スクールの窓から

仕事としての織りを考える機会に (株)川島織物セルコンで緞帳のインターンシップ

専門コースでは2年目の専攻科に進むと、希望者は(株)川島織物セルコンでインターンシップを経験できます。2022年度は2つのプログラムが設けられ、それぞれ希望者が参加しました。一つは呉服開発グループで、帯のデザインと試作(昨年のリポートはこちら )、もう一つは美術工芸生産グループで、綴織の緞帳のデザインと試作です。今年新たに加わった緞帳インターンシップを紹介します。

綴織は、スクールを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法。スクールでも1973年の開校当初から、綴織は柱の一つとしてずっと教え続けています。現在は専門コース1年目に、綴織の基礎をはじめ、織下絵の描き方や絵画的な織り表現を学ぶ授業、そしてタペストリーのグループ制作を行っています。学生はそうした土台をつくった上で、緞帳のインターンシップに臨みました。

◆ 早く、正確に仕上げるために

事前準備は原画作成。学生それぞれの出身地のホールに納める想定で、緞帳のデザインを考えます。想定サイズは14×8メートル、そのなかで織りたい部分を1メートル四方で選んで、その試織を10日間のインターンシップで行います。現場では専門家の指導の下、織下絵をつくり、使う糸を決めたり杢糸を配色したりと色糸を設計して製織へ。本来、会社では分業されているところを、このインターンシップでは、一連の流れで取り組むことができます。

スクールの報告会で、参加した二人の学生が口を揃えて言っていたのは「理論的に織る方が早く、正確に仕上げられると実感」したこと。「スピードと品質の両立」は、製品をつくる現場で欠かせないもの。積み上げる段数の数え方や注意点を学び、実際にやってみて、それが腑に落ちたようでした。たとえば、きれいな丸をどうやって織るか。学生の一人は「私は感覚で織りがちなのですが、何段織ったら違和感なく見えるかを最初に確認した方が、より早く織れて、完成形もよくなるとわかりました」と話しました。

◆ 高い集中力でやり切れた自信

製織では、どう織ったらデザインの意図が自然に伝わるか、専門家から技法の助言を受け、プロの目線や思考を学べたのも大きかったようです。「私の少しの間違いにもすぐに気づいて教えに来てくださって、判断力の早さに驚きました。長年の経験と、周囲をよく見る力を感じました」。具体的な技法から織りに向き合う姿勢まで、スポンジのように吸収してきた学生たち。スクールの報告会でも、それぞれに得たものや、見えてきた課題などについて、終始生き生きと語っていました。

「この経験をきっかけに、仕事としての織りをどう考えたか、織りとどう生きていきたいかを考えてみるのも大事」と、スクールの山本ディレクター。参加した学生はインターンシップを通して、スクールの制作とは違う企業の現場での織りを知り、作業の向き不向きに気づいたり、自身と織りとの関わりを見つめたりする機会になったようです。

当初10日間で仕上げるスケジュールは厳しいと感じていたものの、限られた時間で計画的に進め、高い集中力でやり切れたことは、学生の自信にもつながった様子。仕上がった実物を見て、報告を聞いた他の学生も刺激を受けていました。学びの勢いに乗って、今度はスクールで自身の制作に力を注いでいきます。

スクールの窓から:天秤機による組織織り、頭も体もフル稼働の11日間

1-2、2-3、2-3、2-3…組織織りの説明では、数字がテンポよく飛び交います。専門コース本科では、天秤機を使った組織織りの実習が行われました。4月に行われたジャッキ式の4枚綜絖の織機を使ったディッシュクロス制作実習を経て、今回は8枚綜絖の天秤式の織機を使って、より深く組織織りを学びます。授業の前半は5〜6種類の組織織りのサンプルをつくり、後半は学んだ組織を使ってデザインし、ラグマットを制作しました。

◆ドラフト図を読む、起こす

この実習の目的は、組織織りを学ぶと同時に、天秤機を使いこなせるようになることです。天秤機は、上部の天秤装置から綜絖枠と踏み木が吊られた、北欧でよく使用されているタイプの織機。多綜絖で使えて、複雑な組織が安定して織れるのが特徴です。

サンプルづくりは、柄を見て「どうなっている?」と考えるところから始まります。仁保講師の説明のもと、見本の組織図、綜絖通図、踏み順、タイアップ順を合わせたドラフト図を「読む」。そして綜絖通し順や踏み順にアレンジを加え、サンプルをつくる計画を立て、ドラフト図を「起こす」。

仕上がりの柄のイメージを描き、パターンの最小単位を取り出し、綜絖通し順や踏み順、タイアップ順を組み合わせて図に落とし込む作業は、「考える」の連続です。学生たちは「これで合ってるのかな?」と首をかしげながら模造紙にペンを走らせ、互いに照らし合わせたり、先生と答え合わせしたりしながら、脳内で組織を組み立てようとしていきます。

◆「そういうことか!」を体得する道のり

ドラフト図の次は、タイアップ、織りへと進みます。組織の仕組みを、まずは頭で理解しようとし、機の準備で頭と手をつなげ、織りながら体に落とし込んでいくプロセス。それは「わからない」「難しい」から、「どうしてこうなる?」を経て、「そういうことか!」「わかった!」を体得していく道のり。

そうして一つひとつの工程をやってみることで、組織の仕組みがどうなっているのかを考えるのが訓練です。前半の授業では6種類のサンプルをつくるのに、そのプロセスが6回繰り返されました。綜絖の枚数が4枚から6枚、そして8枚と増えていくにつれ、なかなか理解が追いつかなくなるも、学生も先生も粘り強く向き合います。

踏み木と招木をつなげるタイアップでは、踏み木が適切な高さになるようにコードの
張り具合を変えていき、全体のバランスをとるなど、準備でも緻密さが欠かせない。

◆「組織脳」を身につける

後半、ラグマット制作では、サンプル織りで学んだ二重織りの要素を使って、裏表の色の切替効果を生かしたデザインを考えました。そしてラナセット染料で染色し、8枚綜絖で織り、縮絨して完成! 頭も体もフル稼働の11日間を通して、学生からはこんな感想がありました。

「サンプル織りで、綜絖通しを毎日やるのは大変でしたが、織る前の準備のプロセスを覚えられました」、「デザイン画を描くのに、自分の中の絵のイメージを組織図に変換するのが難しかったです」、「(踏み木を踏み変えるだけでも、さらに)パターンが何通りも考えられるのが面白かったです」、「今回(ラグの)デザインを行ったことで、自分で仕組みを考えられるようになりました。これから布を見た時にも、組織の理解度が上がるのかなと思います」

この実習を通して、担当の仁保講師が目指したのは「考える過程を身につける」こと。いわば「組織脳」。学生たちは組織織りを通して、つなげる思考を学んだとも言えるでしょう。また一つ、織りの世界の広がりを知った授業となりました。

スクールの窓から:「人の手が加わるものには力がある」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 3

初夏から夏至の頃、専門コース本科では民族学・文化人類学から見た刺繍布の熱気あふれる授業が繰り広げられています。国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による「ニードルワーク」3回授業シリーズもいよいよ最終回を迎えました。講義は、幼児婚や刺繍禁止令などの話題からインド西部ラバーリー社会に更に分け入り、また刺繍の模写では、一枚の布を通してラバーリーの人々と糸と針によるコミュニケーションを図るようにものづくりの奥行きを知り、その面白さを堪能した時間となりました。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1
みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

◆ラバーリーの人だったらどうするか?

これまで2回の授業で学生たちは、ラバーリーの刺繍技術を習い、刺繍布の背景にある社会や歴史を見つめ、少しずつものの見方が変わってきています。最終課題として、刺繍布サンプルから好きな部分を見つけて模写を進める学生に、上羽先生はこう話しかけます。「さあ、ラバーリーの人だったらどうするかな?」この授業では学びを糧に、作り手の意識までも想像していきます。

そんなふうにインドに行ったことがなくても、ラバーリーを直接は知らなくても思いめぐらせることができるのは、20年近くラバーリーに通ってフィールドワークをしてきた上羽先生が、知識だけでも技術だけでもない、経験から得た実感を授業で語られているから。なかには「私は現地で養女*になっているんですけどね」と、驚くような内容をさらっと話すことも。それはラバーリー社会の幼児婚の風習についての話の流れからで、ラバーリーでは今でも3歳から7歳頃になると結婚相手を親同士が決めて婚約を成立させることもあるそうです。幼児婚のメリットの一つに、姻族を増やしてネットワークをつくる点を挙げ、先生はこんなエピソードを教えてくれました。

「私が現地調査をしていて一番良かったのは、調査でラバーリーの村々に行くと必ず親戚がいるんです。私は養女になったので、ブジョリ村のバンカさんの娘です、と自己紹介すると、父の妹の…とつながりを説明されて『お前と俺は家族だ』と。それで『ちょっとお茶飲んでいくか、泊まっていくか』、『うちの娘がブジョリ村に嫁ぐんだ、よろしくな』と言われるんです。ラバーリーの人たちはネットワークづくりがすごく上手で、婚戚関係を結んでいろんな村に姻族を作っていきます」。

それが、120万都市に人口2%弱ほどのマイノリティのラバーリーの人々にとって、困った時に助け合うセーフティネットになり、コミュニティ内の自分の意識付けや、風紀を守ることからも、幼児婚の慣習があるそうです。

◆ものの価値は普遍じゃない

先生は話の折々に、「幼児婚ってどう思います?」と問いかけます。文化が違えば結婚の捉え方も変わり、良し悪しではなく、どう思うかを投げかける。学生たちは皆、すぐには答えられないのですが、異文化に対面した時に自分はどう反応するか、考えをめぐらせるきっかけとなりました。

幼児婚の話は、婚礼において刺繍布が婚資や持参財として重要な役割があるという、ものづくりの価値観につながります。ラバーリーでは、婚礼用に手づくりした衣装や刺繍品などは、相手の家族や親戚によって評価されるのだそうです。それから講義は、社会変化によって1990年代に刺繍禁止令が発令されて以降、特に伝統的な刺繍ができなくなっている現状や、ものづくりの変化、商品づくりが広がらなかった理由などに話が及びました**。

講義を通して伝えられた一つに、「売るためではないものづくり」の視点があります。上羽先生は言います。「私たちは市場経済にどっぷり浸かっているので、ものの価値は美的価値や希少性などを考慮した価格に反映されると思い込んでしまっているけれど、それは普遍じゃない。売るためではないものづくりをラバーリーの人たちはしていて、時にはタダだったり、別の評価軸があったりもする。価値体系に対する『もの』について、ラバーリーのものづくりは根本的に考えさせられます」。

◆しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて

模写の時間、真剣な表情で黙々と手元に集中する学生たち。「ハンクリ(はしご状の鎖縫い)上手になってきたね」「線が自由に描けるようになってきたね」と先生に声をかけられ、「最後になってようやく」と顔がほころぶ場面も。模写では一針一針観察してもわからない所はあって、先生に相談して「(拡大鏡で)のぞいてみた?」「裏はどうなってる?」と一緒に手がかりを探していきます。

孔雀文様の刺繍では、端の処理がわからず、模写と実物を見比べることに。「(端だけ)糸が尖って見えるのは何だろうね?」「(糸を)引っ張ってるからかな?」「いい気づき。同じようにやってみようか」。まるで謎解きのようなやりとりが行われ、一つ解析できると、他のはどうかと周りにも目がいくように。模写を通して、糸の力加減や針先の扱いなど細部まで見る力が鍛えられました。

学生と一緒に刺繍布を見ながら、「(ラバーリーの人は)この棘っぽい表現が好きなんだね。面白いよね、ずっと眺めていたいよね」と先生も見入ったり、「ラバーリーの人たちは一枚の布をずっと持ち歩いています。一緒にいる時間が長いので、刺繍に対しても布に対しても愛着があるんですね」と楽しそうに話す場面も。

授業の最後に、先生からはこんなアドバイスがありました。「皆さんもこれから続けていく中で、作れなくなる時が出てくると思います。理由なんかありゃしない、ただ作れない、作る気分になれないという時が一流と言われている人にだってあります。そんな時はラバーリーの刺繍を思い出してやってみるのも気分転換になります。ものには、やっぱり力があるんですね。人の手がこれだけ加わるので。しんどい時には、ものの力を少し頼りにしてみて。ものを眺めて、この人もこうやって作ったんだなと想像するのも、手を動かすのもいいと思います」 

「ものを見る目」が多面的に広がった3日間の授業。刺繍布に対する愛着は、ラバーリーの人たちと同じく上羽先生からも感じられました。刺繍布はもちろん、長年通い続けているラバーリーに対しても。時間と思いの積み重ねが、ものへの信頼や愛着を育むのではないか。そんな、ものづくりの味わい深さを知った授業でした。

おわり

*上羽先生がラバーリーのコミュニティで養女になったいきさつや体験について詳しくは、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)に書かれています。

**参考記事:「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」上羽陽子

スクールの窓から:「観察する目を養うのが授業の肝」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 2

国立民族学博物館(みんぱく)の上羽陽子准教授による、専門コース本科「ニードルワーク」の授業2回目は、インド西部ラバーリーの人々が作った刺繍布を更に見ていき、背景にある文化を知り、刺繍技術を学びました。女性の上衣や、子どもの結婚儀礼服、乳児の敷布団、祭礼用の男性の上衣、婚資の持参財袋などに施された多彩な文様。それらがどんな技法で、どのようにつくられているか、自分で刺繍するために見る目を鍛えた時間でした。

みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

◆作る人を想像できる布は面白い

「これは子どもの結婚儀礼服です」。上羽先生がそう言いながら、色鮮やかな小さな上着を見せると、学生からは「えっ!?」と驚きの声が上がります。先生が長年フィールドワークをしているラバーリー社会では、幼児婚の慣習があるそうです。そうして自分たちの当たり前が覆されていくのは、民族学・文化人類学の観点から学ぶ上羽先生の授業ならでは。

男性の上衣の特徴で「こんなに袖が長いのはどうしてだろう?」と先生からの問いかけに、思いつくことを口に出していく学生たち。「虫?」「虫はヒントです。彼らは放牧していて外で寝ます。それとどう関係している?」「袖から入ってこないように?」「正解! 袖をたくして腕にぴったりと沿わせば、虫も砂も服の中に入ってこないから」。続いて「なんで(身頃に)紐がたくさんついているのかな?」「家族の数?」「発想が柔軟! 牧畜で移動生活なので手ぶらで動けるように、紐にナイフなどをぶら下げます」とやりとりをしながら、服を機能面からも紹介します。

婚資の持参財袋では、刺繍が省略されている部分も。「想像するに、これを作った人はあまり刺繍が得意じゃないのかもしれない」と上羽先生は言います。「ラバーリーの人も全員、刺繍が得意なわけではないので。作る人を想像できる布は面白いですね」。

◆  「なぜ?」は難しい

そして授業では、面を表す刺繍技法の一つである「バワリヤ」と、鏡片を縫い付ける「ミラー刺繍」の三角形や菱形を縫う練習をしました。上羽先生は、ラバーリーが無文字社会であり、口語のみで読み書きを行わないと紹介。人々は針の動きを目で追い、すべて記憶していくのだそうです。ミラー刺繍の練習では「ラバーリーと一緒、覚えてね」「角をひっかけて留めていく、理屈がわかれば大丈夫」と声をかけます。「そもそも、なぜ鏡を縫い付けるのか?」と学生から質問が上がると、ラバーリー社会における邪視よけの説明がありました。

邪視は、眼差しや視線に宿る力が災いをもたらすという信仰で、嫉妬や妬みから身を守り邪視を跳ね返すのに鏡を付ける、と。一方、日常の中で自分の力ではどうしようもない出来事が起きた時に、自らを責めずに邪視を原因と見なすことによって状況を収めようとする場面もあるそうです。上羽先生は言います。「『なぜ?』は文化人類学の問いとしてはすごく難しいです。そこには歴史や文化、慣習などが複雑に絡み合っているので。難しいけれど、どのようにしてこうなったのか、たぶんこうじゃないかなと考えながら研究しています」。

◆  ぐっとくる文様を見つけて模写する

授業の後半は、様々な文様を見ていきました。刺繍布サンプルの中から好きな部分を模写して刺繍する、という課題に取り組むためです。「ちょっと大変でも、自分がぐっとくる文様があると思うんです。面白いとか楽しそうとか、やってみたいと思うものに挑戦してもらえたらと思います」と上羽先生は学生に伝えます。

ラバーリーの刺繍文様は、花や草木、クジャク、オウム、ラクダなど身近な植物や動物などを抽象化して表現しているのが特徴。ですが文様と実際のイメージがすぐに結びつかずに、学生たちはきょとんとした顔に。そして先生の説明を聞きながら目でなぞります。文様の意味について、「例えばサソリは、ラバーリーにとっては愛の象徴。小さいのに象を一撃で倒せるような力があるから。それが人を守れる、人を愛せるという意味につながります」といった解説も。また文様の名前には、意味がないものもあるそうです。「現代人のサガとして、つい名前に意味付けしたくなるけれど、実は意味がなくて単に記号として付けられるものもあります」。

次に、返し縫いや、渡し縫い、縫い付けなど具体的な技法を解析します。拡大鏡を使ってつぶさに観察し、目を糸に近づけていく。「ここで見た状態を記憶して、次にこっちを見て。似た模様がないか、角度を変えて見たらどうなるか、観察してみて」。そうして段々と細部に気づけるようになり、学生たちは面白くなってきた様子。「難しい技法がたくさんあるわけではなく、限られた技法を組み合わせてバリエーションを出している。それが刺繍の面白いところですね」と先生も楽しそうに語ります。

「まずはやってみようかな」と言って針と糸を手に取る学生に、「いいね!」と返す先生。「完成させるというより5針でも10針でも、なるべく同じ形でつくってみて」。つくることで頭と手の動きがつながり、教室内はワクワクした空気に包まれました。

そして模写へ。縫い始めはどこか、どう糸を渡しているか、糸は何本取りか、密度はどのくらいかなど、実物大のサイズを確認しながらペンを走らせます。「皆さんは手を動かして刺繍の技法を習い、かつ自分でやる段階にいるので、見方が深くなっています。観察する目を養うのが、この授業の肝。織りにも通じますね」。

刺繍布を通して、見える世界が豊かに広がりながら、次は最終回へ進みます。

3へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。


スクールの窓から:「すべてのものに歴史や社会の背景があります」みんぱく・上羽陽子先生のニードルワーク授業 1

専門コース本科では、例年「ニードルワーク」の授業が行われています。講師は、国立民族学博物館(通称「みんぱく」)の上羽陽子准教授。染織研究を専門に、長年インド西部グジャラート州カッチ県に暮らすラバーリーの人々の刺繍布の研究・調査をしている方です。

3回に分けて行われた授業は毎回、講義と刺繍の実習が半分ずつ。ラバーリーの刺繍布をじっくり観察して、同じ技法で刺繍をし、それらの歴史的・社会的背景について学び、ものづくりの意味について考えるという内容。手も頭もフル回転の躍動感のある授業に、学生たちは興味津々に講義を聞き、夢中になって刺繍に取り組んでいました。

◆当たり前と思っていることが、よその地域では違うかもしれない

授業で学ぶ刺繍布はインド西部のものですが、今回の学びは地域特有なものに留まらず、身近なことに結びつけて考えられるように組み立てられています。はじめに上羽先生はこう話します。「すべてのものには歴史や社会の背景があります。ものづくりについて、どう見て、考えていけばいいか。ものを見ながら背景を推察していく。刺繍だけではなく例えば、皆さんが今やっている綴織りなども同じような視点で考えることができるようになれば、さらに面白くなると思います」。

そのためには、まず「視点をつかむ」ところから。上羽先生の研究スタイルは、「作りながら、考えていく」。現地の人に制作技術を習って、その過程で知り得た情報をもとに、ラバーリー社会の中でこの布はどういう位置付けで、どんな役割なのか、など聞き取りをしながら調査を重ねています。

初回の授業では、先生が「何でだろう」と問いかけていくスタイルが印象的でした。授業に先立ち、織りを学ぶ動機を全員に尋ねた先生。学生の一人が肌着など衣料品売場で働いていたと知ると、そもそも「下着って何でつけてるんだろう?」と切り出し、ラバーリーの人たちの生活習慣と結びつけて話を展開します。ラバーリーの特に親世代の人たちは下着を身に着けていないと紹介し、「世界中の衣装を見た時に、下着をつけている方がマイノリティです」と。「民族学・文化人類学は、私たちにとって当たり前と思っていることが、よその地域ではひょっとしたらそうじゃないかもしれない。私たちは当然のように下着を身につけているけれど、身につけていないのはどういうことなのか。そういうことを考える学問です」と民族学の世界にいざないます。

そこからラバーリーの女性の服の紹介や、二着のみで暮らす背景にある移動生活、薄くて乾きやすい服の理由は乾燥地帯で水が貴重であることや、それが寝間着もなく下着もつけない生活習慣につながるなどの話がありました。さらに1947年にインドが独立して以来、国をあげて手工芸を開発してきた社会背景や、災害復興との関わり、女性の衣装の記号化、美の価値観の違いや背後にある経済力など、布から見える世界の広がりに触れていきました。

◆技術を見る時は同じ目線で

また授業では講義と並行して、実際にラバーリーの刺繍布のサンプルを見ていきます。「縫製はどうなっている?」、「どんな特徴がある?」「裏はどうなっている?」「胸にギャザーがあるのはどうして?」など問いを投げかけ、学生と会話のキャッチボールを繰り広げ、テンポよく解説していく上羽先生。「ものを見る時は、両手で持って優雅に触ってもらうのがいいと思います。ひっくり返す時も、両手でスッと」と扱い方のさりげないアドバイスも。

細かな刺繍を見るのに、学生たちは拡大鏡でどうやって縫われているかを興味津々にたどっていました。それから、上羽先生がラバーリーの人々から習ってきたという刺繍技術を習いました。まずはやって見せるのに、「技術を見る時は、やっている人と同じ目線で見る方がいい」と先生は声をかけ、学生たちを近くに集めます。

試し用の布と糸、そしてミラーが配られ、初回は、はしご状の鎖縫い「ハンクリ」と、布に鏡片を縫い留める「ミラー刺繍」の練習をしました。刺繍枠を使わずに、針を持つ手と反対の手で布をおさえ、張りを持たせるのがコツ。「左手(利き手と反対の手)で布をピンと張る」「左手の人差し指で糸を留める」「左手が大事」と繰り返し伝えていきます。

そして、「間違いに気づいたら、手を止める。それ以上は進まない」と助言し、「ラバーリーの人たちは、いくらでもさかのぼってやり直すんです。糸がもったいないから」という話も。それはラバーリーの刺繍技術が、限られた糸を無駄なく使用して、表面に多くの文様表現をするために発達したという経緯にもつながります。

黙々と刺繍の練習する学生たちに、「できてきましたね、ブラバル!(「良い」意味。現地の言葉)みんなラバーリーっ子!」と声をかける場面も。行ったことのないラバーリーの空気までも運ばれてくるような活気のある授業に、学生も興味津々な様子で話を聞き、新たな学びの扉が開きました。

2へつづく

〈上羽陽子さんプロフィール〉

うえば・ようこ/国立民族学博物館人類文明誌研究部・准教授。専門は染織研究。特にインドを対象として、つくり手の視点に立って染織技術や布の役割などについて研究。2007年に第4回木村重信民族藝術学会賞受賞。著書に『インド・ラバーリー社会の染織と儀礼──ラクダとともに生きる人びと』(昭和堂2006年)、『インド染織の現場──つくり手たちに学ぶ』(臨川書店2015年)、編著に『現代手芸考──ものづくりの意味を問い直す』(山崎明子と共編、フィルムアート社、2020年)、『躍動するインド世界の布』(金谷美和と共編、昭和堂、2021年)、論文に「NGO商品を作らないという選択──インド西部ラバーリー社会における開発と社会変化」(『地域研究』10(2)(昭和堂2010年)などがある。

スクールの窓から:時代を読み取り、自分を知り、人生を楽しんで生きる 野田凉美アドバイザー講義

専門コースで、野田凉美アドバイザーによるゼミが開かれました。「『つくること』は『食べること』と同じ」と語る野田先生の、ものづくりの豊かさが感じられる授業時間となりました。

野田先生は1980年代から京都を拠点に活動して、国内外で作品を多数発表し続けています。2022年2月には初の作品集『HINTS FOR ART』(青幻舎)を刊行。当スクールでは06年から11年間ディレクターを務め、現在はアドバイザーとして関わっています。

授業では、先生のものづくりにおいて、テーマはどこからきて、どんな素材でつくっているのかなどのレクチャーがありました。そして先生がこれまで制作・展示した作品や、そのサンプル、使用した素材を実際に見ながら、制作プロセスが紹介され、授業全体を通してたくさんの思考の種が蒔かれた時間でした。

◆この時代にいる「私にとって大切なことは何か」を知る

テーマは野田先生の場合、ニュースや広告の分析や、日常生活から感じ取るところから始まるそうです。広告を見ていると「皆が何を欲しているのか、何を売りたいのかがわかる」と先生は言い、車や薬、保険など様々な例を挙げて、それをどう読み取っているかを話します。服の場合は1970年〜80年代は体にピタッと沿うような形だったのが、今はフリーサイズやボタンの無い服が多くなっている。そこからニット素材が増えたり、色や形で性差が無くなってきていたりしている時代の変化を読み取ることができる、と。そして、身の回りの出来事や、何気ない日常からも日々敏感に「感じ取る」。その上で、「この時代にいる『私にとって大切なことは何か』を知るのが大事」と野田先生は言います。先生にとっては距離感が大切で、人に対しても自然に対しても居心地がいいと感じる距離感を「快適に生きていくために知っておく」と。そんな毎日の生き方が、そのまま、ものづくりとひとつながりとなって話は進んでいきました。

その軽妙な語り口に引き込まれていくうちに、私にとって大切なことは何だろうと、一人ひとりがおのずと考えるようになります。自分を知るためには「いろんな情報を丁寧に、頭の中にメモしていく。それを書き出し、皆に話してみる」と先生はアドバイス。他にも絵画や映画、読んできた本の紹介や、先人に学ぶ視点を持つことを伝え、それから「身近にあるものをモチーフにすることが多い」という先生の作品例の説明へと入っていきました。

◆美味しかったな、栄養になったな、元気出たな

まず先生が伝えたのは、「アートは、ごはん」について。アートは特別な何かではなく、日常にあると思っていて、食事も作品制作も「毎日の生き方そのもの」を表している、と。何を食べるか、どう食べるかを日々選んでいるように、素材選びも、テーマから関連づけて「自分なりの選び方をする」。「新しいアイデアでも、素材の組み合わせがうまくいかなければ失敗することもありますが、そこで自分の目標を絶対にまげない」ときっぱり。そして、作品で使われているウール、ラベル、紋紙、薬のプラスチックパッケージ、砂など、それぞれの素材に着目した経緯が語られました。

続く作品紹介では、実際に作品のサンプルを見ながら、素材から作品に変わるプロセスについて、技術、工夫、やってみて気づいたことなどが小気味よく説明されました。話の中で、素材の購入先などの実用的な情報から、制作で出会った言葉、参考本の紹介、ポートフォリオ作りのアドバイス、写真を撮っておく必要性、野田先生にとって展覧会とは、展覧会でどのようにメッセージを発信し、人と作品が往来できる場をつくっているのかなどが惜しみなく伝えられました。

野田先生は言います。「食べることと同じで、美味しかったな、栄養になったな、元気出たな、と感じながら、ものをつくりたいと思っています」。

授業で紹介された作品のサンプル。

◆手ぶらで歩ける、生きているだけでいいよって言える日を

終盤にスライドで紹介されたのは、幼少期の写真と「生きているだけでイイ ハッピーバースデー」という作品。「人間ってすごく無理して生きているなって思います。あれも必要、これも持ってという感じで。だからお誕生日ぐらいは手ぶらで歩けるとか、生きているだけでいいよって言える日であったらいいなと思ってつくりました」。

ものづくりのヒントになるような内容が、多様で広がりをもって伝えられた授業。それを作品制作に限った話ではなく、毎日の生き方と重ねて語られた野田先生の講義は、時代を読み取り、自分を知り、人生を楽しんで生きるヒントに満ちていました。

「生きているだけでイイ ハッピーバースデー」”It’s Just Good To Be Alive Happy Birthday” 2003 = 表恒匡撮影

〈野田凉美プロフィール〉

のだ・すずみ/大阪生まれ。京都市立芸術大学特任教授(2017〜22年)。京都造形大学(現・京都芸術大学)特任教授(2012〜17年)。川島テキスタイルスクールディレクター(2006〜17年)を経て、アドバイザー(2017〜現在)。
GALLERY GALLERY、ギャラリーマロニエ他、イギリス、スウェーデン、イタリア、オーストラリアなど国内外で作品を多数発表。

website: suzuminoda.com
instagram: @suzuminoda

◆野田凉美個展「昭和について」
会期:2022年6月25日(土)~7月10日(日)12:00~19:00
※最終日は17:00まで,木曜日休廊
会場:GALLERY GALLERY

『野田凉美作品集HINTS FOR ART』(青幻舎)

スクールの窓から:素材も風合いも「糸との出会いを楽しみに」 スピニング2

専門コース本科「スピニング」授業リポートの後半です。授業では、糸紡ぎの実習と並行して行われた説明を通して、一本の糸の成り立ちから見える世界の奥行きを知っていきました。後半は説明の一部を紹介します。

羊毛が糸になる仕組みを学び「糸を見る目をクリアに」スピニング1(前半)

◆生き物だからこそ自然に生み出せる特性

説明の内容は、糸の元になる繊維の全体像から、羊の種類、工場生産の紡績糸まで話は多岐に渡りました。化学繊維(人造繊維)と天然繊維の説明ではサンプルを触りながら、どこで、どんな原料で作られ、どうやって糸になって、どんな用途に使われるかを知っていきます。その幅広さが見えてくると、繊維がじつに様々な場面で生活に浸透していると気がつきます。とりわけ羊毛の世界は奥深く、羊がどこで、どんなふうに育ってきたのかから、種類の豊富さ、人の移動に従って羊が広がっていった歴史の話にも。その視点は現代にも通じ、生活の中で出会う織物が何でできているのか、世の中が回っていないと原料が入ってこない現状にまで話が及びました。

羊毛が紡ぎやすい理由の説明では、話は細胞レベルに。人の髪の毛はサラサラなのに対して、羊毛が縮れているのは、毛根から生えるときに種類の異なる二種の細胞からつくり出され、それが交互にはり合わされたような構造で、クリンプという縮れになるそう。さらに表皮がうろこ状で繊維同士が絡みやすく、糸にしやすいそうです。そんな羊毛の性質は「生き物だからこそ自然に生み出せる天然繊維の特性。化学繊維は人間が作り出したもので生活の細部にまで浸透している。両方の特性を知った上で、繊維を大事にしてもらいたいです」と中嶋講師は伝えました。

◆織りの総合力を身につける

専門コース本科では、これから綴織や絣、組織の実習や、デザイン演習など様々な織りのものづくりを経験していきます。今回の実習で、まずは糸の成り立ちから学んだのも、織りの総合力を身につけるための基盤となります。中嶋講師は言います。「織物が他の工芸と違う点は『風合い』があること。それは繊維を使った加工の特徴です。天然繊維の場合は素材の原料が異なると、触った感じが違います。それを下支えしているのが糸。織物をつくる時には、糸選びから風合いを大事にしてください」。そして、こう言い添えました。「これから糸との出会いを楽しみに」

糸づくりの実習を経て、秋にはホームスパンとファンシーヤーンの授業へと続きます。

おわり

中嶋芳子先生インタビュー「一本の糸から」(2020年10月)