スクールの窓から

スクールの窓から:素材も場所も「自分が心魅かれる方へ」 表現論・井上唯さん講義

専門コース「表現論」の授業で、アーティストの井上唯さんを講師に迎え、アーティスト・イン・レジデンスで国内外の様々な土地で制作している活動などについて話していただきました。

大学と大学院で造形と染織を学んだ井上さんは、卒業後も制作を続けられる道を求め、大学助手の仕事に就きます。制作するなかでアーティスト・イン・レジデンスに興味を持ちますが、参加には3カ月など一定期間、時間を空ける必要があることから、助手の仕事を3年で辞めて、やりたい事業に応募しながら制作を続ける道を選びます。

学生時代にバスケタリー作家の方の講義で学んだ「思考と目と手でつくる」というありようが、その後もずっと身体に残っていたという井上さん。滞在制作では、その場所に何を存在させるべきなのか想像しながら「土地のこと」をリサーチし、「素材×技法」「空間×場所」「主題×概念」を言葉やイメージで考えながら何をつくるかを決めていくそうです。講義では、その要素をどう形にしていくのかが具体的に語られました。香川県の粟島で、かつて海員養成学校だった建物内に、麻の繊維を使って漁網を編む技法で「人の気配」をつくったり、徳島県神山町で劇場寄井座の空間に、藍染めの大きな布にほたる絞りを発展させた手法で宇宙の星々のような絞りを散りばめた「うち」の空間を出現させたり、というように。

◆常に時間との闘い、それでも「つながるのを待つ」
そんな滞在制作の経験談に学生たちは刺激を受け、修了展に向けて取り組み始めた自身の制作と思いを重ねるようにして、質問が相次ぎました。特に素材や準備、アイデアといった観点からの制作プロセスが気になったようです。「現地で見つけた素材で制作するのに意識していることは」という質問に対して、井上さんからはこんな回答がありました。「素材の時点で心動かされるものを使う。場所もすべてそうですが、自分が美しいと思ったり、心魅かれたものに素直に従うようにしています。手元でつくっていても、実際の空間に持っていくと見え方が変わるので、現場と行き来しながら何度も実験します」

期間が定まった滞在制作は、アイデアと手仕事のはざまで「常に時間との闘い」。そのいっぽうで「待つ」面も。「アイデアが思い浮かばない時はあるか」という質問に「あるある!」と率直に返し、「時間が迫ってきて吐きそうになるくらいプレッシャーがある時もありますが、反面ワクワクもします」と。「アイデアはむしろ考えていかないです、最初から狭めたくはないので。現地で調べたり散策したり話を聞いたりして種を集めていき、つながるのを待つ。待つ間にいろいろ実験していく。手を動かしながら考えられるのが手仕事のいいところですね」

◆生活の知恵とものづくりがようやくつながった
人が自然と関わるなかで生み出してきた知恵やものづくりに魅かれ、織りや編み、染め、縫いなどの手法を用いて制作している井上さん。現在は作品制作だけではなく、暮らしの中で使う道具づくりも実験しているそうです。滋賀の自然豊かな環境に居を構えて制作する今、「生きていく上での生活の知恵」と「ものづくり」の両方が「ようやくつながってできるようになってきた」と話します。

自分がやりたいと思う制作を自由に続けていくためには、時間を空ける必要があると考えて、定期的な仕事はあえてやらない。その分「学生時代から、生活費をあまりかけずに工夫して生活するのが好きだったので、ライフサイクルができているのかもしれないです」と。

講義全体を通して、どんな質問に対してもまっすぐな眼差しで語る井上さんが印象的でした。それは「制作を続けたい」という思いで、道なき道をオリジナルにつくってきたご本人のありようにストレートに通じている。ものづくりの芯と、同時に生き方の広がりを感じた時間となりました。

〈井上唯さんプロフィール〉
いのうえ・ゆい/自然と関わるなかで生み出されてきた人間の営みや知恵にワクワクし、そこから学びつつ新たな視点で捉えていくことで、この世界の仕組みや目に見えない繋がりを“モノ”を介して想起させるような光景をつくり出したいと考えている。普段の暮らしの中で様々なモノを収集したり、それらを使って、作ったり、繕ったり、遊んだりと、素材と対話しながら手を動かしていくことを軸に<生活>と地続きにある<制作>の在り方を模索している。

website: YUI INOUE

スクールの窓から:羊と人間の共同作業「羊毛がどう糸になりたいかに沿う姿勢で」ホームスパン2

専門コース本科「ホームスパン」授業リポートの後半です。繊維から糸、布、マフラーへと形を変えていくプロセス。そんな初めてのホームスパンを通して、学生たちは様々な気づきがありました。

◆ ホームスパンは体をバランスよく使うの
紡ぐ段階に入ると、「つくるものを意識して、糸を紡いでほしい」と最初に先生から一言。マフラーにするにはどんな糸がいいのかを想像し、「やわらかさのある糸をつくる」というように、まずはイメージをつないでいきます。

ハンドカーダーで毛をほぐして繊維を引き出しやすくし、糸車を使って繊維を撚って糸をつくる。けれどもなかなか同じ太さになってくれない糸の扱いに学生が困っていると、先生はこう伝えます。「人間のやることは機械じゃないから、ずっと同じようには紡げない。それでいい。それより気持ちを落ち着けて糸と向き合って。ゆっくり羊の毛のことを考えられるようになると、どんな糸をつくりたいかが自然と浮かぶから」

やがて空間に静けさが漂い、糸車が回る音、ペダルが一定のリズムを刻む音が心地よく響きます。集中力が高まっていくなかで先生は話します。4月のスピニングの時と比べて、「落ち着いて糸ができています。自分でもそう思いませんか?」

学生からはこんな感想が。「先生に、『羊毛がどうなりたいかに沿って紡ぐ』って言われた時、そういう気持ちでやるのかと初めて気づきました。私がやりたい方に繊維を引っ張るとうまくいきませんでしたが、やっていくうちに素直に糸になってくれたと感じた瞬間もありました」

出来上がった糸は蒸して撚り止めし、綛あげ、整経、機がけ、と織るための準備を進めます。「ホームスパンは工程が多い分、体のいろんな所をバランスよく使うの」と先生はにっこり。そうして学生は全身を使って、ものをつくるプロセスを経験していき、全員が無事に織り上げ、マフラーを仕上げることができました。

◆ 素材が教えてくれる
制作を終えて、一人の学生は「欲張らないのが大事」と気づいたと言います。「糸を紡ぐ時、欲を出さないで少しずつ誘導していくと確実に糸になってくれる感触がありました。途中でうまくいかなくても、羊と人間は違う生き物、個体差だってあるし、同じ人間でもわかりあえない時があるし仕方ないねという気持ちでいた方が、全体的に心穏やかに作業ができると感じました」。そんな、羊と人間の共同作業のように感じたそうです。

縮絨では風合いの変化を、直に感じ取れたのも大きかったようです。「(織り目が詰まり、柔らかい感触に変わった)タイミングがいきなり来てびっくりしました。縮む変化の速さが手に伝わってきて、今が引き揚げるタイミングだってわかりました」という感想も。そんなふうに、学びは先生からだけではなく、素材が教えてくれると知った実習でもありました。

中嶋講師は最後にこう話しました。「ホームスパンというと、糸を紡いで織った布としか紹介されないことが多いけれど、まずは『どういう布をつくりたいか』を見据え、いいものをつくるために必要な条件は何かを考えて糸づくりを始めるのが大切。この授業を機に学生が、糸紡ぎから素材に関心を持って制作することで、織物に対してより積極的な関わりができると思うんです」

講師としてだけではなく作家として、40年以上ホームスパン一筋で取り組んできた中嶋講師には、こんな思いもあります。「今は何でも出来上がったものが用意されている時代。ものがどうやってできているか知っておくのは大事だと思う。ホームスパンを特別なものにするのではなく、日常のつながりからあるものと思えるようになれば」

今回のホームスパンの実習を通して、ものづくりの深みを感じたのをきっかけに、来春の修了展に向けて、紡いだ糸を使った制作に取り組む学生もいます。

一人ひとりが手応えとともに、秋から冬を迎えます。

スクールの窓から:「羊毛から糸を紡ぎ、マフラーをつくる達成感」ホームスパン1

専門コース本科では、10月に「ホームスパン」の授業が行われました。学生たちは4月に「スピニング」で羊毛の糸づくりを学び、その後、デザインや織りのスキルを身につけてきました。今回のホームスパンでは、格子柄のマフラーをつくるのに自分でデザインを考え、羊毛を染め、糸を紡ぎ、織り、縮絨して使える状態に仕上げるまでを12日間で行いました。糸紡ぎからのものづくりは長い道のりになりますが、スクールで40年以上、ホームスパン一筋で教えてきた中嶋講師の指導のもとで一つひとつ工程を踏み、全員がマフラーを完成することができました。「すごく達成感があった」「これまでの織りとはまた違った世界を感じた」と学びの幅が広がった授業のリポートを2回に分けて紹介します。

◆ 服は使って育ててあげるのが大事
「ホームスパンの生地を見たことがありますか?」
そんな問いかけから始まった授業。首を横に振る学生たち。そもそもホームスパンの生地自体を見る機会が少ないのが今の時代。それはなぜなのかを踏まえて担当の中嶋講師は、まず世界のホームスパン発祥から、生活文化としての浸透、明治期に日本に来てからの需要の高まりや、民芸運動による広がり、戦争の影響、安くて手軽な既製服の普及で衰退していった流れを説明し、一大産地である岩手県の現在の取り組みを紹介。

そして、先生自身が紡いだ糸で織った服地や、それをジャケットやスカートに仕立てて愛用している実物を学生に見せます。学生たちは手触りを確かめ、見た目はしっかりしているのに「軽い」「柔らかい」「暖かい」と顔をほころばせ、先生は「ブラシで手入れしながら、生地の顔が変わっていく。服は使って育ててあげるのが大事」と話します。そんなふうにホームスパンを身近に手繰り寄せ、イメージをつかんでから実習へと進みます。

◆フエルト化させないように染める
ホームスパンは原毛を洗うところから縮絨して仕上げるまで、多くの工程があり、一つひとつが後に影響を及ぼします。染色も糸染めではなく、今回は毛を染めるので要領が違ってきます。とくに羊毛の染色では「フエルト化させない」のが大事。繊維同士が絡んで、毛が縮んだり硬くなったりすると、糸をつくるのが大変になるからです。そのため染色中は原毛にできるだけ触れないようにし、また急に冷まさないように注意が必要。毛をほぐすのも「丁寧に」「繊維の流れ方やくっつき方を見て」「一本一本の繊維が離れるように」と中嶋先生は声をかけ、学生たちは黙々と羊毛と向き合います。

2へつづく

仕事としての織りを考える機会に (株)川島織物セルコンで緞帳のインターンシップ

専門コースでは2年目の専攻科に進むと、希望者は(株)川島織物セルコンでインターンシップを経験できます。2022年度は2つのプログラムが設けられ、それぞれ希望者が参加しました。一つは呉服開発グループで、帯のデザインと試作(昨年のリポートはこちら )、もう一つは美術工芸生産グループで、綴織の緞帳のデザインと試作です。今年新たに加わった緞帳インターンシップを紹介します。

綴織は、スクールを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法。スクールでも1973年の開校当初から、綴織は柱の一つとしてずっと教え続けています。現在は専門コース1年目に、綴織の基礎をはじめ、織下絵の描き方や絵画的な織り表現を学ぶ授業、そしてタペストリーのグループ制作を行っています。学生はそうした土台をつくった上で、緞帳のインターンシップに臨みました。

◆ 早く、正確に仕上げるために

事前準備は原画作成。学生それぞれの出身地のホールに納める想定で、緞帳のデザインを考えます。想定サイズは14×8メートル、そのなかで織りたい部分を1メートル四方で選んで、その試織を10日間のインターンシップで行います。現場では専門家の指導の下、織下絵をつくり、使う糸を決めたり杢糸を配色したりと色糸を設計して製織へ。本来、会社では分業されているところを、このインターンシップでは、一連の流れで取り組むことができます。

スクールの報告会で、参加した二人の学生が口を揃えて言っていたのは「理論的に織る方が早く、正確に仕上げられると実感」したこと。「スピードと品質の両立」は、製品をつくる現場で欠かせないもの。積み上げる段数の数え方や注意点を学び、実際にやってみて、それが腑に落ちたようでした。たとえば、きれいな丸をどうやって織るか。学生の一人は「私は感覚で織りがちなのですが、何段織ったら違和感なく見えるかを最初に確認した方が、より早く織れて、完成形もよくなるとわかりました」と話しました。

◆ 高い集中力でやり切れた自信

製織では、どう織ったらデザインの意図が自然に伝わるか、専門家から技法の助言を受け、プロの目線や思考を学べたのも大きかったようです。「私の少しの間違いにもすぐに気づいて教えに来てくださって、判断力の早さに驚きました。長年の経験と、周囲をよく見る力を感じました」。具体的な技法から織りに向き合う姿勢まで、スポンジのように吸収してきた学生たち。スクールの報告会でも、それぞれに得たものや、見えてきた課題などについて、終始生き生きと語っていました。

「この経験をきっかけに、仕事としての織りをどう考えたか、織りとどう生きていきたいかを考えてみるのも大事」と、スクールの山本ディレクター。参加した学生はインターンシップを通して、スクールの制作とは違う企業の現場での織りを知り、作業の向き不向きに気づいたり、自身と織りとの関わりを見つめたりする機会になったようです。

当初10日間で仕上げるスケジュールは厳しいと感じていたものの、限られた時間で計画的に進め、高い集中力でやり切れたことは、学生の自信にもつながった様子。仕上がった実物を見て、報告を聞いた他の学生も刺激を受けていました。学びの勢いに乗って、今度はスクールで自身の制作に力を注いでいきます。

スクールの窓から:天秤機による組織織り、頭も体もフル稼働の11日間

1-2、2-3、2-3、2-3…組織織りの説明では、数字がテンポよく飛び交います。専門コース本科では、天秤機を使った組織織りの実習が行われました。4月に行われたジャッキ式の4枚綜絖の織機を使ったディッシュクロス制作実習を経て、今回は8枚綜絖の天秤式の織機を使って、より深く組織織りを学びます。授業の前半は5〜6種類の組織織りのサンプルをつくり、後半は学んだ組織を使ってデザインし、ラグマットを制作しました。

◆ドラフト図を読む、起こす

この実習の目的は、組織織りを学ぶと同時に、天秤機を使いこなせるようになることです。天秤機は、上部の天秤装置から綜絖枠と踏み木が吊られた、北欧でよく使用されているタイプの織機。多綜絖で使えて、複雑な組織が安定して織れるのが特徴です。

サンプルづくりは、柄を見て「どうなっている?」と考えるところから始まります。仁保講師の説明のもと、見本の組織図、綜絖通図、踏み順、タイアップ順を合わせたドラフト図を「読む」。そして綜絖通し順や踏み順にアレンジを加え、サンプルをつくる計画を立て、ドラフト図を「起こす」。

仕上がりの柄のイメージを描き、パターンの最小単位を取り出し、綜絖通し順や踏み順、タイアップ順を組み合わせて図に落とし込む作業は、「考える」の連続です。学生たちは「これで合ってるのかな?」と首をかしげながら模造紙にペンを走らせ、互いに照らし合わせたり、先生と答え合わせしたりしながら、脳内で組織を組み立てようとしていきます。

◆「そういうことか!」を体得する道のり

ドラフト図の次は、タイアップ、織りへと進みます。組織の仕組みを、まずは頭で理解しようとし、機の準備で頭と手をつなげ、織りながら体に落とし込んでいくプロセス。それは「わからない」「難しい」から、「どうしてこうなる?」を経て、「そういうことか!」「わかった!」を体得していく道のり。

そうして一つひとつの工程をやってみることで、組織の仕組みがどうなっているのかを考えるのが訓練です。前半の授業では6種類のサンプルをつくるのに、そのプロセスが6回繰り返されました。綜絖の枚数が4枚から6枚、そして8枚と増えていくにつれ、なかなか理解が追いつかなくなるも、学生も先生も粘り強く向き合います。

踏み木と招木をつなげるタイアップでは、踏み木が適切な高さになるようにコードの
張り具合を変えていき、全体のバランスをとるなど、準備でも緻密さが欠かせない。

◆「組織脳」を身につける

後半、ラグマット制作では、サンプル織りで学んだ二重織りの要素を使って、裏表の色の切替効果を生かしたデザインを考えました。そしてラナセット染料で染色し、8枚綜絖で織り、縮絨して完成! 頭も体もフル稼働の11日間を通して、学生からはこんな感想がありました。

「サンプル織りで、綜絖通しを毎日やるのは大変でしたが、織る前の準備のプロセスを覚えられました」、「デザイン画を描くのに、自分の中の絵のイメージを組織図に変換するのが難しかったです」、「(踏み木を踏み変えるだけでも、さらに)パターンが何通りも考えられるのが面白かったです」、「今回(ラグの)デザインを行ったことで、自分で仕組みを考えられるようになりました。これから布を見た時にも、組織の理解度が上がるのかなと思います」

この実習を通して、担当の仁保講師が目指したのは「考える過程を身につける」こと。いわば「組織脳」。学生たちは組織織りを通して、つなげる思考を学んだとも言えるでしょう。また一つ、織りの世界の広がりを知った授業となりました。

スクールの窓から:「人の手が加わるものには力がある」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 3

初夏から夏至の頃、専門コース本科では民族学・文化人類学から見た刺繍布の熱気あふれる授業が繰り広げられています。国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による「ニードルワーク」3回授業シリーズもいよいよ最終回を迎えました。講義は、幼児婚や刺繍禁止令などの話題からインド西部ラバーリー社会に更に分け入り、また刺繍の模写では、一枚の布を通してラバーリーの人々と糸と針によるコミュニケーションを図るようにものづくりの奥行きを知り、その面白さを堪能した時間となりました。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1
みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

◆ラバーリーの人だったらどうするか?

これまで2回の授業で学生たちは、ラバーリーの刺繍技術を習い、刺繍布の背景にある社会や歴史を見つめ、少しずつものの見方が変わってきています。最終課題として、刺繍布サンプルから好きな部分を見つけて模写を進める学生に、上羽先生はこう話しかけます。「さあ、ラバーリーの人だったらどうするかな?」この授業では学びを糧に、作り手の意識までも想像していきます。

そんなふうにインドに行ったことがなくても、ラバーリーを直接は知らなくても思いめぐらせることができるのは、20年近くラバーリーに通ってフィールドワークをしてきた上羽先生が、知識だけでも技術だけでもない、経験から得た実感を授業で語られているから。なかには「私は現地で養女*になっているんですけどね」と、驚くような内容をさらっと話すことも。それはラバーリー社会の幼児婚の風習についての話の流れからで、ラバーリーでは今でも3歳から7歳頃になると結婚相手を親同士が決めて婚約を成立させることもあるそうです。幼児婚のメリットの一つに、姻族を増やしてネットワークをつくる点を挙げ、先生はこんなエピソードを教えてくれました。

「私が現地調査をしていて一番良かったのは、調査でラバーリーの村々に行くと必ず親戚がいるんです。私は養女になったので、ブジョリ村のバンカさんの娘です、と自己紹介すると、父の妹の…とつながりを説明されて『お前と俺は家族だ』と。それで『ちょっとお茶飲んでいくか、泊まっていくか』、『うちの娘がブジョリ村に嫁ぐんだ、よろしくな』と言われるんです。ラバーリーの人たちはネットワークづくりがすごく上手で、婚戚関係を結んでいろんな村に姻族を作っていきます」。

それが、120万都市に人口2%弱ほどのマイノリティのラバーリーの人々にとって、困った時に助け合うセーフティネットになり、コミュニティ内の自分の意識付けや、風紀を守ることからも、幼児婚の慣習があるそうです。

◆ものの価値は普遍じゃない

先生は話の折々に、「幼児婚ってどう思います?」と問いかけます。文化が違えば結婚の捉え方も変わり、良し悪しではなく、どう思うかを投げかける。学生たちは皆、すぐには答えられないのですが、異文化に対面した時に自分はどう反応するか、考えをめぐらせるきっかけとなりました。

幼児婚の話は、婚礼において刺繍布が婚資や持参財として重要な役割があるという、ものづくりの価値観につながります。ラバーリーでは、婚礼用に手づくりした衣装や刺繍品などは、相手の家族や親戚によって評価されるのだそうです。それから講義は、社会変化によって1990年代に刺繍禁止令が発令されて以降、特に伝統的な刺繍ができなくなっている現状や、ものづくりの変化、商品づくりが広がらなかった理由などに話が及びました**。

講義を通して伝えられた一つに、「売るためではないものづくり」の視点があります。上羽先生は言います。「私たちは市場経済にどっぷり浸かっているので、ものの価値は美的価値や希少性などを考慮した価格に反映されると思い込んでしまっているけれど、それは普遍じゃない。売るためではないものづくりをラバーリーの人たちはしていて、時にはタダだったり、別の評価軸があったりもする。価値体系に対する『もの』について、ラバーリーのものづくりは根本的に考えさせられます」。

◆しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて

模写の時間、真剣な表情で黙々と手元に集中する学生たち。「ハンクリ(はしご状の鎖縫い)上手になってきたね」「線が自由に描けるようになってきたね」と先生に声をかけられ、「最後になってようやく」と顔がほころぶ場面も。模写では一針一針観察してもわからない所はあって、先生に相談して「(拡大鏡で)のぞいてみた?」「裏はどうなってる?」と一緒に手がかりを探していきます。

孔雀文様の刺繍では、端の処理がわからず、模写と実物を見比べることに。「(端だけ)糸が尖って見えるのは何だろうね?」「(糸を)引っ張ってるからかな?」「いい気づき。同じようにやってみようか」。まるで謎解きのようなやりとりが行われ、一つ解析できると、他のはどうかと周りにも目がいくように。模写を通して、糸の力加減や針先の扱いなど細部まで見る力が鍛えられました。

学生と一緒に刺繍布を見ながら、「(ラバーリーの人は)この棘っぽい表現が好きなんだね。面白いよね、ずっと眺めていたいよね」と先生も見入ったり、「ラバーリーの人たちは一枚の布をずっと持ち歩いています。一緒にいる時間が長いので、刺繍に対しても布に対しても愛着があるんですね」と楽しそうに話す場面も。

授業の最後に、先生からはこんなアドバイスがありました。「皆さんもこれから続けていく中で、作れなくなる時が出てくると思います。理由なんかありゃしない、ただ作れない、作る気分になれないという時が一流と言われている人にだってあります。そんな時はラバーリーの刺繍を思い出してやってみるのも気分転換になります。ものには、やっぱり力があるんですね。人の手がこれだけ加わるので。しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて。ものを眺めて、この人もこうやって作ったんだなと想像するのも、手を動かすのもいいと思います」 

「ものを見る目」が多面的に広がった3日間の授業。刺繍布に対する愛着は、ラバーリーの人たちと同じく上羽先生からも感じられました。刺繍布はもちろん、長年通い続けているラバーリーに対しても。時間と思いの積み重ねが、ものへの信頼や愛着を育むのではないか。そんな、ものづくりの味わい深さを知った授業でした。

おわり

*上羽先生がラバーリーのコミュニティで養女になったいきさつや体験について詳しくは、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)に書かれています。

**参考記事:「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」上羽陽子

スクールの窓から:「観察する目を養うのが授業の肝」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による、専門コース本科「ニードルワーク」の授業2回目は、インド西部ラバーリーの人々が作った刺繍布を更に見ていき、背景にある文化を知り、刺繍技術を学びました。女性の上衣や、子どもの結婚儀礼服、乳児の敷布団、祭礼用の男性の上衣、婚資の持参財袋などに施された多彩な文様。それらがどんな技法で、どのようにつくられているか、自分で刺繍するために見る目を鍛えた時間でした。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

◆作る人を想像できる布は面白い

「これは子どもの結婚儀礼服です」。上羽先生がそう言いながら、色鮮やかな小さな上着を見せると、学生からは「えっ!?」と驚きの声が上がります。先生が長年フィールドワークをしているラバーリー社会では、幼児婚の慣習があるそうです。そうして自分たちの当たり前が覆されていくのは、民族学・文化人類学の観点から学ぶ上羽先生の授業ならでは。

男性の上衣の特徴で「こんなに袖が長いのはどうしてだろう?」と先生からの問いかけに、思いつくことを口に出していく学生たち。「虫?」「虫はヒントです。彼らは放牧していて外で寝ます。それとどう関係している?」「袖から入ってこないように?」「正解! 袖をたくして腕にぴったりと沿わせば、虫も砂も服の中に入ってこないから」。続いて「なんで(身頃に)紐がたくさんついているのかな?」「家族の数?」「発想が柔軟! 牧畜で移動生活なので手ぶらで動けるように、紐にナイフなどをぶら下げます」とやりとりをしながら、服を機能面からも紹介します。

婚資の持参財袋では、刺繍が省略されている部分も。「想像するに、これを作った人はあまり刺繍が得意じゃないのかもしれない」と上羽先生は言います。「ラバーリーの人も全員、刺繍が得意なわけではないので。作る人を想像できる布は面白いですね」。

◆  「なぜ?」は難しい

そして授業では、面を表す刺繍技法の一つである「バワリヤ」と、鏡片を縫い付ける「ミラー刺繍」の三角形や菱形を縫う練習をしました。上羽先生は、ラバーリーが無文字社会であり、口語のみで読み書きを行わないと紹介。人々は針の動きを目で追い、すべて記憶していくのだそうです。ミラー刺繍の練習では「ラバーリーと一緒、覚えてね」「角をひっかけて留めていく、理屈がわかれば大丈夫」と声をかけます。「そもそも、なぜ鏡を縫い付けるのか?」と学生から質問が上がると、ラバーリー社会における邪視よけの説明がありました。

邪視は、眼差しや視線に宿る力が災いをもたらすという信仰で、嫉妬や妬みから身を守り邪視を跳ね返すのに鏡を付ける、と。一方、日常の中で自分の力ではどうしようもない出来事が起きた時に、自らを責めずに邪視を原因と見なすことによって状況を収めようとする場面もあるそうです。上羽先生は言います。「『なぜ?』は文化人類学の問いとしてはすごく難しいです。そこには歴史や文化、慣習などが複雑に絡み合っているので。難しいけれど、どのようにしてこうなったのか、たぶんこうじゃないかなと考えながら研究しています」。

◆  ぐっとくる文様を見つけて模写する

授業の後半は、様々な文様を見ていきました。刺繍布サンプルの中から好きな部分を模写して刺繍する、という課題に取り組むためです。「ちょっと大変でも、自分がぐっとくる文様があると思うんです。面白いとか楽しそうとか、やってみたいと思うものに挑戦してもらえたらと思います」と上羽先生は学生に伝えます。

ラバーリーの刺繍文様は、花や草木、クジャク、オウム、ラクダなど身近な植物や動物などを抽象化して表現しているのが特徴。ですが文様と実際のイメージがすぐに結びつかずに、学生たちはきょとんとした顔に。そして先生の説明を聞きながら目でなぞります。文様の意味について、「例えばサソリは、ラバーリーにとっては愛の象徴。小さいのに象を一撃で倒せるような力があるから。それが人を守れる、人を愛せるという意味につながります」といった解説も。また文様の名前には、意味がないものもあるそうです。「現代人のサガとして、つい名前に意味付けしたくなるけれど、実は意味がなくて単に記号として付けられるものもあります」。

次に、返し縫いや、渡し縫い、縫い付けなど具体的な技法を解析します。拡大鏡を使ってつぶさに観察し、目を糸に近づけていく。「ここで見た状態を記憶して、次にこっちを見て。似た模様がないか、角度を変えて見たらどうなるか、観察してみて」。そうして段々と細部に気づけるようになり、学生たちは面白くなってきた様子。「難しい技法がたくさんあるわけではなく、限られた技法を組み合わせてバリエーションを出している。それが刺繍の面白いところですね」と先生も楽しそうに語ります。

「まずはやってみようかな」と言って針と糸を手に取る学生に、「いいね!」と返す先生。「完成させるというより5針でも10針でも、なるべく同じ形でつくってみて」。つくることで頭と手の動きがつながり、教室内はワクワクした空気に包まれました。

そして模写へ。縫い始めはどこか、どう糸を渡しているか、糸は何本取りか、密度はどのくらいかなど、実物大のサイズを確認しながらペンを走らせます。「皆さんは手を動かして刺繍の技法を習い、かつ自分でやる段階にいるので、見方が深くなっています。観察する目を養うのが、この授業の肝。織りにも通じますね」。

刺繍布を通して、見える世界が豊かに広がりながら、次は最終回へ進みます。

3へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。