スクールをつづる

旅するタペストリー

修了展で好評だった綴織タペストリー2作品が、日本新工芸家連盟主催特別企画「第5回学生選抜展」に出品され、5月に東京、6月に京都をめぐります。

この綴織タペストリー制作は、例年専門コース1年目の学生がグループで取り組むプロジェクトです。飾る場所に合わせてテーマを決めてデザインし、大きなサイズで織り上げます。制作にあたっては(株)川島織物セルコンの各現場の専門家による講義を受けて技術を学び、スクール講師のアドバイスのもとで学生ならではの発想力を生かして織り表現を追求しています。

「こえ」2022
「おかえり」2022

今回の出品作品は「こえ」と「おかえり」というタイトルの2作で、(株)川島織物セルコン本社内と、スクールの寮の玄関への展示を想定して制作しています。「こえ」は、併設の川島織物文化館から本社本館に入るスペースを、静けさから賑わいへ切り替わる場所として捉え、声と時間の抽象的なデザインに落とし込んだ一作。「おかえり」は、窓のユニークさや光のニュアンスに注力し、学生自身が普段校舎を使っている実感をもとに温もりを大切にした作品です。

この2作品は秋になると、それぞれの場所に納品される予定です。3月の修了展を経て初夏の選抜展へ、いわば旅をしているタペストリー。旅路は続きます。お近くの方、どうぞお運びください。

第5回「学生選抜展」は第44回「日本新工芸展」の巡回展に伴って全国三都市で開かれ、タペストリー2点はそのうち東京と京都で展示予定です。

また、2020年専攻科修了生の陳 湘璇さんの作品「Permanent」が、同じく第44回「日本新工芸展」に入選しました。併せてご覧ください。

東京本展:5月18日(水)〜29日(日)国立新美術館
近畿展:6月28日(火)〜7月3日(日)京都市京セラ美術館
日本新工芸家連盟

修了生インタビュー:織りを通して「希望が生まれた」德本治子

この春、専門コース本科を修了した德本治子さんは、以前イギリスに留学していました。しかし、新型コロナの影響により中断を余儀なくされました。帰国中に川島テキスタイルスクール(KTS)のワークショップを受講したのを機に、専門コースに入学したのが2021年のこと。「集中して学ぶ」と決め、本科で一年間みっちりと取り組んだ先に視界が開けた德本さんに、今の思いを語ってもらいました。

light (2022) 

◆  家にいる時間が長かった。だから光に目が向いた

−−德本さんが初めてKTSに来たのは、2021年2月に開催された染色ワークショップでした。いつまたイギリスに戻れるかわからなくて困っていた中で、専門コース入学を決めました。

あの時、身動きが取れなくて迷っている最中で、半泣きみたいな状態でした。スタッフの方に話しかけていただいて、それがなかったら今ごろ自分はどこにいただろうって思います。学校を見学させてもらったり、修了展で留学生の絣の作品を見て面白そうと思ったり、ワークショップ時に堀先生に「染色するなら織りをやった方がいい」と言われたのも思い出して、駆け込みで入学願書を出しました。私の場合、最初から織りと決めていたわけじゃなくて、テキスタイルを学びたいと思っていました。やっていくうちに織りが面白くなって、一年後の修了展で自分がこんな(高さ2メートル以上の)大きな作品を作れるようになるとは思わなかったです。

−−どうして、作品の着想がスクールのアトリエだったのでしょう?

建物内の光はずっと気になっていました。特にKTSのアトリエって建築としてもきれい。窓が多くてガラスが大きくて、外から入ってくる光をいつも感じていました。部屋の中で幸せを感じるのって日光を浴びたり、光がきれいに入ってきたりする瞬間。特に家にいる時間が長かったので、内に希望を見つけられるものがいいなと思って、光をモチーフにしました。

light (2022) 
アトリエの中で見つけた光と影

−−学校生活はどうでしたか?

すごく集中できました。特に東京の大学生活は、都会のいつも車が走っているような環境でしたが、ここは自然に囲まれてせかせかしない。疲れたら散歩できるし、夜も静かで心地いい。修了展に向けた最後の一カ月は、夜アトリエが閉まるぎりぎりまで織って、さっとお風呂に入ってすぐ寝る、また朝が来るみたいな毎日で(笑)、寮に入ってよかったです。

◆学位より技術を学びたい

−−德本さんは当初、テキスタイルを学ぶのに海外の大学院進学を希望していましたが、方向を変えました。KTSで学ぶ中で学位にはこだわらなくなったのでしょうか? その変化について聞かせてください。

技術を学びたい方向に変わったので、大学院ではないのかなと思ったんです。本科に入って綴れや絣、組織などを学ぶ中で、織りは技術が必要だと実感しました。技術を少しずつ積み重ねて、ステップアップしていくのが面白くて。やっぱり海外で学びたい気持ちは変わらないので、スウェーデンのテキスタイル学校に出願する予定です。そこはKTSに似た環境と教えてもらったので、引き続き技術を習得したい。やっぱり数をこなして技術を上げていかないと作りたいものを作れないし、そこを強めてから社会に出たいと思っています。

−−本科生は皆、仲が良さそうに見えました。それはコロナ下で共に過ごしてきた影響もあるのでしょうか。オンラインではなく、生の空間で学んだことが大きかったですか。

そうですね。人と会う回数がめちゃくちゃ減った分、学校ではクラスメイトと積極的に話しましたね。少人数制で話しやすかったのもあります。グループ制作でもかなり話しました。そうしないと一緒に作れないので。言葉のすり合わせも必要で、例えば「落ち着く」でも互いに受け取り方が違う。それで普段からよくコミュニケーションを取るようにしていました。「話してみる」ができるようになったは、私がこの一年で変われたところです。ちょっとの勇気なんですけど、それができると人間関係や自分の今後に影響が出るのかなと思います。

◆  手を動かして、再びつくる・生きることに希望が持てた

−−KTSで学んだ手応えは?

初めに基礎をしっかりと教えてもらえたのはすごく助かりました。KTSでは技術を積み上げていけるので。特に織りは一つひとつの過程をきちんとやらないと後々に響くとわかったし、全体を通して丁寧な仕事を学びました。大学の時は自由すぎて、私の場合は逆に何をしたいのかが定まらなかったのですが、この学校に来て、制約の中のものづくりが向いていると自分を知れた。織りの計画性が好きで、教わった技法の面白いところを生かしてデザインする。そこにスッと入れて集中できたのがよかったです。

周りの人に助けてもらいながらヨタヨタと立ち上がり、気がつけばちゃんと目標ができて、自分が納得できる作品をつくって一年を修了できた。コロナ下だから残念なこともありましたけど、いいこともあったなって今は思えます。

−−これからの織りとの関わりについて、今の気持ちを教えてください。

やっぱり織りに関わる仕事がしたいです。そうやって、ちゃんと欲が出てきてくれたのがよかったなって思います。コロナ下の影響で、一時は何もしたくないという状態まで落ち込んでいたので。入学当初は手を動かすのも慣れず、戸惑いもありました。そこから次第に自分なりの織りの面白さを見つけられて、もっといいもの作りたいという気持ちが生まれたんです。それは私にとって、再びつくること、生きることに対して希望を持てた瞬間。手を動かすことから始めたのがよかったのかもしれないです。

一年が経ち、また春が来て、気持ちの切り替えができました。自分にとっては必要な時間だったのかな。ここまで来られて本当によかったです。今、世界の情勢が不安定で渡航すらも難しくなってきているんですけど、それでも進んでいきたい。世界に対し、美しいものをつくることが私たちにできる抵抗の一つだと思うから。これからも織りの豊かさ、ものづくりの尊さ、何よりも楽しさを忘れずに、織りと向き合っていきます。

>>2021年10月に掲載した、「在学生の声(専門コース本科)」の記事です。
在校生の声1(2021年度・専門コース本科)「過程の面白さに気づいて」德本治子

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編6 「染色を好きになって、続けてほしい」

熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。最終回は、専門コース専攻科(2年次)の学生が取り組む作品制作のための染色です。織り作品をつくる過程において、初めに行う糸染めは、要となる部分。そこでどんな色が出せるかによって完成形が決まると言っても過言ではなく、専門家に相談できるのは学生にとって大きな安心です。専攻科の学生の一人が取り組んでいる、着物制作の染色を取材しました。着物を織るのに必要な絹糸を染めるのに、学生は糸の準備から、その扱い、試色、染色、仕上げまで、先生からマンツーマンで指導を受けます。

この動画は「精練」の一場面です。天然繊維に付着した汚れなどを取り除くための作業で、生糸の場合は表面を覆うセリシンという糊状の成分を落として絹本来の光沢と質感を出すのが目的。この日は、経糸用の生糸を40〜50分ほどかけて精練しました。時間をかけて、ゆっくりとセリシンを落とすことが「シルク特有のしっとり感を残すコツ」と堀先生は言い、まずは一連の動作をやって見せます。先生の糸を繰る動きは、なめらかで機敏。糸を絡ませないためのコツが随所にあり、動作を繰り返すうち、程よい間合いやリズム感が生まれてきます。しかし、慣れない学生にとっては難しいもの。特に繊細な絹糸は絡まりやすく、糸の扱いにも細心の注意が必要です。


◆「もうちょっと」を繰り返す

染色は、経糸、緯糸、絣糸と段階を追って進めていきます。絣糸を染色する日、学生は自ら括った千本もの絣糸を大事そうに抱えて持ってきました。学生は、糸を束にして括る作業を数週間かけてやり通し、満を持してこの日を迎えたのです。これだけの量の絣糸を染める学生は珍しく、「僕もいまだに勉強や」と堀先生は言います。先生は、染色職人として42年の土台の上に、スクールで20年以上教えている熟練者。それでも毎回、学生と同じ目線に立ち、新鮮な目で染色と向き合うところから始めています。

絣糸を括る作業は地道で時間がかかるのに対して、本番の染色は一発勝負。事前に何の染料を使い、どういう方法で染めるかなどを相談し、先媒染までを済ませた状態で、学生はこの日に臨みました。「思った色になりにくいから、天然染色は難しいで」と、先生は念を押します。この日染めるのは紫、緑と黄緑色。紫には紫根を、緑には緑葉エキスを使い、そこから黄緑色に変えるのに、試色時はカリヤスを用いたのだそう。ところが本番では緑色は出ず、初めから黄緑色になるというアクシデントが起きます。すぐさま、「藍を足そか」と機転をきかせる先生。そして染料とお湯の量を調整しながら、学生が望む色に合わせるためにアドバイスをします。

染色では染めるたびに室外に出て、外光の下で染まり具合を確認。先生も生徒も、色と向き合う表情は真剣そのもの。「どうや?」「もうちょっと」。再び染色し、何の染料をどのぐらい足したのかを記録していく。そうして何度も「もうちょっと」を繰り返す色合わせのセッションが続きます。「いい色になりました、先生!」と、学生の声のトーンが上がった瞬間、色が合ったのを確認した先生の顔もほころびました。「最後にもう一回染めとこか」と先生は言い、仕上げを経て「思った色になりました」と、学生はほっとした様子でした。「もうちょっとのあんばいが難しい。そんな時、先生のアドバイスはとても参考になるんです」

◆染色を広く、深く

堀先生の染色の授業に入り、その教える姿から「大切な何か」を探っていった今回のシリーズ。実習ではデータ見本を持つ必要性から始まり、ぴったりの色合わせが出発点になるという勘染め、糸を乱さないための基本動作や、糸との向き合い方など、染色を広く、深く学べるスクールの側面を紹介してきました。

先生を慕い、アドバイスを求める学生は多く、先生は「僕も、(年齢的に)もうそんなに長くはいられんけど、もう少しおらなあかんな」と穏やかに話します。根本にあるのは「染色を好きになってほしい、続けてほしい」という思い。「大切な何か」とは、このシンプルさに立ち返るように思いました。そこが一切揺らぐことなく、どの実習でも学生に接する態度からにじみ出ていたからです。

次の一年も、堀先生は学生に寄り添って歩み続けます。


おわり

〈取材が終わって—堀先生のつぶやき〉

 2021年4月の初回から半年以上にわたり、スクールのスタッフによる密着取材を受けてきました。主旨は、授業内容そのものよりも私の「教えている姿」ということ。自身ではどうすることもできないテーマで、まさにありのままを取材してもらう「まな板のコイ」の心境でした。記事には、授業で私が意識していない言葉や動作、生徒とのやりとり等が汲み取られていて、掲載のたびに気恥ずかしさもありました。

 前年度に受けたロングインタビュー「染がたり」から、今回のシリーズの取材を通じ、私自身も改めて今までの長い染色人生を振り返ることができました。80を超えた今になって、このような機会にめぐり会えて感謝です。インターネットを通して国内外から、このシリーズ記事をお読みくださった皆さん、ありがとうございました。来年度は、取材のプレッシャーから解放されます(笑)

スクールをつづる:染色・堀勝先生の実習編5 藍染め「元気のいい色を目に焼きつける」

熟練の染色の専門家、堀勝講師の専門コースの実習を取材し、その教える姿から、大切にしたい「何か」を見つめたルポシリーズ。昨年から連載していた続きを再開します。第五回は、本科の染色実習最後の藍染め、そして一連の染色の学びを終えて、見えてきたことについてです。

スクールでは藍を育てており、ワークショップで生葉染めや乾燥葉染めに使っています。また、専攻科の実習で天然藍の「発酵建て」に取り組んだ年度もあります。奥深い藍の世界ですが、本科の染色実習では藍染めの入口として、化学藍(インジゴピュアー)を使った「化学建て」を行いました。

◆「やってみる」のが実習

授業では初めに、藍に関する基礎講義が行われました。火を一切使わずにできる藍染め。藍の色素はそのままでは水に溶けないため、還元という操作を行い、一時的に水(アルカリ液)に溶解させる。そうして還元(酸素を抜いた状態)した液で染め、空気に触れて酸化させる。そんな藍の発色の仕組みについて、説明を聞くだけではピンと来ない。それを「やってみる」のが実習です。

今回行った化学建てでは、まず染料にアルカリ剤と還元剤を入れた原液を作ります。次に染浴を用意し、その中に原液を加えて、好みの濃度にしていきます。先生は、やや緑味を帯びた黄色の液を見せて、「これが元気のいい色やで。目に焼きつけておこか」と皆に伝えます。その色が「きれいに染まり、染め付きがいい」状態だからです。それから、糸を染浴に浸け、できるだけ空気を入れないように、そっと繰ります。「藍染めの場合は、なんぼ浸けるのに時間をかけても色は濃くならへんから、短時間(2〜3分)で。濃くしたかったら、浸けて、絞って、酸化を繰り返すんやで」と堀先生。

染液から上げた糸は、空気に触れるにつれ、黄から緑、そして青へ。瞬く間に変化していく様を見逃さないように、学生たちは前のめりに見入っていました。その後の実習では、先生の指導のもとでデザインを考えて、板締めと絞り染めに挑戦。この授業では、これまで学んだ染法とは全く異なる染めを学びました。

◆染色は「ワクワクした」

堀先生の本科の染色の授業は、今回の藍染めが最後。化学染色のデータ見本作成から始まり、勘染め糸の扱い天然染色と、様々な技法を学んできた学生たち。全ての染色実習を終えて、こんな実感が語られました。

化学染色のデータ見本作成については、「サンプルがある頼もしさがあった」と学生の一人は話しました。「大学で染色を学んだ時は、サンプルがなくて染めるのが不安だったけど、ここでは安心して取り組めた」と。勘染めでは、「三原色から色を出すという、色の基本が身についた。目の前で起こる、色の変化を見るのが学びだった」と語る学生もいました。織りと連動した実習では、「自分が出したい色に染めるのに、堀先生は生徒と同じ目線に立って考えてくれた。だから納得いくまで粘ることができた」という声も。スクールで初めて染めを学んだ学生は、「何も知らなくても最初からきちんと教えてもらえたから、私にもできる、と自信がついた」と笑顔を向けました。

皆、口を揃えて言ったのは、染色は「ワクワクした」ということ。染色の一連の授業を終えてなお、学生たちが生き生きと染色の学びを語る姿を見て、こんな思いが浮かびました。堀先生はワクワクの種を学生の心にまいたのではないか。先生の授業を通して染色に出会い、その喜びを味わった学生一人ひとりが、これからは染色の喜びを、自らの手で育んでいけるように。

第6回(最終回)「作品制作のための染色」へつづく

修了生を訪ねて:布づくりからの洋服づくり「のの」長友宏江さん

川島テキスタイルスクール(KTS)の専門コースでは、年に一度、織りを仕事にしている修了生による授業を行っています。2000年度に専攻科を修了した長友宏江さんは、10年に「のの(nono)」というオリジナルブランドを立ち上げ、布をつくり、洋服や鞄、小物の企画、デザイン、製作、販売までを手がけている方です。校外学習として、長友さんのアトリエ兼ショールームを訪ねました。そこで学生の頃の作品や、今実際に販売している洋服や布小物、生地サンプルなどを見せてもらいながら、これまでの学びや仕事の経験を、どう製品づくりに生かしていったのかなど、お話を伺いました。

◆拠点も人生も、DIY精神で

長友さんは2021年2月、それまでの10年間ショールームを運営していた場所を離れて、同じ京都市内の一軒家に新たな拠点を立ち上げたばかり。案内してもらった2階のショールームはアットホームな雰囲気で、壁塗りや床張りなどのリフォームは自ら行ったそうです。その自分でやるというDIY精神は、ご自身の人生にも通じていて、「学生時代に取り組んだことが、今に至るまでずっとつながっているんです」と、長友さんはにこやかに話し始めます。

子どもの頃からつくるのが好きだったという長友さんは、「洋服を仕立てる仕事がしたい」と、まずは服飾の大学へ進学しました。そして「自分でつくった布で仕立てたい」という強い思いのもと、卒業後に家庭科の講師をしてお金を貯めて、KTSに入学。織りと染めの基礎を学んで、自分が純粋に魅かれるものを探し求めた先にステッチの面白さに目覚め、2年目の専攻科では、あえて織りをやらずに、ひたすらステッチの作品づくりに取り組んだと言います。当時身につけた独自のステッチ使いは、現在もカバンや帽子などの製品づくりで生かされています。

綴織の緞帳製織の仕事を経て、その後、母校の大学で助手として勤めながら大学院へ進学。「多重織りの洋服をつくりたい」、構造や質感など「テーマを決めて織る」という目標を持ち、洋服制作を行ったそうです。多重織りの洋服づくりは今も続けていて、学んだことを製品に応用するのに、素材やストレッチの強度、形を変えるなどして、着心地を良くするための工夫をしています。

◆一人でも続けていく

次に求めたのは、編みの仕事。卒業後は生地から企画・デザインして洋服をつくるジャージ製造会社に就職しました。そこで使っていたのは丸編み機という、丸く筒状に生地を編むニットの機械で、中が見えない編み機の仕組みを理解するために、「部品を外し、分解した状態で各パーツをスケッチして、頭に叩き込んでいました」と。そう当時の経験を語る長友さんは、どこか楽しそう。機能や仕組みが細かく記されたページを「結構面白いです」と言って見せてくれました。「針が通る道があり、どこに引っ掛けて編んでいくか、どこで糸を上げ下げするのか。織りも同じですよね。仕組みを知らないと、うまく使いこなすことができないと思うので」

「のの」の製品には、手織りの他に、編み地のものも多く、なかには当時の勤務先で培った技術を自ら展開させたものもあります。長友さんは一枚のショールを見せて、端っこを縫わない工夫を説明。それは勤めていた会社で自ら編み出した方法だそうですが、その後、会社は倒産。しかし、そこであきらめないのが長友さん。「じゃあ、私やろうかな」と、一人でも続けていったそうです。当時、勤務が終わってから夜な夜な取り組んでいたという、たくさんのサンプルづくりも、現在の製品づくりに生かされています。

◆好きなことを続けるために、補う何かを持つ

いま、独立して10年。ショールームに並んでいる製品は、長友さんがこれまで学びや経験を糧にして、幅を広げてきた賜物なのでしょう。オリジナルな魅力にあふれた製品の数々には、長友さんの静かな情熱が込められています。

「ただ単に好きなことをして暮らしたいという、わがままなやつなんです」。そう穏やかに笑う長友さんですが、「安定はしない」という現実も伝えます。とくに、ここ2年近く続いているコロナ下で、展覧会などのイベントが軒並みキャンセルになっている状況。そこで「一つの道だけじゃなく、それを補う何かを持っておく」と再確認したそうです。「私の場合は家庭科の免許を取ったのも、大学院に行ったのも、教える仕事で生活を安定させるためでもありました」。それが、好きなことを続けていくための道、と。

その上で長友さんは、「やりたいことはやった方がいいかな。やらないでいると、たぶん後悔すると思うんです」と、まっすぐに語ります。「大変な状況でも、いろいろ考えればできちゃうもんなんで。あの時、コロナで大変だったからあきらめたというよりは、大変でも、やったって思う方が力になる」

いま、スクールで学んでいる学生たちも、それぞれに昨年からの大きな変化で自分を見つめ直して、やっぱり手織りを学びたい、続けていきたい、という思いで日々、制作に励んでいます。だからこそ、いま、長友さん自身の実感から語られたことは、ストレートに胸に響いたことでしょう。最後に長友さんは、こうエールを送りました。「大変な時期を乗り越えた自分というのが、後々すごく力になると思うので突き進んで。私も突き進みます!」

◆  長友さんにとって織りとは? 「楽しみなこと」

何もないところから、何を自分が選ぶかで形にしていける。織りにしても編みにしても同じですが、縫製など自分が手を加える範囲が狭い状態で洋服になり、織ったまま、編んだままで着られる。そうやってゼロから100まで、すべて自分でやる楽しみがあります。出来上がりを想像する楽しみもあって、想像を超えたものができたりもする。それが面白いです。

〈長友宏江さんプロフィール〉

ながとも・ひろえ/杉野女子大学(現・杉野服飾大学)卒業。家庭科の講師を経て、川島テキスタイルスクールで学ぶ。2000年、専攻科を修了し、織物会社で綴織の緞帳製織に携わる。東京に戻り、母校の大学で助手をしながら多摩美術大学大学院美術研究科へ進学。卒業後、ジャージ製造会社に就職し、ジャージ生地のデザイン・企画・製造を担当。07年から10年まで、atelier KUSHGULに参加。10年10月に「のの」を開業。

website: nono
instagram: @nono_2010.10

スクールの窓から:「好きを信じる、その心を持ち続けるのが基本です!」西陣絣加工師・葛西郁子さん工房訪問

京都が産地の「西陣絣」。その絣づくりを担うのは、絣加工師と呼ばれる職人さんですが、80代、70代と高齢化が進んでいます。いずれ後継者がいなくなる状況を知って職人の世界に飛び込んだ葛西郁子さんは、現在、唯一の若手西陣絣加工師として活躍している方です。専門コース「表現論」の授業で、西陣にある葛西さんの工房を訪ねました。

京町家の奥行きのある部屋。紫と白の鮮やかなコントラストの糸束が、目線と同じほどの高さで、手前から奥にピンと張られています。「経巻きのセッティング中なんです」と、葛西さんは作業の活気そのままに迎え入れてくれました。はじめに、西陣絣加工師について「ザ・絣の経糸をつくる職人」と力を込めて紹介する葛西さん。それは織るでも染めるでもなく、「絣をつくる」に特化した仕事です。日本各地に絣の産地があるなかで、西陣絣の特長は「経糸」をずらす経絣であること。先染めした糸を組み替えたり、ずらしたりして模様を作り出す技法で、全盛期だった1950年代頃は、おもに絣御召というおしゃれ着用の着物に使われてきたのだそうです。

葛西さんは師匠から授かった当時の生地見本を見せながら、西陣絣の変遷や、現在の仕事の流れなどを教えてくれました。「西陣の絣の最大の特色は、高さのある梯子(はしご)という道具に経糸をかけて、縦方向にずらす」と、実際の道具を見せながら説明。「大胆なずらしや、幾何学模様の面白さがあって、私は学生の時に初めて見てショックを受けたんです。何これ!? かわいいし、楽しいし、ずらしのレベルが半端ない。何この角度、うおー!って」。その語り口にも、西陣絣への情熱がほとばしります。

絣の着物制作に励んでいる学生から、「括り」の技術に関する質問が上がると、葛西さんは実際に西陣絣で用いる技法をやってみせながら説明してくれました。1つ聞けば、5倍は返してくれる。一つひとつの手順とコツを、実地に基づいて具体的かつ丁寧に。そんな葛西さんのオープンな姿勢からは、西陣絣を伝えたいという思いと、広い意味での織物に携わる仲間として、学生に接してくれる親身さを感じました。

葛西さんは、着物や帯、能衣装、神社の几帳の制作などの伝統技術を継ぐ仕事のほか、西陣絣を今とこれからに生かす仕事にも取り組んでいます。ファッションの仕事ではイッセイ ミヤケのコレクションに、手がけた絣の生地が4シーズン連続で採用され、パリ・コレクションで披露。2015年からは「いとへんuniverse」という団体を仲間と立ち上げて、西陣絣をつくるだけではなく、その魅力を伝える活動を精力的に行っています。

学生に対して、「がんばろうね、日本のものづくり」と声をかける場面も。織物の業界自体、存続が厳しい現代において、織物を仕事にすることは、たやすいことではありません。それでも、その厳しさを跳ね飛ばすほどの「好きの力」を葛西さんは持っていて、実際に道を切り開いて体現しています。最後に、学生に向けて、こんなメッセージをくれました。

「好きを信じる心が大事。織りがいいなと思ったら、その心をとにかく持ち続けること。これ基本です!好きって思う気持ちが、とにかく、すべてを救ってくれるので。曖昧に聞こえるかもしれないけど、ほんとにこれは事実だと思う。そうやって私もやって来られたし、この仕事にも巡り会えたので。そのご縁で出会えている人たちは面白い人ばかり(笑)。織りを続けていく上で、困ったことがあれば何でも聞いてください」

◆  葛西さんにとって西陣絣とは? 「生きがい」

師匠との出会いで、西陣の絣はすごい!と思ったのが始まり。今は後継者が私一人なので、絶やさないで次につなげていくという使命感でしかないです。何より大好き。寝ている時も糸を括る夢を見るぐらいに好きすぎて、生きがいです。

西陣は基本的に分業ですが、いろんな職人さんと横のつながりがあります。私の仕事でも染め屋さんや整経屋さんと相談して、お互いの次の仕事が良くなるよう、高め合いながらやっています。そんなチームで作っている感覚を味わえるのも、やりがいです。

〈葛西郁子さんプロフィール〉

かさい・いくこ/京都市立芸術大学美術学部大学院修士課程修了後、同大学で非常勤講師として勤務。西陣絣の後継者がいなくなると知って、職人の世界へ。2010年から西陣絣伝統工芸士の徳永弘氏に師事。15年に独立し、葛西絣加工所を開く。唯一の若手西陣絣加工師として仕事をし、「いとへんuniverse」の活動も行う。

website: いとへんuniverse

instagram: @itohen_universe @itohenmirai
facebook: @いとへんuniverse

スクールの窓から:北欧の織りを学ぶ「昔の人の知恵と工夫を感じて」

その世界観に憧れを抱く人も多い、北欧の織り。専門コース2年次の専攻科では、「北欧の織り」の4日間の実習が行われました。講師は「北欧手織りのアトリエ LAILA」を主宰している白記麻里さん。授業では、スウェーデンの伝統的なダマスク織りを学び、自らデザインを考えてプレースマットを2枚織りました。本場ではダマスク装置が付いている専用の機を使って織りますが、その織り機がなくても、スクールにある天秤機に“工夫”を施すことで、ダマスク織りができる。織りの技法に加えてその工夫を学べるのが、この授業の醍醐味です。

ダマスク織りは、表裏で配色が逆の同じ組織で構成。なめらかな曲線やリピート柄など、好きな箇所に自由にデザインをし、複雑な模様が織れるのが特徴です。現代では、経糸を上げる特殊なダマスク装置が付いた織り機が使われていますが、その昔は身近な道具を駆使して織っていたそう。この授業では、昔のやり方に倣った方法で織るのに、天秤機に穴の大きい綜絖を取り付けて、専用のスティックを使います。そうして「昔の人の知恵と工夫を感じていただきたいです」と白記先生は話します。

ポイントは、スティックで経糸をすくい上げる「ピックアップ」という技術。経糸の一部にスティックを垂直に通して、織る、また違う経糸にスティックを通し直して、織る。そうして、1本ないし2本以上の異なる大きさのスティックを駆使することで、織れる柄の幅がぐんと広がります。イニシャルなどの曲線や、複雑なパターンのサンプルを見ながら「こんな織り方ができるのか!」と学生が目を見張っていると、「夢が広がりますね」と白記先生は語ります。

織り機と道具、柄の出方の仕組みを理解しようと頭がいっぱいになっている学生たちに対し、「大丈夫、楽しいから」とにこやかに話す白記先生。学生たちは実際に織り始めると、スティックですくって織って、模様が出る面白さに気づいていき、それぞれに没頭。「もっと複雑な模様にしたい」と意欲が増していき、最終日を迎える頃には、晴れやかな顔でサンプル織りを仕上げていました。

技術を応用し、これまで学んできた織りの経験と結びつけて考えることができるようになった2年目の学生たち。以前に習った組織織りとの違いとして、ダマスク織りは「織っている途中で、模様を入れたい部分にポイントで入れられる」と気づき、また一つ、技の幅を広げることができました。学生の一人からは、こんな声も。「専攻科に進んでから、綟り織りにしても、今回のダマスク織りにしても、天秤機一台で、少しの工夫をすることで、いろんな織り方ができると知りました。織りは、まだまだ奥が深い!」

この授業のポイントである「工夫」は、白記先生ご自身が大切にしていること。スティックの他にも、ゴムや手鏡、透明シートなど身近にあるものを使った工夫のヒントが、授業のなかに散りばめられていました。不便と思ったときに、そこで工夫の余地があるかどうか、ちょっと考えてみる。自分が学んで「へぇ〜」と思ったことや、自ら改良したアイデアを惜しみなく分かち合ってくれた白記先生。「結論として、このピックアップの技術を考えた昔の人はすごい、ということですね。これからの創作活動で生かしてもらえたら嬉しいです」と伝えました。

◆白記先生にとって織りとは? 「戻ってくる場所」

アトリエを開くまでは、仕事をしながら織りを学び続けていました。別のことをやっていても、どこかで織りとつながっていたかったんですね。祖父が織物に関わる仕事をしていて、昔から身近にあったので。私にとって織りは、一時離れても、また戻ってくる場所。学びに来てくれる人の、織りの悩みを解決するのが、私の喜び。人生の節目で織りに救われてきたので、織りを通して人の役に立てたら嬉しいです。

〈白記麻里さんプロフィール〉

しらき・まり/高校時代にホームステイしたフィンランドで、織物に出会う。立命館大学文学部地理学科卒業後、北欧専門の旅行会社に勤務。2003年、川島テキスタイルスクール専門コース本科修了。たびたび北欧を訪れ、現地やアメリカ、東京などで北欧の伝統技法を学ぶ。2015年より、北欧手織りのアトリエLAILA を主宰。

website: 北欧手織りのアトリエLAILA