スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編3「糸を乱さないように、短気は損気やで」

熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。第三回は専門コース本科の織実習と連動した、染めの実習です。堀先生は授業が始まると開口一番、「今日は一汗かくかもしれん。がんばってやろか」と皆に声をかけます。この日は、それぞれが約700グラムの綿糸の精練から染色までを行うからです。この糸は1200本の経糸として布を織るのに使います。大切なのは「糸を乱さないこと」と堀先生は言い、それは「よい染色以上に大事」なのだそうです。

◆糸が乱れるのは、むしろ染色の前後

糸の精練は、一人ずつ染パイプ棒に綛を通し、全員分を大きな容器に入れて行います。水分を含んでずっしりと重くなった糸。引き上げるのに西陣の染め職人の方も使っているという「手かぎ」という道具を使い、初めに先生が手本を見せてから学生が行います。「(手かぎを糸に)まっすぐ通して引き上げる」「(引き上げる時は)糸にあそびが出ないように。ちょっとでも引っかかったら止めてな」「重くて糸が上げられない時は、こうやって鯉のぼりみたいに泳がせてほしい」。先生は細やかな動作で糸を扱うコツを手取り足取り教えていきます。糸を乱さないための注意は、糸に対する心配り。上下に動かす時、「力入れて」「よいしょ」「いけるいける」「すごいで」と先生のかけ声にも気合が入ります。初めは恐る恐る取り組んでいた学生も、少しずつコツをつかんでいる様子でした。

「精練はこのペースでいいけど染色時はもっと早く。私が染色の仕事をやってた時の見本を見せます」と堀先生は腰を入れて体の安定感を保ち、全身で糸を繰ります。途端に場の空気が引き締まり、皆が目を丸くしてその機敏かつ正確な動作に引き込まれていました。堀先生は(株)川島織物セルコンで染色一筋42年、入社当時は「2人一組になって10〜20キロの糸を毎日染めて」おり、下働きの数年は「染色の基本動作を身につける」日々だったそう。だからこそ、糸の扱いの大切さを身をもって知っているのです。

「糸が乱れるのは染色中とは限らんで。むしろ染色の前後の工程が多い」と堀先生。染色前に糸を台に置く時、ねじってある糸をほどく時、糸を染パイプ棒に通す時、染色後の水洗や脱水時などがそうで、染色中も「熱湯が染パイプ棒の筒の中から流れへんように棒の向きに気をつけて」「糸が重いと絞るの大変やろ。こうして三つ折りにして絞るやり方もあるで」と都度アドバイス。糸の扱いに気をつけるよう終始目配りしていきます。

◆相手の求めるものを聞く耳

今回の実習は織り制作のためのもので、それぞれが好きな絵画を選び、その絵に使われている色を6色抜き出して長さ8メートルの縞の布を織る実習の一環です。学生は選んだ6色に近い色見本のデータを基に染めるのですが、色をぴったりに合わせるには勘染めが必要。先生とのやりとりから、その感覚を学んでいきます。先生は元の絵画を見て色のイメージをつかんだ上で、「どうしたい?」「見本は渋めやな。何色を足すと思う?」「ここで色止めした方がええと思うか?」と学生自身が何を求めているのかをヒアリングして、必要なものを即座にアドバイス。「知識だけですべてが上手くいくわけではないで。糸種によっても吸収力が違うから、糸の状態をその場で見ながらの判断がどうしても必要」。

堀先生を見ていると、常に「聞く」姿勢を持っていることに気づきます。相手が何を求めているのかを聞く耳は糸に対してもそうで、先生は糸が求めるものに耳を澄ませます。それは染色中に限りません。以前の実習でこんな光景がありました。学生の染めた糸が絡まっていると、「こうなった時は、腹立てたらあかん。よけいに糸がぐちゃぐちゃになるから」と堀先生は言い、直すのを手伝っていました。もつれの原因は染色中や水洗時の糸の動かし方。「一定方向に優しく動かせばこうはならへん。短気は損気やで」と穏やかな口調で話し、手元を見ると糸がスルッと素直にほどけた。「私のようなゴツゴツした手よりも、細い指の人の方が糸は扱いやすいな」と言いながらも黙々と直していました。扱う本人の意識がそのまま表れるのが糸。熟練の染色の専門家が糸の扱いという基本を大切にする姿は説得力があります。そんな先生の指導の下、学生たちは糸とのコミュニケーションを図っていきます。

第4回「天然染色」へつづく