スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編2「『ぴったり』が勘染めの出発点」

熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。第二回は専門コース本科「勘染め」の実習です。学生に染色の魔術師と呼ばれることがある堀先生。それは糸をグリーン系に染めたかった学生が、誤ってピンク色に染めてしまったところ、先生が勘で染料を加えて一瞬にして本人が望む色に変えたというエピソードから来ています。「勘染め」の授業では、その勘で染料を加える技術の基礎を教えています。

◆  「勘染め」の出発点

「『勘染め』は私の造語。染色の最中に勘で染料を入れる染め方を、西陣の染め屋の職人さんは昔から『ほりこみ(放り込み)染色』と言っています。イメージしやすいように私の実習では勘染めと名付けました」という説明から授業はスタート。勘染めの基本は、黄・赤・青の3原色を使った色合わせ。データを使わず、染色中に少しずつ染料を足して出したい色に近づけていく。実習では、見本糸から好きな色を選んでウールの綛糸を染めていきます。

「色合わせは慣れると『そこそこ』できるようになる。でもな、そこそこでは上達しない。『ぴったり』合わせられるかどうかが勘染めの出発点。だから今日の授業では、そこそこでは止めません。ぴったりになるまで染めます」。そう冒頭で伝えた堀先生は、その言葉どおりに実習を展開していきました。

実習が始まると、初めは静かに全体の様子を見ていた堀先生ですが、学生が染色する糸の色味が出したい色に近づくにつれ、先生の動きが機敏になり、ここぞというタイミングで学生に声をかけ始めます。「そこそこ来てるね」。色見本と染色の糸を同じ向きに重ねて、学生と一緒に色を見比べます。そこで、すぐには答えを言わない。「どう思いますか?」とまずは本人に聞いて、考えさせる。続いて、こんなやりとりが繰り返されます。

 学生1「薄い」。先生「そうやな、このまま同じ割合で染料を足していって濃度を上げたらいい」

 学生2「緑色が要る」。先生「緑っぽくするには何を足す?」「……」「黄色やな」

 学生3「黄色が多い」。先生「黄味入れすぎたな。このウールは生地糸が黄色っぽいから、それも念頭に入れてな。この上から何入れたらいい?」「青」「赤はどう思う?」「赤も……」「そう、青と赤を入れよか」

◆ぴったりまであと一歩、その時に糸が呼ぶ

堀先生からの「どう思いますか?」という問いかけは、染色の糸が見本の色に近づくにつれ、糸目線で「何が欲しいと思う?」と言い回しが変わっていきます。学生にもすんなりと通じていて、そのままやりとりが続いていきます。「染めを何十年もやってると、染糸の方からどの色がほしいか呼んでいるような感覚になる。あと一歩で色がぴったり合うという時に呼ぶ。赤味が欲しい、黄味が欲しいって」と堀先生はそっと語ってくれました。

「そこそこ」から「ぴったり」に色を合わせる過程で、堀先生の集中力も高まっていきます。その穏やかな佇まいは全く変わらないのですが、瞬間の目線や、言葉がけのタイミング、手の動きなどに研ぎ澄まされた感覚がさりげなく表れている。学生が堀先生と色合わせのやりとりを重ねる経験は、糸に視点を置き、糸が何を求めているかに耳を澄ませる、そんな感覚を開くきっかけになっているようにも思えました。

染めの道60年超、82歳の現役講師の堀先生。「今は自分が染めるよりも、私が教えた人が、色合わせが上手になるのを見るのが好きやな」と、2020年のインタビューで語っていました。初めて勘染めに取り組んだ学生が「むずかしい」とつぶやくと、「勘を鍛えるのには、何色も染めて慣れるしかないわ」と。それが、長年積み重ねてこられた実感なのでしょう。だからこそ、重みをもって響く言葉です。と同時に、堀先生の糸に対する感性は、それだけではないような気がするのです。引き続き、「何か」を見つめていきます。

第3回「糸の扱い」へつづく