スクールをつづる

スクールをつづる:綴織編4 海外グループの声 「場所に惚れ込み、情熱的な織り仲間と共に毎年KTSへ」テキスタイル・アーティストNatalie Millerさん

洛北の自然豊かな環境で織りに没頭できる空間や、伝統的な西陣綴機で織る経験に価値を見い出し、インスピレーションを受けられると海外から継続的に川島テキスタイルスクール(KTS)に綴織を学びに来られる作家グループがいます。オーストラリアを拠点にテキスタイル・アーティストとして世界で活躍するNatalie Millerさんと、その仲間の方々です。

綴織編シリーズ第4回からは3週にわたり、Natalieさんと、参加者のうち初回から連続で受講している2人に、受講の動機や、KTSで印象深いことについてお話を伺った内容をお届けします。まずはNatalieさんのインタビューから。

——グループでツアーを組んで、KTSで綴織ワークショップを継続的に受講するようになったきっかけは何でしょうか? ご自身の織りの経歴と併せて教えてください。

私は建築家であり、テキスタイル・アーティストです。オーストラリアでタペストリー制作を何年も行っています。タペストリー織りを教え、織りのリトリート・ツアーを主催し、世界の織り文化が発達している地域を旅しています。KTSで織りを学んだAroonprapai (Prang) Rojanachotikulさんがいるタイで、サムイ島にリトリート・ツアーを開催したことがあります。PrangさんはKTSのことを絶賛していて、興味をそそられて私も行くしかないと思い、6年前に訪れました。初めての訪問では感動しきりで、壁に掛けられた大きな綴織のタペストリーの数々、制作中の織物、織り機、ウール糸、色彩、染色室、言うまでもなくタペストリー工場も素晴らしかった。この場所を織り仲間たちに知ってもらわないと、私がそうであったように、仲間もこの場所に惚れ込むだろうと確信しました。

初回のツアーでは、KTSの熟練の染色の専門家によるワークショップ、翌年は染めと1週間の綴織タペストリーのワークショップを受講。私たちのグループは皆、織りに対する情熱のある人たちばかりで、それは制作プロセスでも表れています。織りに6日間を費やし、非常に緻密で複雑な構造の織物を作り出すことができる美しい手製の機を使って、日に14時間織ることもありました。

——綴織担当の近藤先生のアドバイスやサポート、やりとりで印象深かったことはありますか?

近藤先生は才能のある織り手で、綴織をはじめ様々な織りに関する豊富な知識を持っています。綴れ帯を織る彼の情熱は、その作品の中にある複雑な織り模様の細部に証明されています。彼は、デザインや細部にわたる素晴らしい知識を持っていて、私たちに多くの技法を教えてくれました。生徒に対して寛容でとても忍耐強い。スクールには英語の通訳もいてくれるので、先生とのやりとりもスムーズに運びました。技法を教える時はすべて、まずは先生が実際にやって見せる視覚的な説明もあったので、プロセスを理解するのに大いに助かりました。

——KTSでの経験で、どのような影響を受けましたか?

過去4年間、毎年12月はKTSで織りに打ち込む時間を過ごしていて、毎回とても楽しみにしています。残念なことに、2020年は新型コロナの影響でキャンセルせざるを得ず、もしかして2021年もそうなるかもしれない。ですが、私は将来再びKTSで過ごせる時間をとても楽しみにしています。他にはない素晴らしい経験なので。このスクールは、京都の山々や美しい寺に囲まれた場所にあります。冬には雪が降り、土地の温泉もある。近藤先生に教えてもらったいくつかの素晴らしい技法は、今も日々実践しています。日本の京都のKTSで過ごす時間、KTSのスタッフの温かさと熱意が作り出す素晴らしい経験、このような機会を得られることにとても感謝しています。

the flowers of the sun (2019)
website: Natalie Miller
instagram: @natalie_miller_design


スクールをつづる:綴織編3 「1年の学びの集大成、タペストリーのグループ制作」

専門コース本科(1年次)では、個人制作とグループ制作を1年の集大成として取り組んでいます。川島テキスタイルスクール(KTS)綴織編シリーズ第3回は、綴織のタペストリーのグループ制作を紹介します。作品は地域社会とつながる機会にもなっており、近年は、保育園や老人福祉施設と提携して、グループ制作で作ったタペストリーを施設に飾ってもらっています。学生にとっては自己表現だけではなく、飾る場所を考えたデザイン・制作のやり甲斐になっています。

竪機での制作風景 (2015)

毎年冬になるとスクールのアトリエには、縦幅およそ2メートル・横幅約3メートルの垂直の竪機(たてばた)や、水平の臥機(ねばた)で、綴織のタペストリーを懸命に織る学生たちの姿があります。使う人の思いを汲んで、喜んでもらえるような作品づくり。施設の理念を学び、作品のテーマを決め、飾る空間に合わせてデザインを考え、原画を描き、(株)川島織物セルコンの専門家による講義を受けて織下絵を作り、スクールの講師の助言を受けながら約7カ月かけて織り上げていきます。大きな作品を作るには場所も時間も必要になり、学生時代だからこそ挑戦できる面があります。2〜3人が1グループになって、それぞれが得意なところを生かし、また助け合う。一つの作品を共に作るのは時に苦労はありますが、出来上がった時の喜びもひとしお。施設の方々からは「心がいやされる」「温かみがあってほっとする」といった声をいただき、学生たちの励みになっています。

夢を抱いて (2017)
1280 x 1870mm
市原野児童館

2020年度本科生が制作したタペストリーは、このほど完成したばかり。仕上げ加工を施し、春には近隣の福祉施設やスクールの玄関に飾られる予定です。それに先立ち、3月10日(水)から京都市美術館別館で開催される修了展で初めて披露されます。修了展期間中、SNS(instagram/facebook)でも配信予定です。どうぞお楽しみに!

* 次回の綴織編4は、春休みをはさんで4月に更新予定です。

スクールをつづる:綴織編2 綴織担当・近藤講師インタビュー 「継ぐ−−ちょうどいい着地点を探って」

川島テキスタイルスクール(KTS)綴織編シリーズ第2回は、綴織が専門の近藤裕八講師のインタビューです。「継ぐ」を意識したKTSとの出会い、綴帯制作に邁進した学生時代、川島織物でのインターン、綴織を教える姿勢や織物に対する今の思いについて話を聞きました。

グループ制作のタペストリーを織り上げた学生と共に。
「機から下ろした瞬間、重さや柔らかさなど質感が手にズシッと感じられる。糸と向き合って積み上げてきたものが形になったという実感を得られて、『できたね』『終わったね』という喜びと安堵がこみ上げてきます。完成に向けての段取りを頭の中で考えながらも、学生たちには、とりあえず『おめでとう』という気持ちです」

◆講評会で綴帯の作品を見て「ビビッときた」

実家は呉服店。高校卒業を前に将来を考えた時、家業を継ぐ道が視野に入ったという近藤講師。愛知県で祖父の代から始めたお店。日常で着物を着る文化がない町で営み続けている家族の背中に、「できるなら続けてあげたい」という気持ちが自ずと湧いてきたそうです。着物を勉強しようと思い、雑誌『美しいキモノ』の掲載広告を見てKTSへ。2006年の専門コースは既に定員オーバーで、デッサン教室に通いながら1年待って入学しました。

綴織に魅かれたのは本科1年の講評会がきっかけ。先輩の綴帯の作品を見て「ビビッときた」。織実習でタペストリー制作はしたけれど、帯の綴織の細やかさや美しさに特別な魅力を感じたそう。そういえばKTSを作った川島織物も綴織が得意と聞いた。ここで綴織を学ぶ意義を見つけて専攻科2年に進み、綴帯の制作に方向を定めます。

◆手足の動かし方や打ち込むリズムが違う

専攻科では「難しい」と言われる無地織りや他の技法を練習し、細かな綴織を織る手の感覚をなじませて作品制作に取り組み、創作科3年次には川島織物セルコン制作部綴室でインターンを経験。「商品を作る現場では、質と併せて生産効率で動く。円を織る比率の緻密さや、無地と柄を織る時の手足の動かし方の違い、緯糸がきれいに入るコツなど、無駄のない『動き』を間近で見たことや、現場の職人さんからのアドバイスが勉強になりました」。正確に一定のリズムを刻んで織るテンポも製作現場ならでは。「織る音にも特徴があって、綴帯は緯糸を入れて打ち込むリズムが『シャ・タン、シャ・タン』とタンで一度打ちするので強く大きい音になるんです」。体で覚えた技術を、今度はスクールでの創作活動に組み込んでいきました。

創作科として更に1年学びを続け、再びインターンへ。今度は呉服開発グループで社内デザイナーから図案作成を学び、モチーフに合った滑らかな線を描けるよう訓練を受けました。並行してスクールの創作では、綴帯に自らデザインしたマーブル柄を織り込み、自分なりの表現を深めていきました。

marbling circle (2010)
「綴の名古屋帯は訪問着や色無地と合わせられる格ですが、逆にカジュアルな装いに合わせにくくなる分、配色などのバランスを考えてデザインしました」

◆織りを残していくために、ちょうどいい着地点を

綴織に邁進した4年間。修了の2011年当時、KTSでは若い世代への継承の時期を迎えていました。そこで綴織一筋に探究した技術と姿勢が見込まれ、専任講師として教えることに。専門コースをはじめ、定期開催ワークショップ、海外の団体向けなど綴織の授業全般を担当してきました。2012年には、豊臣秀吉が使ったと伝わる「鳥獣文様綴織陣羽織」(重要文化財)の修復に携わり、綴織の一種である「織成(しょくせい)」という技法を用いて土台部分の製織を担いました。

教える上で心がけているのは、「綴織は川島織物の伝統ある技術であり、KTSで開校時から教え続けられた蓄積がある。受け継がれてきた技術を伝えていく自覚と、その基本を正しく教える」こと。その上でこんな思いも。「講師として僕もまだ10年。織り手としても学びは一生終わらない。伝統の世界では一人前になるまで長い年数がかかると言われます。ただ、はじめの一歩を踏み出したい人にとっては、その年数の長さを強調すると気持ちのハードルを上げてしまい、間口を狭めかねず、それはもったいないと思う気持ちもあります。学生を見ていると、織りを深く知らないからこそ出てくる発想があって、固定観念に捉われがちなところを取っ払っていける新鮮な目を持っている。『これをやりたい』と言うものがあれば、僕の知識で手助けして挑戦を後押ししたいです。また、海外のグループは同じ綴の織り方でもフリースタイルが多く、織りを楽しむための綴織だと感じます。自由な感性が色合いやデザインに反映されて僕も刺激を受けます」

KTSで教える中で、「これからも織りを残していかないと、という思いが強まりました。実家もスクールも織物業界全体を大きく見て、そう思います」と近藤講師。「手間ひまをかけて作られる物の良さを伝えたいし、いろんな人に織物をやってほしい。そのために僕にできることは何か。講師としては伝統を尊重しながら、間口を広げて気軽に聞いたり始めたりできるきっかけになりたい。ちょうどいい着地点を日々探っています」


「マーブル模様を選んだのは、自然に生まれる線が美しかったから。実際に水に顔料を浮かべて紙に写し取ったものをいくつも作って、試染と試織を繰り返していきました」
◆  近藤講師にとって織りとは? 「襟を正す」

機に座る時、襟を正す気持ちになります。心が乱れていたら織りに向き合えないので、まずは整える。集中すると、何も考えない無の時間に浸れるのですが、それに近い感覚を僕は草抜きにも感じます。不思議ですが(笑)。どちらも淡々と手を動かして没頭できる時間が楽しい。現代の慌ただしい日常では、そんな時間が取りにくいのが実情。だからこそ、大切な時間です。

スクールをつづる:綴織編1「KTSの綴織とは?」

川島テキスタイルスクール(KTS)を紹介するシリーズの綴織(つづれおり)編です。このシリーズでは、スクールの綴織の基盤や、担当講師インタビュー、海外からの受講者の声、綴織職人として働く修了生インタビューを通して、スクールの綴織の今を紹介します。第1回は、KTSの綴織について。

綴織は、タペストリー・ウィービングとして、世界中で親しまれている織り方。日本では綴織と呼ばれ、京都の西陣を拠点に帯や和装小物、後年に緞帳などの制作で独自に発展してきました。綴織は、KTSを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法で、スクールでも柱の一つとなっています。

その根底にあるのは、川島織物の綴織の歴史の厚み。さかのぼること19世紀、二代川島甚兵衞は渡欧し、フランスの国立ゴブラン製造所に数日間滞在します。そこでタペストリーに使われるゴブラン織の織り方が日本の綴織と同じと知り、細やかな日本の手仕事を生かせば大成できると触発されます。綴織の真価に気づいたことで、その後、製法や図案を改良、帯のほかにも室内装飾や緞帳などに展開し、独自のグラデーション法を考案したりして精緻で芸術性豊かな織物に発展させました。

その綴織の伝統技術は、スクールにも受け継がれています。KTS開校(1973年)から20余年、綴織を教えていた高向郁男講師は、川島織物の綴織職人。「技術の集積」「伝承の情報を公開」するのに作られたテキストは現在も授業で生かされています。そんな伝統技術に加えて、スクールでは一人ひとりの表現を大切にし、両方の視点で捉えて作品を作れるのがKTSの綴織です。


高向先生が授業用に作った織見本と織下絵(織る時のガイドとして使う、経糸の下にひく図)の説明図。一枚の中で順を追ってテクニックを学び、基本を網羅できることから、教材として大切に受け継がれ、40年以上経った今も授業で生かされている。

専門コースの綴織の授業では基礎技術をはじめ、自由制作を通して織下絵の描き方や絵画的な織り表現の習得、保育園や老人福祉施設に飾るためのタペストリーのグループ制作まで体系的に学べます。ワークショップは、枠機を作って小さなタペストリーを織る初心者向け、西陣綴機を使った基礎講座を定期開催し、英語通訳付きでレベルや経験に応じて設定する海外の団体向けもあります。スクールで教える手織りの内容は、時代に合わせて様々に変わってきましたが、その中で綴織の基本は途切れることなく教え続けています。機も西陣の職人さんが使う綴織専用の綴機を使い続けています。

また、会社の製品作りとは異なる、スクールの作品作りとは何か。それは挑戦できる場と時間を使って、自分の可能性を広げていける機会を得られること。確かな技術の土台の上で、表現力を養うからこそ自由度や奥深さが見えてきて、綴織は今もスクールの学生に根強い人気があります。また、京都にあるKTSで織りに没頭できる時間や空間、伝統的な西陣綴機で織る経験に価値を見い出し、インスピレーションを受けられると海外から継続的に来られる作家グループもいます。

伝統の厚みと、挑戦できる場。間口は広く、奥が深い。そんな綴織を実感できる確かな土台があるのが、スクールの綴織の特長です。

「大作を可能にした明治期の綴大機。ゴブラン織に触発された二代が改良考案したもの。」
『錬技抄 川島織物百四十五年史』116頁より

二代はフランスのリヨンの絹織物工場などを見学したり、パリの国立ゴブラン製造所に数日間滞在。そこでタペストリーに使われるゴブラン織を見て、経糸を隠すように緯糸を織り込んでいったり、下絵に沿って緯糸を織幅の途中で引き返して模様を織り出すなどの織り方が、日本の綴織と同じと知ります。

参考文献:
高向郁男「綴織あれこれ」、『SHUTTLE かよい杼染織技法の公開』カワシマ・シャトルクラブ発行、1987年、60-73頁
杉本正年『錬技抄 川島織物一四五年史』、株式会社川島織物発行、平成元(1989)年、103-104、116頁
TOPIC欄、「LETTER FROM KAWASHIMA TEXTILE SCHOOL」1993年7-8月号No.34、川島テキスタイルスクール発行

スクールをつづる:国際編10 修了生インタビュー「織りの学びをものづくりの姿勢や生活で育む」Flora Waycottさん

KTSは開校当初から国際的に門戸を開き、京都で手織りの確かな技術が身につけられると受講者の口コミで評判が徐々に広まって現在に至ります。国際編シリーズ最終回は、前回紹介したPrangさんの先生であるFlora Waycottさんのインタビューです。Floraさんは、交換留学でKTSで学び、ロンドンでテキスタイル・デザイナー、ニュージーランドの大学でテキスタイルを教えるキャリアを経て、現在はオーストラリアを拠点にアーティスト・イラストレーターとして活躍している方です。

オーストラリアの自宅のアトリエにて
Flora Waycottさん(イギリス・日本)
アーティスト、イラストレーター
オーストラリア在住
2003年、テイラード・コース*受講

*留学生を対象に、個人の要望にあわせて実施していたコース。2009年終了。

−−KTSに学びに来た経緯を教えてください。

ウィンチェスター美術大学2年の3学期に交換留学として来ました。KTSの先生たちが、私の2、3カ月の滞在に合わせたスケジュールを組んでくれました。まずは堀先生による3日間の染色コースを受講して絹糸の化学染色と天然染色を学び、染めた糸で長さ6メートルの反物を織りました。それから絣の技術を学びたくて櫻井先生の指導の下、つばめたちが横全体に飛んでいるモチーフの長さ3メートルの布を制作しました。使用したのは絹糸で、茜の根を使って糸染めしました。(専門コース)1年次の中嶋先生によるスピニングのクラスにも参加し、羊毛から手紡ぎ糸も作りました。

−−ニュージーランドのマッセー大学ウェリントン校でテキスタイルを教えるようになってから、どうして教え子にKTSを薦められたのでしょうか?

私は、織りに強い関心を示した生徒であれば、KTSで新たな視点を得て、日本独自の技法の制作プロセスを楽しめるだろうという確信がありました。私のクラスの中でも常に注意深く、熱心で、優秀な生徒だったPrangは、大学卒業後も、熱心に織りの知見を広げていました。京都に行ってKTSで学ぶことは、彼女にとって織りの学びを深めるだけではなく、世界の中でも美しい場所に滞在して際限なくインスピレーションを受けられることにおいて、素晴らしい経験になるだろうと思いました。私は彼女の受講を聞いて嬉しくなり、私がそうだったようにKTSで素晴らしい思い出ができるように願いました。

2003年、KTSで機に向かうFloraさん。「絹の綛を茜の根で染めた後、櫻井先生に教わった絣の技法を使い、つばめが飛んでいる布を織りました。」

−−KTSでの学びで印象深かったことはありますか?

KTSで過ごした時間は、懐かしく思い出すことができる宝物のような経験で、深い感動が残っています。私は幼少期に日本で育ちましたが、京都に行ったことはありませんでした。京都に滞在し、このようなクリエイティブな環境に浸るのは夢でした。織りはゆっくりと目的を持って取り組む修練です。クラスメイトが細心の注意を払って、心を込めて取り組む姿勢を見るのはとても刺激になります。私たちは、自分で糸を染めました。まだ機に触れる前の段階で糸を紡ぐ機会も得られて、織りの全行程を初めから経験できたことで、仕上がった時の満足感が大きかったです。スクールは親密になれる環境でしたので、私たちは皆、互いのプロジェクトを知ることができました。週を追うごとに、それぞれが織り進んでいくのを見て楽しみながら、互いに励まし合っていました。滞在中に、かねてから興味を持っていた染め、織り、羊毛の手紡ぎ、絣といった様々な技術を試すことができたのは、とても幸運でした。

学びを楽しめたのと同様に、スクールの皆さんが温かく、友好的に接してくださったことを覚えています。ある日、私たちは学生グループで、有名な藍染作家の新道弘之さんの工房を訪ねて、彼の藍甕(あいがめ)を使わせてもらって1枚の布を染めました。そこで、スクールから参加した他の生徒たちと家族のように仲良くなれました。修了時に皆さんが、スクールで撮影した写真が入ったアルバムや折り紙で作った動物たち、手紙と小さな手作りの贈り物をくれました。思い出の品として、今もすべて持っています。

−−KTSで学んだことで、どのような影響を受けましたか?

テキスタイルの知見を広げ、創作活動の基盤を築くことができ、学生時代にKTSで学ぶ機会を得られたことをありがたく思っています。イギリスに帰国後の大学の最終年だけではなく、クリエイティブ業界で働きたいという目標に向かう方向性が見えました。KTSの先生も生徒も、作品の細部まで注意を払って大事に扱うことの恩恵と利点を教え込んでくれました。そのことを私は、アート作品や生活においても、できる限り実践しています。学び、成長し続けるために、できるだけ早くスクールに戻って他のコースを受講できる日を楽しみにしています。

−−Floraさんにとって織りとは?

織りは手をかけ、時間をかけるもの。焦って織る必要はなく、実際にそうはできません。織るには忍耐と献身、決意が必要で、それができれば、情熱を注げる最高の対象になります。織ることに専念して没頭する時や、織り進めるにつれて仕上がりが進化できる時、愛する何かに深く入り込んで静まり返った時間感覚すべてが、私には魅力的なのです。それは素晴らしい空間です。私は現在、アーティストでありイラストレーターですが、小さな機を持っているので、織りたいと思った時につながれる。織りの実践には、日々の暮らしに取り込める要素がたくさんあります。アート作品を制作する時でも、織りと同様に焦らず、大切に取り組むようにいつも心がけています。

「私にとって、絵を描くことと織りは本質的につながっています。細かなディテールと丹念に考えた構図は常に存在しています。」
website: Flora Waycott

instagram: @florawaycott

国際編シリーズをお読みいただき、ありがとうございました。2月16日からは「綴織(つづれおり)編」を予定しています。どうぞお楽しみに!

スクールをつづる:国際編9 修了生インタビュー「絣の作品を見せてくれた先生の足あとをたどって」Aroonprapai Rojanachotikulさん

川島テキスタイルスクール(KTS)を紹介するシリーズの国際編。手織りの世界において国際的な知名度があるKTSは、かつてスクールで学んだ方が修了後にテキスタイルを教えて、今度はその生徒の方が学びに来るという独自の繋がりが育まれています。第9回と10回は、そんな先生と生徒のインタビューをお届けします。まずは生徒のAroonprapai Rojanachotikulさんに先生から聞いてKTSを知った経緯、印象深かった学び、自身が考える織りとは、などについて話を伺いました。

クラスの準備としてサンプルの整理するAroonprapaiさん
Aroonprapai Rojanachotikul(Prang)さん(タイ)
テキスタイル・アーティスト、天然染料・顔料の専門家
タイ在住
2013年、天然染色ワークショップ
2014−15年、ビギナーズ・絣基礎・絣応用I,II,III*受講

*現在は絣応用IIの一部

−−KTSに学びに来た経緯を教えてください。かつてKTSで学んだ先生に、どのような経緯でこのスクールを勧められたのでしょうか?

私は、ニュージーランドのマッセー大学ウェリントン校のテキスタイルデザイン学科を卒業して、2012年にタイに帰国。ハリプンチャイにある手織りの研究所(Hariphunchai Institute of Handwoven Textiles)で訓練を受け、ブロケード織りのアーティストとして働いていました。1年が経ち、もっと他の織り技法を探求したいと思った時、マッセー大学の2年次に、私の先生だったFlora Waycottさんが自ら織った絣織りを見せてくれたことをふいに思い出したのです。日本の京都にあるKTSで絣を学んだと話していたことも。

そこで私はインターネットで検索して、KTSを見つけることができました。その時期に募集していた留学生向けプログラムを調べ、コースや施設、環境を調査する手始めに、2013年の天然染色ワークショップに申し込みました。その時、スクールで素晴らしい時間を過ごせたので、今度は絣コースを受講しようと決めました。2014年に再びKTSに戻り、より長く滞在できることで私は嬉しくなってFloraに連絡し、彼女の足あとをたどっていることを伝えました。Floraは、私がKTSで良い時間を過ごせるように願ってくれました。

−−KTSでの学びで印象深かったことはありますか?

スタッフも生徒も皆さんがとても親切に接してくれ、できるだけ手助けしようとしてくれたことです。クラスメイトは既にテキスタイルに携わっている人や、興味があってこれから学びたいと思っている人の集まりで、様々な分野の素晴らしい人々との出会いがありました。一緒に京都中の旅を楽しんで、生活や文化も共に学びました。授業では、染色で思うように色が染まらなかった時、多くの色をどうにか染め直すのに堀先生が手伝ってくださったのを今でも鮮明に覚えています。雪が降ってとても寒くて暗い日、経絣の経巻きをする時に、多くの日本の学生が手伝ってくれて仲良くなれました。冬休みが差し迫り、休み前に何とか織りあげようとして機から離れずにいた時も、彼女たちは私がきちんと食べているかを確かめに来てくれました。体調が優れなかった時も、皆さんが気遣ってくれた。多くの思い出ができたKTSを第二の故郷のように思っています。

「私自身の作品と、教えているワークショップのサンプル。椰子の葉の写本を作る伝統的な技法で、寺院への供物として作られています。へら状の竹と糸を織り合わせて作られています。織りとかぎ針編みの組み合わせです。この技法は、チェンマイのメーチェム地区でのみ見られ、今日では、この技法を実践している人はごくわずかです。」

−−KTSで学んだことで、どのような影響を受けましたか?

私は今、教える仕事もしていることから、教え方も影響を受けたと思います。KTSの授業は、すべての過程において綿密かつ正確で注意深い。それは学習、教わる上でとてもいい方法だと思いました。KTSで教わったように、私も生徒をうまく導けるように心がけて教えています。そうすることで私自身も、体系的に細やかに教えるための修練になっています。

−−Aroonprapai (Prang) さんにとって織りとは?

時が経つにつれ、その意味合いが大きく変わりました。かつて、私にとっての織りは、自己表現のために作り出し、気持ちと手技をつなぎ合わせる方法でした。時折、ストレスを和らげることもできました。今、織りと私の繋がりは深まっています。私の体は機と一つになり、手が杼、頭の中ですべての糸を通して綜絖枠を上げ下げしているような感覚です。長い年月をかけて確実に、より意味のあるものになっています。織りと私を繋ぐものは、もはや機と織物の背景に留まらずに、私の人生哲学に影響を与えて視野を広げています。織っている時にミスが起こり、そこに学びがある。ほとんどのミスは修正可能。だからミスを恐れずにやってみようという教える上の指針となるのです。

instagram: @prang_aroon

スクールをつづる:国際編8 修了生インタビュー「世代をまたいだ繋がり、日本語習得して長期留学」陳 湘璇さん

川島テキスタイルスクール(KTS)を紹介するシリーズの国際編。第8回からは3週にわたり、かつてスクールで学んだ方が修了後にテキスタイルを教えて、今度はその生徒の方が学びに来るというKTS独自の繋がりが育まれた修了生インタビューをお届けします。台湾で衣装デザインの仕事をしていた陳湘璇さんは、かつてKTSで学んだ先生からスクールの話を聞いたことがきっかけで、専門コース進学を決めて来日。日本語学校で語学力を身につけた上で、スクールで2年学んだ方です。その経緯と陳さんの思い、KTSの学びで印象深かったこと、自身が考える織りとは、などについて話を伺いました。

家書4/1/20-6/7/20 mom, i’m fine 4/1/20-6/7/20
「コロナの災いから発想した作品です。」
「Kyoto Art for Tomorrow 2021 ―京都府新鋭選抜展―」に出展予定)

陳 湘璇さん(台湾)
綴織職人(株式会社川島織物セルコン勤務)、作家
日本在住
2018年4月専門コース入学、20年3月専攻科修了

−−台湾で衣装デザインの仕事をしていた陳さんが、日本に留学してまでテキスタイルを学びたいと思った経緯を教えてください。

大学生の頃、アルバイト先の関係で、初めて天然染色のことを知りました。自分で手作りブランドも始めていて、知り合いの藍染の作家さんに藍甕(あいがめ)を使わせてもらって作品を作ったことから、染色の興味を深めました。その後も映画の衣装デザインの仕事を通して色々な布に触れるようになり、モダンなテキスタイルから古布まで様々な布との出会いが楽しかった。その中でも、ずっと日本の伝統染織に魅了されていました。よく通っていた布市場に日本生地の輸入専門店があって、そこで売られていた擬古布の生地が、模倣で作られたものでも質感や柄がすごく素敵でした。

より染織のことを知りたくなり、台湾の国立工芸研究センターで天然染織の研修を受けました。しかし短期で学べることには限りがあり、それに途中でどうしてもやりたい仕事が入ってきたので、織りの授業を受けずにやめざるを得ませんでした。その後、もっと学びたいという気持ちがずっとあったので、染織を学べる学校を調べました。行先は、最初から日本と決めていましたが、どこで本格的に伝統染織を学べるかは分かりませんでした。美大の大学院も考えましたが、実践の技術を学ぶのとは方向が違い、私が学びたい分野の専門学校も見つからずに悩んでいました。

そんな時、国立工芸研究センターで、私が受けた研修の担当の先生から、30数年前にKTSに通っていたという2人の先生を紹介いただいたんです。(その先生方は研修で基礎織の担当でしたが、私は織りの授業に参加できなかったため、研修中はあまり話せませんでした。)

−−かつてKTSで学んだ先生と出会い、どのような経緯でこのスクールを勧められたのでしょうか?

先生たちが教えてくれたのは、KTSの良い所は、染織の学校として織物の仕組みや技術的な事をたくさん学べること。学歴を気にしないなら(単位・学位制度が設けられていないため)、美大よりKTSの方を推奨するとのことでした。

そして、日本は世界の中でも織物に関する資料が充実していて、それは昔から世界各地から伝わってきたものをきちんと保管してきたからだそうです。先生たちがKTSに通うことにしたのも、当時、台湾工芸の父と呼ばれていた顏水龍という先生が紹介してくださったそうで、当時のKTSは紹介がないとなかなか入れない学校だったと聞きました。

当時、先生たちはKTSで織り組織について多く教わったそうです。話を聞いて特に面白かったのは、1人じゃ学び切れない内容だったので、2人それぞれ違う技術を学んで互いに教え合ったそうです。KTSで、本当に染織に対する豊富な知識と技術を得たようです。

願い (2020)
「古書と麻のフサ耳をメインに使った作品です。
素材の再利用は自分の中では常に求めていること。」

−−陳さん自身、日本語学校を経てKTSに入学した経緯は?

話を聞いて、すぐにKTSのことを調べてみました。学校のウェブサイトを見て、確かに色々な技法が学べそうだと思いました。英語で行う授業もありましたが、1年以上の長期コースはすべて日本語の授業とのことで、日本語を本格的に学び始めました。

実を言えば、海外留学は私の人生の予想外のことでした。行くのを決めた時はもう25歳で、一番頑張らなきゃいけない段階だと思っていました。それで、あまり日本語の勉強に時間をかけ過ぎると本来の目的に進めないと思い、台湾で仕事をしながら半年ほど独学で基礎を身につけてから京都に来ました。日本語学校での学習期間もなるべく短くし、日常で学校以外の場所でなるべく日本人と喋るようにしていました。半年通って日本語能力試験のN3レベルまで学んで卒業し、KTSに入学。

日本語能力について、一般の大学ではN2相当レベル以上が必要ですが、KTSはそこを気にせず受け入れてもらえて、本当にありがたかったです。その後も、コミュニケーションで丁寧に対応してもらえました。自分の日本語力に心配はありましたが、これ以上時間を費やすのは無駄だと思い、早くやりたいことやる方が大事だと私は信じていました。それでも、KTSに入ったばかりの頃は毎日ドキドキしていました。スクールで学んだ2年間は、本当にあっという間でした。

−−KTSでの学びで印象深かったことはありますか?

スクールで初めて織りに触れて、糸が扱えるようになったことを、未だに不思議に思う時があります。そして一番印象深く、大事なことを改めて考えると、それはテキスタイルの世界の視野が広がったことだと思います。専任の先生たちの他にも、作家や非常勤の先生など、色々な方のレクチャーを受けられて、創作をもっと自由に考えられようになりました。

台湾では大学卒業後、段々と自分のための創作に時間を費やすことが出来なくなりましたが、日本に来てKTSで学んだことで、改めて創作する楽しさを再発見できました。元々テクスチャ感のあるものが好きな私は、染織を学んだお陰で作品に使えるメディアや技法が増えて、異なる素材や織り組織で、より多様な表現ができるようになった気がします。この2年間がなければ、織物に対する視野が狭いままになっていたのではないかと。(今も狭い方だと思いますが・笑。)

−−陳さんにとって織りとは?

私が思う織物とは、時間と空間と思いの集合体です。織物は、他の動物にはなく人類にしかない物の一つであり、昔も今の人々も、その時代の風土や社会の風習に沿って織物を作っている。機能的でありながら、感性的でもある。例えば、なぜ昔の貴族の衣装をあれほど時間かけて刺繍するのか、なぜ原住民達の織物に抽象的な柄が必要なのか、斜紋織はどのような背景や需要によって発明されたのか、など織物は本当に奥深いと人に思わせる。一枚の織物に実は大量のメッセージが入っていて、それを味わうのがとても面白いと思います。

産業革命以降、現代の過剰生産に至るまで、織物に含まれた意味は無くなってきている傾向があるようですが、だからこそ、このような時代で、どのように、何のためにテキスタイルの作品を作るのかを常に考えながら、自分に問わなきゃならないと思います。

*陳さんの作品は、2021年1月23日から京都文化博物館で開催される「Kyoto Art for Tomorrow 2021 ―京都府新鋭選抜展―」に出展されます。

outsider in the dream (2019)
(Japan Textile Contest 2019 学生の部シーズ賞)
instagram: @shung_shouko

2020年にinstagramに掲載した 陳さんの「修了生の声」の記事です。