「大切にする理念、布を通して表現」滋賀テキスタイル研修 本科・Fさん

専門コースではこのほど課外研修として、滋賀県の湖北、湖東エリアの産地を訪れました。大高亨先生(金沢美術工芸大学教授)による連続授業の一環で実施し、事前に滋賀県の繊維産業などの講義を受け、輪奈ビロード、浜ちりめん、近江上布の生産現場や、テキスタイルデザインのスタジオ兼ギャラリーを見学しました。


はじめに
 国内最大の湖、琵琶湖を抱く滋賀県では、その潤沢な水資源や恵まれた自然環境、他府県へのアクセスの容易さなどから、古くから繊維産業が発展してきた。湖北・湖東地域の生産現場を訪ねるべく、天候に恵まれた秋の早朝、スクールからバスに乗り込み滋賀へと向かった。

1. 湖北地域の絹織物
1-1.輪奈ビロード
 住宅街に溶け込むように建っている日本家屋の玄関に「株式会社 タケツネ」の看板がかかる。滋賀テキスタイル研修最初の目的地であり、輪奈ビロードの製造元だ。入り口をくぐると、奥の壁にはたくさんの反物が掛けられており、そのどれもが美しい光沢を放っている。室内では職人さん達が織り上がった布を前に作業を行い、隣接する機場では、いくつも並んだジャガード織機から複雑な模様の布が織り出されていた。こちらで製造されている輪奈ビロードは絹100%で織られており、その美しさもさることながら、軽くて暖かいことから、主に着物用コートやショールなどに用いられているそうだ。
 輪奈ビロードの特徴である輪奈(ループ)を作るためには、二重にした経糸の一方に芯材を織り込む必要がある。かつては職人さんが針金を一本ずつ挿入する手間のかかる作業だったが、研究を重ね糸状のポリエチレン芯材を採用することにより、自動織機での製造が可能となっているといい、見学時も職人さんが単独で複数台の織機を管理していた。かつて長浜には輪奈ビロードを製造する機屋が900軒ほどあったというが、現在は数件のみが製造を続けているという。織手の確保が難しい時代でも質の高い製品をつくり続けるための試行錯誤が垣間見られた。
 一方で、ビロードの特徴的な質感を生む紋切り(ループカット)の作業は、専用の特殊な小刀を用いた手作業で行われており、熟練の職人さんによる精巧な手捌きに驚く。切られたループの断面は、染色すると他の部分よりも濃く染まる為、ほんの少しでも切る位置がずれれば傷になりかねないとても繊細な工程である。我々に説明しながらも、職人さんの手元では次々に菊の花が咲いていた。

1-2.浜ちりめん
 「浜縮緬工業協同組合」の精練加工場には、各機屋から届いた何種類もの反物が精練の順番を待っていた。(因みに、最初に訪れた「株式会社 タケツネ」で織られた輪奈ビロードも、こちらで精練を行っている。)湖北を代表する伝統産業の一つ、浜ちりめんの独特な風合いを生む精練の工程を一手に担うのがこの加工場だ。「八丁撚糸」と呼ばれる未精練の強撚糸で織り上げられた生機は、初めゴワゴワと硬いが、精練することによりしなやかな質感へと変貌する。
 集まった反物は、特殊な設備によって下準備を施された後、精練の工程【前処理→本練り→仕上練り→水洗い】に入る。この際に不可欠なのが琵琶湖から汲み上げた水であり、染色ムラ等を防ぐ為、汲み上げ後更に軟水化の処理を施してから使用しているという。広大な加工場には精練用の巨大な湯釜がいくつも並んでおり、琵琶湖という水資源に恵まれた環境が、地域産業の発展に大きく貢献していることが伺えた。

 続いて向かった「南久ちりめん株式会社」も組合の一員で、原料生糸の仕入れから織り上げまで全て自社で行っている。製造の流れを工程順に見学する中で、特に興味深かったのは、事前学習でも取り上げられた「八丁撚糸」の製造だ。専用の撚糸機で、水分(年間通して水温の安定している地下水を使用)を含ませながら生糸に強い撚りをかける。撚りの回数は必要に応じて2,000~4,000回とのことで、撚り具合を細かく調節できるのは一社で全行程を行うからこその利点だろう。浜ちりめん特有の美しいシボ、その鍵となる撚糸の工程を間近で見ることができた貴重な機会だった。

2. 湖東地域の麻織物
 かつて郡役所の庁舎だったという「近江上布伝統産業会館」の中には、色とりどりの布地や洋服の間に機が並んでいた。こちらで作られているのは、湖東地域で室町時代から生産され、現在は「経済産業大臣指定伝統的工芸品」に指定されている「近江上布」だ。会館では、この伝統産業の麻織物技術を次世代へ継承し、世に広める為、製品販売や様々な体験ワークショップ、後継者育成プログラム等様々な取り組みを行っている。
  昨年育成プログラムを修了したという職人さんが、緯糸に手績みの大麻糸を用い、室町時代と同じ構造の地機(腰機)で織り上げる「生平」と、櫛押もしくは型紙捺染で染織した緯糸を耳印で合わせて手織りする「絣」を織る工程の実演をしてくれた。特に生平の工程は圧巻で、職人さんが細く割かれた麻の繊維を指先で数回縒ると、あっという間に真っすぐに繋がり滑らかな糸になる。そうして績み繋いだ糸を地機で織っていくのだが、シンプルな構造の地機で布を織り上げていく様は、まるで機と織り手とが一体となっているかのようだった。
 見学の中で、近江上布を産業として継承していこうという熱意をひしひしと感じた。工業化の進んだ現代において、近江上布が昔と変わらない方法で生産され続けているのは、この布に魅せられる人々の思いがあってこそなのだ、と強く思い知らされた。

3. 滋賀発のテキスタイル
 ポップな柄のカーテンに、カラフルなオブジェや不思議な形の入れ物が並ぶ棚。大人も子どもも、思わずわくわくしてしまうような「炭酸デザイン室」が、研修の最終目的地だ。
 お邪魔したのは、ショールーム兼、ショップ兼、アトリエ兼、英語学童兼・・・仕事場の枠を超えて地域ともつながる空間で、なるほど、鞄やポーチなどのテキスタイル商品以外にも、色々な画材や小さな座布団の山が見える。ご夫婦で立ち上げた炭酸デザイン室は、身近な自然や風景等、暮らしの中から生まれるデザインをテキスタイルに落とし込んで制作されているそうで、お子さんたちの描いた絵もデザインに採用されることがあるというから、ご家族で運営されている、といっても差し支えないのかもしれない。
 ブランドの立ち上げから、どのような経緯で現在の滋賀を拠点とした形へ移行してきたかをお聞きし、中でも、いわゆる“営業”をせずに「向こうからときめいてもらう」という仕事へのスタンスは、つい心が弾むようなデザインや地域との関わり方と合わせてとても印象的だった。自分たちのデザインが誰かの心を揺さぶる瞬間に喜びを見出すものづくりの感覚が、とても魅力的だと感じた。

おわりに
 地場産業として生産が続く絹織物から、昔ながらの技法で織り上げる上布、現代のテキスタイルまでを一息に駆け抜けた滋賀研修は、これまでの滋賀の織物産業の歩みを知り、現在とこの先の未来を見据えてものづくりをしている方々のお話しを直接伺えた実りあるものだった。
 安価な海外製品が一般的になる中で、技術のある人員を確保し、高い水準の製品をある程度の規模で生産し続けることが容易でないことは想像に難くない。今回お話しを伺った皆さんの言葉には、それぞれの織物や技術、製品への愛着や誇りといった想いがにじむ瞬間が端々に見られた。実際に出来上がる布たちも、言葉に反しない出来だった。それぞれに大切にする理念(想い)があり、布を通してそれを表現している。それはこれからものづくりの道を志そうとする者にとってまぶしく頼もしいもので、どんなものをどのように作り、どう人に届けたいのか、改めて自身に問い直すべきだと気付かせてくれた。また、長い歴史のある伝統工芸の素晴らしさについても再認識し、より深く知りたいという探求心が芽生えた。自身の制作に対する姿勢を明確にできるよう、今回の研修で生まれた気付きと向き合っていきたい。