スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編1「再現性のないデータなら無い方がマシ」

堀勝先生は、染めの道60年以上の熟練の専門家です。堀先生に、これまで(株)川島織物セルコンの染色部門で手がけた仕事や、定年後20年以上にわたり川島テキスタイルスクールの専任講師として教えてきた経験、80歳を越えた今の思いなどについてロングインタビューを行ったのは2020年のこと。掲載後、国内外にいる堀先生の教え子や染色に興味のある方々から広く反響がありました。堀先生には豊富な経験や確かな技術はもちろんのこと、その教える姿には「大切な何か」があると感じます。それは本人の口から饒舌に語られるものではなく、普段の姿からにじむもの。今シリーズでは専門コースの堀先生の染色実習を取材し、その何かを見つめていきます。初回は染色データ作成の授業です。

◆なぜ染色データ見本なのか?

「データ見本を持つ必要性」を常々伝えている堀先生。根本にあるのは「せっかく学びに来てくれたんやから、家で一人でも染められる技術を身につけて、染色を続けてほしい」という思い。「染料の単色見本は染料店で手に入りますが、配合色の見本はありません。売っていない色を自分で作れるようになると染色の幅が広がります。それにデータが手元にあることで、自分で染色してみようという気にもなります。その気持ちを芽生えさせることが大事」と考えて、データ見本作成の授業を行ってきました。

本科(1年次)の染色の授業では、基本染法を学ぶと共にデータ見本を作ります。発色に限度がある天然染色に対して、出したい色を作れるのが化学染色。授業では天然と化学それぞれの染色方法の特性について、データ作成の実習を通して学びます。初めに行うのは化学染色データ作成。ウール、絹、綿、ポリエステルの糸を使って、それぞれ糸種に合った化学染料で染めて100色以上のサンプルを作成。さらに淡色から中間色、濃色、極濃色に染めてグラデーションデータの作り方も学びます。

堀先生は「作業自体、慣れると自分でできるようになる。ただ手順の中で間違えたらあかんところは特に気にかけて見ています」と言います。中でも、染料を配合して色合わせする化学染色は、数値の確認が肝。淡色の場合、染料の分量が市販のデジタル計量器の最小単位以下になることがあります。そこで、例えば0.001の単位を計る時は、熱湯で溶かして千倍に薄めた溶液にする。常に慎重さと正確さを求めるのは、計量時も配合時も同じ。はかり台にスプーンで染料を落とす時の細やかな指使い、メスシリンダーとスポイトの使いこなし方など、「こうやるんやで」とその場でやって見せながら道具を扱うコツも教えていきます。「再現性のないデータなら無い方がマシ。そうならないためには正確に計ることに尽きます」

◆はじまりは20年前、お手製カラーパレットから

現在、スクールには糸種毎に約150色のデータサンプルが揃っています(2021年6月時点)。新色も増えており、それは失敗から生まれる場合もあるそうです。「染料の計量で、桁を一つ間違えると全く違った色になる。ただ間違いの箇所をはっきりと確認できれば、その色は新色としてサンプル仲間に入れています」。計量は正確に、一方で「染色に失敗はつきもの」とそれを生かす道筋をつけるのも「楽しく染色に取り組んでほしいからな」と語る堀先生の工夫なのかもしれません。

堀先生は、スクールで教えるようになった当初に作ったというカラーパレットをそっと見せてくれました。染色データ見本を一から作るのにあたり「色数を100色は揃えたい」と考え、「まずはこのカラーパレットを作って色調とトーン毎に一つの表にまとめ、一色ずつテスト染めをし、データを作っていったんや」と。(株)川島織物セルコンの染色部門で42年勤め上げ、定年後60歳でスクールに配属された堀先生。現場で自分が染める立場から教える立場に変わって何を伝えるか、スクールに何が必要かを長い目で考えて、まずは染色データ見本を整備し、今日のスクールの染色の基盤を築いてきました。そのはじまりとなったお手製カラーパレットは、約20年経った今も色褪せることなく堀先生の手元で大事に保管されています。

化学染色データ作成の4回の授業を終え、堀先生は「作ったデータを有効に使ってほしいな。糸染めだけでなく、身近な布を染めるのにも応用できるしな」と一言。どう活用していくかは、学生一人ひとりの意思に委ねられます。

第2回「勘染め」へつづく