本科

「そこにしかない『特別』に、価値を見出す」尾州研修より 本科・園裕絵

株式会社イワゼン 岩田さんのお話について

 まず岩田さんが制作を手掛けられたたくさんの織物を見せていただきました。デザインの面白さ、技術の不思議さ、ご本人の熱意に圧倒されながらもその説明に引き込まれ、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
 「デザイナーが他の会社で断られたものをうちに持ち込んでくる」とのお話しの中で、個人デザイナーの作りたい量は小さいので規模の大きい会社での生産は難しいという現実的な点を挙げられましたが、面白いものを作りたいという岩田さんの熱意に人が引き寄せられる部分もあるのだろうと感じました。
 デザイナーとの打ち合わせについて、デザインする側と作る側の言葉でのイメージの共有は限界があるので、見本を使うのが大切であるとの事。見本によって言葉の認識のズレを埋めたり、逆に見本からイメージが着想される場合もあります。見本を使う事で、技術(見本)←→ デザイン(イメージ)の相互作用が生まれていると解釈しました。個人で制作する場合でもデザインに行き詰まった時にたくさんの見本があればアイデアの助けになるのかもしれません。自身でもいずれたくさんのサンプルを作ってみたいと思いました。
 研修工程の最後に新見本工場内で生地見本を見ていたところ、「これ私が作ったんだよ!!」と岩田さんが楽しそうに仰っていたのが印象的でした。シンプルな事ですが、楽しむことがものづくりでなにより大切なのかもしれないと感じました。

テキスタイルマテリアルセンターについて

 テキスタイルの図書館として、デザイナーと生産者の橋渡しのような存在であり、特に3大テキスタイル展出品の織物のサンプルは自動的に集積されるしくみになっているとのことでした。どのように運営資金をまかなっているのかと思い質問したところ、岐阜県から援助を受けているとのこと。サンプルを見て興味を持った人に地元の企業を紹介することで地元の産業の発展につながるとの考えなのだと思われます。
 尾州とイタリアのビエラ地方は毛織物の2大産地であること、その理由として近くを流れる河川が軟水であることがあり、軟水は染料が着色しやすく羊毛の脂を落とす際に石鹸が泡立ちやすい為であるとのことでした。現代はどこでもなんでも調達できてしまうので忘れがちですが、産業は環境に左右され、環境を生かして産業が発展してきたという当たり前のことに改めて気づきました。

葛利毛織工業でのションヘル織機見学について

 まず工場内の織機が動く大きな音に驚きました。私にはとても大変な現場に思えましたが、若い人たちが生き生きと働いているのが印象的でした。
 ションヘル織機はレピア織機等と異なりシャトルを通すために大きく綜絖を開くので糸と糸の間に空間ができ、柔らかく弾力のある風合いになるとのこと。しかし現代主流のスピード重視の織機と比べて手間と時間がかかるため、この織機で生産する会社は今はほとんどない。なくなったことで残ったものに価値が生まれている。「以前はこの織機での生産を積極的に続けたいとは思わなかったが、海外との商談で自分たちがやっていることの価値を知った。」とのお話し。また作る難しさとは別に、働き手を確保する難しさについても触れられ、「織りはアウトソーシングになるかもしれない」との発言は衝撃的でした。続けることの大変さを体験してこられた方の言葉は重いですが、地元産業の新しいあり方について前向きに模索されているようにも感じました。

木玉毛織株式会社の工場見学について

 元は毛織物の生産をされていたのを時代の流れに合わせてガラ紡生産にシフトされた経緯について説明いただいた後、ガラ紡の見学。ワタを機械にセットするところからガラ紡が紡がれるところを順を追って実演しながら説明いただき、大変わかりやすかった。一定に撚りをかけ続けるのでなく、撚る→休むを繰り返すことで柔らかい風合いの糸が紡がれるとのこと。スピニングの授業で紡毛糸を紡いだときのショートドローの動きに似ていると感じました。適度にムラがあって、なんともおおらかな糸です。糸の風合いもよいですが、紡績で出た短繊維を再利用するというところも時代の空気に合っているのかもしれません。
 日本の食用の羊サフォークの毛を利用してウール衣料を作るという新しい取り組みについて。これは工場見学中には話が出なかったのですが、事前に木玉毛織さんのウェブサイトで見て興味を持ったので質問し、新見本工場で製品を見せていただくことができました。現状国産羊毛(原毛)の製品はほとんどなく、その理由としては原毛に付いているワラなどを薬品処理することが環境汚染の問題で禁止されているためですが、こちらでは洗剤を工夫し、それでも残った少々のワラはつけたままで紡いでしまうという発想で製品化されています。なお、実物を見てもワラの存在は感じられませんでした。編まれたセーターは嵩高く、着ればとても暖かいに違いないと思いました。嵩高性を生かしたラグやブランケットでも面白いものができそうです。
 木玉毛織さんはガラ紡にシフトされた後、空いた工場建屋内スペースを繊維に関するさまざまな企業にテナントとして貸し出されていて、「つくる」と「販売する」が同居するおもしろい空間になっていました。

大鹿株式会社 新見本工場について

 尾州のものづくりを伝える洋服店という位置づけ。お店は休業日でしたが店長さんのご好意で見学させていただくことができました。
 リサイクルウールについては、尾州では古くから羊毛再生の文化があること、羊毛はウール100%よりリサイクルウールの方がコストが抑えられ、その点で綿や化学繊維の再生繊維と異なることなどのお話を伺いました。しかし「コストが抑えられるがゆえに、昔から職人の間では『ランクの低いもの』という認識が持たれてきた。でもそれは違うのではないか。」と店長さん。手間暇をかけて再生された繊維。今の時代の価値観に合わせれば、リサイクルウールはむしろ付加価値のあるものになりつつあるように思えます。
 新見本工場さんでは製品のリーフレットをこだわってつくられているとのこと。リサイクルウールブランド「毛七」のリーフレットを一冊分けていただきましたが、もはや写真集でした。並々ならぬ熱を感じます。費用がかさみそうですが、スマホの画面で見るのとは迫力が違いますし、質にこだわっているこのお店には冊子がマッチしていると感じました。

全体を通して ー何に価値を見出すかー

 今回見学した工場は、時代の流れに合わせて業態を変えたり変えなかったり方法はそれぞれですが、そこにしかない「特別」を大切にされていて、そこに価値を見出されていると感じました。作り手のお話を直接伺うことで、ネット上の知識よりも深い部分で知ることができ、応援したい気持ちになります。また、個人の作り手にとっても大切なこと、作り手であり続けるためのヒントをたくさん得ることができた研修でした。

葛利毛織工場ではションヘル織機の綜絖通しを体験。私たちが手織で行っているものよりずっと細い糸を6000本も通す気の遠くなる作業です。考えていたよりもアナログで繊細でした。

テキスタイルマテリアルセンター
株式会社イワゼン
葛利毛織工業株式会社
木玉毛織株式会社
大鹿株式会社 新見本工場

スクールの窓から:天秤機による組織織り、頭も体もフル稼働の11日間

1-2、2-3、2-3、2-3…組織織りの説明では、数字がテンポよく飛び交います。専門コース本科では、天秤機を使った組織織りの実習が行われました。4月に行われたジャッキ式の4枚綜絖の織機を使ったディッシュクロス制作実習を経て、今回は8枚綜絖の天秤式の織機を使って、より深く組織織りを学びます。授業の前半は5〜6種類の組織織りのサンプルをつくり、後半は学んだ組織を使ってデザインし、ラグマットを制作しました。

◆ドラフト図を読む、起こす

この実習の目的は、組織織りを学ぶと同時に、天秤機を使いこなせるようになることです。天秤機は、上部の天秤装置から綜絖枠と踏み木が吊られた、北欧でよく使用されているタイプの織機。多綜絖で使えて、複雑な組織が安定して織れるのが特徴です。

サンプルづくりは、柄を見て「どうなっている?」と考えるところから始まります。仁保講師の説明のもと、見本の組織図、綜絖通図、踏み順、タイアップ順を合わせたドラフト図を「読む」。そして綜絖通し順や踏み順にアレンジを加え、サンプルをつくる計画を立て、ドラフト図を「起こす」。

仕上がりの柄のイメージを描き、パターンの最小単位を取り出し、綜絖通し順や踏み順、タイアップ順を組み合わせて図に落とし込む作業は、「考える」の連続です。学生たちは「これで合ってるのかな?」と首をかしげながら模造紙にペンを走らせ、互いに照らし合わせたり、先生と答え合わせしたりしながら、脳内で組織を組み立てようとしていきます。

◆「そういうことか!」を体得する道のり

ドラフト図の次は、タイアップ、織りへと進みます。組織の仕組みを、まずは頭で理解しようとし、機の準備で頭と手をつなげ、織りながら体に落とし込んでいくプロセス。それは「わからない」「難しい」から、「どうしてこうなる?」を経て、「そういうことか!」「わかった!」を体得していく道のり。

そうして一つひとつの工程をやってみることで、組織の仕組みがどうなっているのかを考えるのが訓練です。前半の授業では6種類のサンプルをつくるのに、そのプロセスが6回繰り返されました。綜絖の枚数が4枚から6枚、そして8枚と増えていくにつれ、なかなか理解が追いつかなくなるも、学生も先生も粘り強く向き合います。

踏み木と招木をつなげるタイアップでは、踏み木が適切な高さになるようにコードの
張り具合を変えていき、全体のバランスをとるなど、準備でも緻密さが欠かせない。

◆「組織脳」を身につける

後半、ラグマット制作では、サンプル織りで学んだ二重織りの要素を使って、裏表の色の切替効果を生かしたデザインを考えました。そしてラナセット染料で染色し、8枚綜絖で織り、縮絨して完成! 頭も体もフル稼働の11日間を通して、学生からはこんな感想がありました。

「サンプル織りで、綜絖通しを毎日やるのは大変でしたが、織る前の準備のプロセスを覚えられました」、「デザイン画を描くのに、自分の中の絵のイメージを組織図に変換するのが難しかったです」、「(踏み木を踏み変えるだけでも、さらに)パターンが何通りも考えられるのが面白かったです」、「今回(ラグの)デザインを行ったことで、自分で仕組みを考えられるようになりました。これから布を見た時にも、組織の理解度が上がるのかなと思います」

この実習を通して、担当の仁保講師が目指したのは「考える過程を身につける」こと。いわば「組織脳」。学生たちは組織織りを通して、つなげる思考を学んだとも言えるでしょう。また一つ、織りの世界の広がりを知った授業となりました。

在校生の声2 「織物だったら、ひたむきに向き合える」小川千歳(2022年度・専門コース本科)

川島テキスタイルスクールの専門コースには、様々な年代の人が集います。2022年度の本科では、10代から60代までの学生が共に学んでいます。小川千歳さんは、埼玉県の高校を卒業してすぐにこのスクールに入学しました。入学の動機や、「毎日が織りで形成されている」という日々、その中の気づきについて語ってもらいました。

◆学校の雰囲気があったかい感じがした

子どもの頃から家族で海外を旅する中で、日本にしかないものに魅かれて伝統工芸に興味を持ちました。織りとの出会いは、高校の選択授業。染織の授業紹介に「絣」とあるのが気になって。初めは「かすり」を知らず、こんな字があるんだ、何だろうと興味がわいて、授業も面白かったので3年間ずっと染織を選びました。

進路を決める時にやっぱり伝統工芸が気になって、漆や竹細工、紅型などの工房見学に行き、体験もしましたが自分がやるイメージがわかなかった。私が飽きることなく続けられるものって何だろうと考えた時に、織物だったらたくさん質問が出てくるし、ひたむきに向き合えると思いました。川島テキスタイルスクールに魅かれたのは、一年間でいろんな織りが学べるところ。オープンスクールに行って、学校の雰囲気があったかい感じがしてここに決めました。入学して4カ月、今はただ無我夢中です。1日7時間を週5日、土曜に授業がある日もあって、織りを考えない時間はないくらい、毎日が織りで形成されています。

◆織り機って深い

これまでの実習で組織のディッシュクロスや、綴織タペストリー、8メートルの布を織るのに、それぞれジャッキ式、綴機、ろくろ機を使いました。いろんな種類の機を使って、特に組織は綜絖の糸の通し方や、足の踏み順を変えることでいろんな柄が織れる。織物って長い時間をかけて人の手が加わって、人が考えてつくったものだから織る人がすごいと思っていたけど、織り機まではそんなに気にしていなかった。ですが授業を受ける中で、織り機は深いって気づきました。

色にも興味があります。「勘染め」の授業では三原色を基にした色の出し方を学んで色の根源に興味を持ち、「色彩演習」で色の濃淡や組み合わせを意識するようになりました。思う色を「出す」のも、色を「使う」のも難しい。ストライプの布を織る課題では、実習や演習で学んだ色の感覚を試していく中で、想像してなかった組み合わせを発見できました。

課題の締め切りが近かったり、思うように進まなかったりする時は、つらいと思うことも正直あります。ですがそんな日に限って、いざやり始めると楽しくなって、やるぞ!とスイッチが入るのが不思議です。織りにしか目がいかない状態になるのは、すごく楽しいです。


綴織りのタペストリーができるまで。
ライムをモチーフに実物を観察してデザインを起こした。
(左上から)原画、下絵、作品。

◆表現の仕方には年齢差を感じない

クラスメイトは年上の人ばかりですが、授業でもわからないことはわからないって言ったら助けてくれるし、お互いに苦手な部分を補い合っています。講評会で、互いの作品に対して意見を言う時に出てくる言葉の広さが違って、生きてきた年数が違うなって。ただ、作品の表現の仕方には年齢差を感じないです。同じ課題でも「そんな発想思いつかなかった」と言い合うほど表現が違うのが面白いし、年齢じゃなくて「その人」として見ています。

これからグループ制作が始まります。見学時、校舎内に飾ってある綴織タペストリーや竪機を見て、その大きさに圧倒されました。グループ制作は初めてですが、やったことがないからこそ、どんなものが生まれるのか、今からすごく楽しみ。作品制作の意見を言い合うのは自分の糧にもなるので、いろんな意見を聞きたいし私もよくしゃべります。今は学ぶことがたくさん。完成させていく道のりも楽しみに取り組んでいきます。

在校生の声1 「得たいものがある時、ものの見方が変わる」園裕絵(2022年度・専門コース本科)

大学で建築デザインを専攻し、その後、和紙の照明制作などの仕事をしてきた園裕絵さんは、ずっと織りに興味を抱き続けていました。仕事を辞めたタイミングで「今だ」と決心し、2022年4月に専門コースに入学。園さんに大学時代のスクールとの出会い、なぜ今踏み出せたのか、入学して4カ月が経ち日々感じていることや、変化について語ってもらいました。

◆ もうやってもいいって自分に許しを出した

初めに川島テキスタイルスクール(KTS)を知ったのは大学1回生の時でした。当時、大学に建築家の内井昭蔵先生が学部長でいらして、授業の一環で先生が設計された校舎*を見学に来ました。詳しくは覚えていないのですが、「大らかで気持ちのいい」建物のイメージで、それはスクール自体の雰囲気もあったのかなと思います。

*KTSの校舎と宿舎は、1975年に第16回BCS賞受賞を受賞し、建築物としても貴重な施設。

この学校で織物を学んでみたい気持ちはありましたが、当時はテキスタイルを仕事にするイメージがわかなくて。それに織物をちゃんとやろうと思ったら道具など大がかりになると思って、気軽に始めようという気持ちにはなれませんでした。仕事は主にデスクワークでしたが性に合わず、和紙の照明器具を制作している会社に転職。そこで制作は自分に合うと感じました。その後、別の仕事をしていましたが、コロナ下で今までどおりの働き方や生き方でいいのかと考え直し、退職を機にスクールに入学しました。織りは未経験で飛び込みました。なぜ織りなのか理由はわからないけど、ずっと興味を持ち続けていることが織り以外になかったので、もうやってもいいって自分に許しを出したんです。面接でスクールに来た時も、気持ちのいい空間という印象は変わらなくて、ここで学べるんだ!と希望めいた気持ちになりました。

「満ちる」
デザイン演習「襞」(ひだ)より。「音」がテーマの課題制作。

◆デザインや色彩に苦手意識、そこから新しい何かを得る

授業は織りと染めの実習がメインで、この4カ月いろいろな技法に取り組んできました。織りによってまったく性格が違うので、その中でも自分の向き不向きがあるのを感じています。授業で細部まで丁寧に教わり、しっかりと実習するからこそ、織りとの相性まで知れるのだと思います。

デザイン演習や色彩演習もあって、それがいい刺激になっています。私はデザインと色彩に苦手意識があります。それで今はいろんなものを見るようにしていて、美術館や博物館にもよく行くようになりました。これまで単に好き嫌いで見ていたのを、今は織りを学んでいるので、参考になるものはないか、演習の課題に当てはめたらどうなるか、もし織物にしたらどうなるか、といった目線で、まずはすべてを見る。そうして日常でも今までにないものの見方ができるようになっています。得たいものがある時、ものの見方が変わると感じていて、それは本当によかったです。デザインや色彩は今も模索中ですが、ただ苦手と思うだけだともったいない。せっかくの学びの機会なので、そこから新しい何かを得られたら、少しでも人生が豊かになる方に持っていけたらいいなと思うので。

この先目指したいところはありますが、今は一旦置いておいて、あまり意識しないようにしています。自分にはこれしかないとか、こうしないといけないといった思い込みで狭めず、まっさらなところから見るようにしたいので。会社勤めをしている時は、そんな気持ちにはなれませんでしたが、今の環境でならそう思えます。

スクールの窓から:「人の手が加わるものには力がある」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 3

初夏から夏至の頃、専門コース本科では民族学・文化人類学から見た刺繍布の熱気あふれる授業が繰り広げられています。国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による「ニードルワーク」3回授業シリーズもいよいよ最終回を迎えました。講義は、幼児婚や刺繍禁止令などの話題からインド西部ラバーリー社会に更に分け入り、また刺繍の模写では、一枚の布を通してラバーリーの人々と糸と針によるコミュニケーションを図るようにものづくりの奥行きを知り、その面白さを堪能した時間となりました。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1
みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

◆ラバーリーの人だったらどうするか?

これまで2回の授業で学生たちは、ラバーリーの刺繍技術を習い、刺繍布の背景にある社会や歴史を見つめ、少しずつものの見方が変わってきています。最終課題として、刺繍布サンプルから好きな部分を見つけて模写を進める学生に、上羽先生はこう話しかけます。「さあ、ラバーリーの人だったらどうするかな?」この授業では学びを糧に、作り手の意識までも想像していきます。

そんなふうにインドに行ったことがなくても、ラバーリーを直接は知らなくても思いめぐらせることができるのは、20年近くラバーリーに通ってフィールドワークをしてきた上羽先生が、知識だけでも技術だけでもない、経験から得た実感を授業で語られているから。なかには「私は現地で養女*になっているんですけどね」と、驚くような内容をさらっと話すことも。それはラバーリー社会の幼児婚の風習についての話の流れからで、ラバーリーでは今でも3歳から7歳頃になると結婚相手を親同士が決めて婚約を成立させることもあるそうです。幼児婚のメリットの一つに、姻族を増やしてネットワークをつくる点を挙げ、先生はこんなエピソードを教えてくれました。

「私が現地調査をしていて一番良かったのは、調査でラバーリーの村々に行くと必ず親戚がいるんです。私は養女になったので、ブジョリ村のバンカさんの娘です、と自己紹介すると、父の妹の…とつながりを説明されて『お前と俺は家族だ』と。それで『ちょっとお茶飲んでいくか、泊まっていくか』、『うちの娘がブジョリ村に嫁ぐんだ、よろしくな』と言われるんです。ラバーリーの人たちはネットワークづくりがすごく上手で、婚戚関係を結んでいろんな村に姻族を作っていきます」。

それが、120万都市に人口2%弱ほどのマイノリティのラバーリーの人々にとって、困った時に助け合うセーフティネットになり、コミュニティ内の自分の意識付けや、風紀を守ることからも、幼児婚の慣習があるそうです。

◆ものの価値は普遍じゃない

先生は話の折々に、「幼児婚ってどう思います?」と問いかけます。文化が違えば結婚の捉え方も変わり、良し悪しではなく、どう思うかを投げかける。学生たちは皆、すぐには答えられないのですが、異文化に対面した時に自分はどう反応するか、考えをめぐらせるきっかけとなりました。

幼児婚の話は、婚礼において刺繍布が婚資や持参財として重要な役割があるという、ものづくりの価値観につながります。ラバーリーでは、婚礼用に手づくりした衣装や刺繍品などは、相手の家族や親戚によって評価されるのだそうです。それから講義は、社会変化によって1990年代に刺繍禁止令が発令されて以降、特に伝統的な刺繍ができなくなっている現状や、ものづくりの変化、商品づくりが広がらなかった理由などに話が及びました**。

講義を通して伝えられた一つに、「売るためではないものづくり」の視点があります。上羽先生は言います。「私たちは市場経済にどっぷり浸かっているので、ものの価値は美的価値や希少性などを考慮した価格に反映されると思い込んでしまっているけれど、それは普遍じゃない。売るためではないものづくりをラバーリーの人たちはしていて、時にはタダだったり、別の評価軸があったりもする。価値体系に対する『もの』について、ラバーリーのものづくりは根本的に考えさせられます」。

◆しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて

模写の時間、真剣な表情で黙々と手元に集中する学生たち。「ハンクリ(はしご状の鎖縫い)上手になってきたね」「線が自由に描けるようになってきたね」と先生に声をかけられ、「最後になってようやく」と顔がほころぶ場面も。模写では一針一針観察してもわからない所はあって、先生に相談して「(拡大鏡で)のぞいてみた?」「裏はどうなってる?」と一緒に手がかりを探していきます。

孔雀文様の刺繍では、端の処理がわからず、模写と実物を見比べることに。「(端だけ)糸が尖って見えるのは何だろうね?」「(糸を)引っ張ってるからかな?」「いい気づき。同じようにやってみようか」。まるで謎解きのようなやりとりが行われ、一つ解析できると、他のはどうかと周りにも目がいくように。模写を通して、糸の力加減や針先の扱いなど細部まで見る力が鍛えられました。

学生と一緒に刺繍布を見ながら、「(ラバーリーの人は)この棘っぽい表現が好きなんだね。面白いよね、ずっと眺めていたいよね」と先生も見入ったり、「ラバーリーの人たちは一枚の布をずっと持ち歩いています。一緒にいる時間が長いので、刺繍に対しても布に対しても愛着があるんですね」と楽しそうに話す場面も。

授業の最後に、先生からはこんなアドバイスがありました。「皆さんもこれから続けていく中で、作れなくなる時が出てくると思います。理由なんかありゃしない、ただ作れない、作る気分になれないという時が一流と言われている人にだってあります。そんな時はラバーリーの刺繍を思い出してやってみるのも気分転換になります。ものには、やっぱり力があるんですね。人の手がこれだけ加わるので。しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて。ものを眺めて、この人もこうやって作ったんだなと想像するのも、手を動かすのもいいと思います」 

「ものを見る目」が多面的に広がった3日間の授業。刺繍布に対する愛着は、ラバーリーの人たちと同じく上羽先生からも感じられました。刺繍布はもちろん、長年通い続けているラバーリーに対しても。時間と思いの積み重ねが、ものへの信頼や愛着を育むのではないか。そんな、ものづくりの味わい深さを知った授業でした。

おわり

*上羽先生がラバーリーのコミュニティで養女になったいきさつや体験について詳しくは、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)に書かれています。

**参考記事:「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」上羽陽子

スクールの窓から:「観察する目を養うのが授業の肝」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による、専門コース本科「ニードルワーク」の授業2回目は、インド西部ラバーリーの人々が作った刺繍布を更に見ていき、背景にある文化を知り、刺繍技術を学びました。女性の上衣や、子どもの結婚儀礼服、乳児の敷布団、祭礼用の男性の上衣、婚資の持参財袋などに施された多彩な文様。それらがどんな技法で、どのようにつくられているか、自分で刺繍するために見る目を鍛えた時間でした。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

◆作る人を想像できる布は面白い

「これは子どもの結婚儀礼服です」。上羽先生がそう言いながら、色鮮やかな小さな上着を見せると、学生からは「えっ!?」と驚きの声が上がります。先生が長年フィールドワークをしているラバーリー社会では、幼児婚の慣習があるそうです。そうして自分たちの当たり前が覆されていくのは、民族学・文化人類学の観点から学ぶ上羽先生の授業ならでは。

男性の上衣の特徴で「こんなに袖が長いのはどうしてだろう?」と先生からの問いかけに、思いつくことを口に出していく学生たち。「虫?」「虫はヒントです。彼らは放牧していて外で寝ます。それとどう関係している?」「袖から入ってこないように?」「正解! 袖をたくして腕にぴったりと沿わせば、虫も砂も服の中に入ってこないから」。続いて「なんで(身頃に)紐がたくさんついているのかな?」「家族の数?」「発想が柔軟! 牧畜で移動生活なので手ぶらで動けるように、紐にナイフなどをぶら下げます」とやりとりをしながら、服を機能面からも紹介します。

婚資の持参財袋では、刺繍が省略されている部分も。「想像するに、これを作った人はあまり刺繍が得意じゃないのかもしれない」と上羽先生は言います。「ラバーリーの人も全員、刺繍が得意なわけではないので。作る人を想像できる布は面白いですね」。

◆  「なぜ?」は難しい

そして授業では、面を表す刺繍技法の一つである「バワリヤ」と、鏡片を縫い付ける「ミラー刺繍」の三角形や菱形を縫う練習をしました。上羽先生は、ラバーリーが無文字社会であり、口語のみで読み書きを行わないと紹介。人々は針の動きを目で追い、すべて記憶していくのだそうです。ミラー刺繍の練習では「ラバーリーと一緒、覚えてね」「角をひっかけて留めていく、理屈がわかれば大丈夫」と声をかけます。「そもそも、なぜ鏡を縫い付けるのか?」と学生から質問が上がると、ラバーリー社会における邪視よけの説明がありました。

邪視は、眼差しや視線に宿る力が災いをもたらすという信仰で、嫉妬や妬みから身を守り邪視を跳ね返すのに鏡を付ける、と。一方、日常の中で自分の力ではどうしようもない出来事が起きた時に、自らを責めずに邪視を原因と見なすことによって状況を収めようとする場面もあるそうです。上羽先生は言います。「『なぜ?』は文化人類学の問いとしてはすごく難しいです。そこには歴史や文化、慣習などが複雑に絡み合っているので。難しいけれど、どのようにしてこうなったのか、たぶんこうじゃないかなと考えながら研究しています」。

◆  ぐっとくる文様を見つけて模写する

授業の後半は、様々な文様を見ていきました。刺繍布サンプルの中から好きな部分を模写して刺繍する、という課題に取り組むためです。「ちょっと大変でも、自分がぐっとくる文様があると思うんです。面白いとか楽しそうとか、やってみたいと思うものに挑戦してもらえたらと思います」と上羽先生は学生に伝えます。

ラバーリーの刺繍文様は、花や草木、クジャク、オウム、ラクダなど身近な植物や動物などを抽象化して表現しているのが特徴。ですが文様と実際のイメージがすぐに結びつかずに、学生たちはきょとんとした顔に。そして先生の説明を聞きながら目でなぞります。文様の意味について、「例えばサソリは、ラバーリーにとっては愛の象徴。小さいのに象を一撃で倒せるような力があるから。それが人を守れる、人を愛せるという意味につながります」といった解説も。また文様の名前には、意味がないものもあるそうです。「現代人のサガとして、つい名前に意味付けしたくなるけれど、実は意味がなくて単に記号として付けられるものもあります」。

次に、返し縫いや、渡し縫い、縫い付けなど具体的な技法を解析します。拡大鏡を使ってつぶさに観察し、目を糸に近づけていく。「ここで見た状態を記憶して、次にこっちを見て。似た模様がないか、角度を変えて見たらどうなるか、観察してみて」。そうして段々と細部に気づけるようになり、学生たちは面白くなってきた様子。「難しい技法がたくさんあるわけではなく、限られた技法を組み合わせてバリエーションを出している。それが刺繍の面白いところですね」と先生も楽しそうに語ります。

「まずはやってみようかな」と言って針と糸を手に取る学生に、「いいね!」と返す先生。「完成させるというより5針でも10針でも、なるべく同じ形でつくってみて」。つくることで頭と手の動きがつながり、教室内はワクワクした空気に包まれました。

そして模写へ。縫い始めはどこか、どう糸を渡しているか、糸は何本取りか、密度はどのくらいかなど、実物大のサイズを確認しながらペンを走らせます。「皆さんは手を動かして刺繍の技法を習い、かつ自分でやる段階にいるので、見方が深くなっています。観察する目を養うのが、この授業の肝。織りにも通じますね」。

刺繍布を通して、見える世界が豊かに広がりながら、次は最終回へ進みます。

3へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。


スクールの窓から:「すべてのものに歴史や社会の背景があります」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

専門コース本科では、例年「ニードルワーク」の授業が行われています。講師は、国立民族学博物館(通称「みんぱく」)の上羽陽子准教授。染織研究を専門に、長年インド西部グジャラート州カッチ県に暮らすラバーリーの人々の刺繍布の研究・調査をしている方です。

3回に分けて行われた授業は毎回、講義と刺繍の実習が半分ずつ。ラバーリーの刺繍布をじっくり観察して、同じ技法で刺繍をし、それらの歴史的・社会的背景について学び、ものづくりの意味について考えるという内容。手も頭もフル回転の躍動感のある授業に、学生たちは興味津々に講義を聞き、夢中になって刺繍に取り組んでいました。

◆当たり前と思っていることが、よその地域では違うかもしれない

授業で学ぶ刺繍布はインド西部のものですが、今回の学びは地域特有なものに留まらず、身近なことに結びつけて考えられるように組み立てられています。はじめに上羽先生はこう話します。「すべてのものには歴史や社会の背景があります。ものづくりについて、どう見て、考えていけばいいか。ものを見ながら背景を推察していく。刺繍だけではなく例えば、皆さんが今やっている綴織りなども同じような視点で考えることができるようになれば、さらに面白くなると思います」。

そのためには、まず「視点をつかむ」ところから。上羽先生の研究スタイルは、「作りながら、考えていく」。現地の人に制作技術を習って、その過程で知り得た情報をもとに、ラバーリー社会の中でこの布はどういう位置付けで、どんな役割なのか、など聞き取りをしながら調査を重ねています。

初回の授業では、先生が「何でだろう」と問いかけていくスタイルが印象的でした。授業に先立ち、織りを学ぶ動機を全員に尋ねた先生。学生の一人が肌着など衣料品売場で働いていたと知ると、そもそも「下着って何でつけてるんだろう?」と切り出し、ラバーリーの人たちの生活習慣と結びつけて話を展開します。ラバーリーの特に親世代の人たちは下着を身に着けていないと紹介し、「世界中の衣装を見た時に、下着をつけている方がマイノリティです」と。「民族学・文化人類学は、私たちにとって当たり前と思っていることが、よその地域ではひょっとしたらそうじゃないかもしれない。私たちは当然のように下着を身につけているけれど、身につけていないのはどういうことなのか。そういうことを考える学問です」と民族学の世界にいざないます。

そこからラバーリーの女性の服の紹介や、二着のみで暮らす背景にある移動生活、薄くて乾きやすい服の理由は乾燥地帯で水が貴重であることや、それが寝間着もなく下着もつけない生活習慣につながるなどの話がありました。さらに1947年にインドが独立して以来、国をあげて手工芸を開発してきた社会背景や、災害復興との関わり、女性の衣装の記号化、美の価値観の違いや背後にある経済力など、布から見える世界の広がりに触れていきました。

◆技術を見る時は同じ目線で

また授業では講義と並行して、実際にラバーリーの刺繍布のサンプルを見ていきます。「縫製はどうなっている?」、「どんな特徴がある?」「裏はどうなっている?」「胸にギャザーがあるのはどうして?」など問いを投げかけ、学生と会話のキャッチボールを繰り広げ、テンポよく解説していく上羽先生。「ものを見る時は、両手で持って優雅に触ってもらうのがいいと思います。ひっくり返す時も、両手でスッと」と扱い方のさりげないアドバイスも。

細かな刺繍を見るのに、学生たちは拡大鏡でどうやって縫われているかを興味津々にたどっていました。それから、上羽先生がラバーリーの人々から習ってきたという刺繍技術を習いました。まずはやって見せるのに、「技術を見る時は、やっている人と同じ目線で見る方がいい」と先生は声をかけ、学生たちを近くに集めます。

試し用の布と糸、そしてミラーが配られ、初回は、はしご状の鎖縫い「ハンクリ」と、布に鏡片を縫い留める「ミラー刺繍」の練習をしました。刺繍枠を使わずに、針を持つ手と反対の手で布をおさえ、張りを持たせるのがコツ。「左手(利き手と反対の手)で布をピンと張る」「左手の人差し指で糸を留める」「左手が大事」と繰り返し伝えていきます。

そして、「間違いに気づいたら、手を止める。それ以上は進まない」と助言し、「ラバーリーの人たちは、いくらでもさかのぼってやり直すんです。糸がもったいないから」という話も。それはラバーリーの刺繍技術が、限られた糸を無駄なく使用して、表面に多くの文様表現をするために発達したという経緯にもつながります。

黙々と刺繍の練習する学生たちに、「できてきましたね、ブラバル!(「良い」意味。現地の言葉)みんなラバーリーっ子!」と声をかける場面も。行ったことのないラバーリーの空気までも運ばれてくるような活気のある授業に、学生も興味津々な様子で話を聞き、新たな学びの扉が開きました。

2へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。