空想でしかないようなものを描いても、現実に持って来られるかもしれないという希望があるのが大きな特徴・強みであるように感じた。しかし工程を聞くと、堅実に現実的な事柄を積み重ねた結果、魔法が出来上がった!というような印象を持った。
 こんな感じの生地を作りたい!から、理想に近いサンプルを探ることから始めて、理想のサンプルに出会ったとして似たものでも同じものでもなく、工夫の積み重ねで別の理想を作り出すのは、聞くのはなるほどと思えても実際にやってみるとものすごく大変だろうなと想像した。
 設計をわたしたちはまだやっていないけれど、かなり頭を使うし、相当な根気が必要なんだなと恐ろしくなった。
 失敗と思われた生地や、デザイナーにとっては印象がそれほど良くなかった生地を使った商品が高評価を受けた話は、自分からは自分のことがわからないのと似ている気がするなと思った。

葛利毛織工業

 ションヘル織機が実際に動いているのをその場で見て、音の大きさと振動が思っていたよりずっと大きくて、そこだけ見ると完全に機械生産というか、工業だ!と思った。それでも綜絖通しと筬通しは手作業で、手作業と機械が仕事を分けて共存している感じなのがすごく良いなと思った。自分は綜絖通しと筬通しが作業の中でだいぶ苦手なので、10000本以上での24枚綜絖、細い糸を8本ごとに細かい筬に通して……と考えると震えてしまうが、速い人は半日で6000本を通すと聞いて、きっと同じ人間のはずなのにと驚いた。
 綜絖が動いて、ションヘル織機のシャトルがヒュンと飛んで、打ち込んで、綜絖が動いて……のカシャンガシャンという音が古い餅つき機の音と似ていて、なんだか懐かしい気持ちになった。
 伺ったお話で「いつまで続けるかを具体的に決めたら、それを後押しするように続くための外側の材料が揃い出した」「どん詰まりに行きあたっても足元に突破口はある場合が多いし、ない場合には作れば良い」というふたつの話が印象的だった。そして、そう言えるための材料はそれまでに自分が積み重ねた努力なんじゃないかと思った。自分がいつか同じような境地に立てるのならば、どう動いたら良いのかを事あるごとに考えられるようになりたい。

木玉毛織

 ガラ紡を実際に見て、雨が降っているみたいだと思った。実際には上に向かって伸びるので雨とは逆だけれど、まっすぐに伸びる若干不規則な糸たちと筒が回転して、上がって落ちるガラガラの音とが相まって絵本の中で降る雨のようだなと。
 ガラ紡で紡がれた単糸そのままだと引張強度が弱いが細い糸と撚るカベ糸か双糸にすることで強度が上がって使いやすくなるという説明を聞き、自分の思っていることもそれだけではうまくいかなくても、何かと組み合わせることでうまくいく、上手なパズルになる瞬間もいつかあるのだろうなと思った。

 新見本工場も見せていただいて、生産から消費者の手元に届くまでをその地域で行なっているのはとても素敵なことだなと思った。すぐそこで誇り高く仕事をしている人がいて、その誇りと熱量を直に感じられる場所で手にできた品物は一生大事に使うだろうし、オンラインでは味わえない良さがあるなと感じた。

全体を通して思ったこと・感じたこと

 尾州では分業制で仕事が行われているということで、お互いにきちんとやりたいことを明確に示して擦り合わせた上で、それぞれ特化した仕事を堅実に行うことを積み重ねることによって、高いクオリティのものが生み出されるのかなと思った。
 マテリアルセンターで岩田社長が仰っていた「本当に欲しいもの(布)があるときは技術的に難しいからと諦めず、職人に聞いたり、ここを訪れて相談してみたりしてほしい」という言葉に職人と言われる人の誇りを感じた。職人と呼ばれる人たちは普段、表に出てくることはないけれどその人たちがいなければ根本から崩れてしまう大事な人たちなので、尊敬している。尾州はそんな職人が集って仕事をして、活気があってすごく良いところだなあと思った。

テキスタイルマテリアルセンター
株式会社イワゼン
葛利毛織工業株式会社
木玉毛織株式会社
大鹿株式会社 新見本工場

「効率より高品質で、丁寧につくる信念を」尾州研修より 本科・日岡聡美

 最初はテキスタイルマテリアルセンターに伺った。ここは東京・上海・ミラノのテキスタイル展示会で展示されたテキスタイルサンプルが集まってくる資料館で、多くの異なる素材・デザインのテキスタイルがハンガーにかかっている光景は圧巻だった。資料館を見る前に、イワゼン株式会社の岩田社長にレクチャーをしていただいた。

 主にジャカード織の生地を作っておられるというイワゼン株式会社さん。多くの若手ファッションデザイナーの依頼を受け、そのデザイナーの表現したいものが作れるようなテキスタイルを作っているという。織機はションヘル織機というもので、これは織るスピードは遅いが太さの違う糸やテンションが違うものも織れるらしい。個人的に色々な素材を使ってみたいと感じている為、とても興味が沸いた。過去に制作したサンプルも見せていただき、緯糸を長めに残して切ってフリンジのようにしたものなど面白い加工方法のものをたくさん見せていただいた。加工方法の大変さや染色法の名の由来など、現場の裏話も聞く事ができ楽しかった。

フリンジを長めに残した生地

 サンプルを見ながら、数々の斬新な手法で独特な表現を生み出した話をしていただいた。部分的に縮絨をしてシボを作った生地などを見て、布を織った後の「加工」についても考えさせられた。今まで織ることに精一杯で、最後の縮絨作業などについて深く考えていなかったと感じ、もっと意識していきたいと思った。社長さんが「考えてやろうと思ってもダメ。偶然やってできたものもある」とおっしゃっていて、これからはとりあえず興味を持った素材や手法は試していってみたいと感じた。

一部のみを縮絨した布

 テキスタイルの技法に詳しくないデザイナー側の希望を汲み取り、デザインが活きる布にする事はとても難しい事と感じた。必ず思い通りのものができるわけではなく、時にはデザイナーに気に入ってもらえない時もあるそうだ。しかし、蓋を開けてみるとデザイナーに不評だったものの方が評判良かったりする。偶然の産物が思わぬ結果に繋がる事は面白いと思った。

 レクチャーの後は、サンプルを見て回った。とにかく数が多く、何時間でも見ていられそうだった。多くのデザイン・パターンを見ることができ、とても勉強になった。日本独自の手法で作られたテキスタイルも多いそうで、日本の技術の需要の高さを感じられた。

 次は葛利毛織工業株式会社に伺った。古民家の奥に工場があり、遠くからもガシャン、ガシャンと織機の音が聞こえてきた。先ほど説明していただいたションヘル織機が見られるという事で楽しみだった。工場では生地をつくる各工程を実際動いているところを見ながら説明していただいた。

 葛利毛織工業さんは高品質のスーツ生地をションヘル織機で織っている。ションヘル織機は新しい工業用織機に比べてスピードがとても遅いと聞いていたが、実際見てみるとシャトルが目にも止まらぬ速さで横に滑ってどんどん布が織られていき、とても迫力があった。工業用ションヘル織機は経糸、緯糸の動きをチェーンのような機械にコマを入れプログラムを組み、委託図通りに織る事ができるようにしているらしい。また、経糸一本ごとにストッパーという装置をセットし、経糸が切れた時に下に落ちて代わりの糸が補充されるようになっている。機械で織っているとはいえ、手織りとは違うところで色々と作業があり、やはり織るということは時間と労力がかかると改めて感じた。各工程の様子を見せていただいたのだが、綜絖通しの工程では速い人は1時間600本くらい通すと聞き、プロの技に感嘆した。

ションヘル織機のプログラムが組まれている
ションヘル織機でシャトルが入れ込まれているところ

 最後に工場で働いている方々のお話も聞く機会があったのだが、同世代の職人の方々のものづくりへの熱い思いに刺激を受けた。また、専務のお話も聞く事ができ、世界でも絶滅しかかっているションヘル織機を使い続け、布を織っていく事の意義を話していただいた。葛利毛織工業の皆さんの仕事に対する情熱を感じ、このように真剣に向き合い、常に精進する姿勢を見習わなくてはと思った。

 最後は木玉毛織株式会社に伺った。木玉毛織株式会社は、ガラ紡という日本で発明された糸紡ぎの手法で糸を作っている。ガラ紡は現役で生産している機械は数少なく、貴重な現役の機械を見られる機会を得られて嬉しいと思った。

 最初に丸編機という、ニット素材を織る機械を見せていただいた。こちらは横編みのニットを高速で生産できるそうで、整経が必要ないそうだ。伸縮性があるジャージのような生地が作れ、主にカーシートなどの生地を作っている。丸編機で編んだニットは円状になっており、最後に切って生地にするという。大きな袋状のニットが下から出ており、製品になる前にはこんな形なのかと思い、興味深かった。

 次にガラ紡の機械を見せていただいた。ブリキの筒がずらっと並び、その中から綿の糸が上へ伸び、巻かれている様は今まで見た事のない光景だった。ガラ紡で紡がれた糸は手紡ぎのような仕上がりで、綿という素材の温かみも感じられた。綿を筒状に形成して筒に詰め、そこから糸を引いているのだが、綿の筒が短くなると筒から飛び出してしまう。この綿は捨てられるのではなく、他の残った綿と一緒にまとめられ使用される。無駄もなく、環境にやさしい素晴らしい製法だなと思ったが、生産性が低く、1ヶ月に250kg程しか糸が紡げない事から、ガラ紡を続ける工場は今はとても少ないらしい。しかし、手紡ぎのようなナチュラルな風合いを出せる糸を紡げるガラ紡は貴重だ。葛利毛織工業株式会社の方々と同じく、木玉毛織株式会社の皆さんが伝統的な手法を継続してくださっている事に敬意の念を抱いた。

ガラ紡

 この学外研修では3カ所見学をして、たくさん新しい事を学び、見る事ができとても充実していた。マテリアルセンターでは色々な新しい技法や試み、また様々な布やニットを見て、テキスタイルの表現方法はとても奥深いと改めて感じた。葛利毛織工業株式会社と木玉毛織株式会社ではションヘル織機とガラ紡で布、糸の製造を行っている現場を見学する事ができ、とても貴重な経験ができた。新しい工業織機に比べ生産性は低いが、ションヘル織機もガラ紡もハイテクな機械には出せない手触りや風合いが出せる。尾州のテキスタイルは世界的にも高く評価されているが、それは効率ではなく高品質なものを丁寧につくるという信念を大事にしているからではないのだろうか。自分が作品を織る時も、一つ一つの工程を丁寧に、良いものをつくるという事を軸に制作をしていきたいと思った。

テキスタイルマテリアルセンター
株式会社イワゼン
葛利毛織工業株式会社
木玉毛織株式会社
大鹿株式会社 新見本工場