熟練の染色の専門家、堀勝先生の授業を取材し、大切にしたい「何か」を見つめるシリーズ。最終回は、専門コース専攻科(2年次)の学生が取り組む作品制作のための染色です。織り作品をつくる過程において、初めに行う糸染めは、要となる部分。そこでどんな色が出せるかによって完成形が決まると言っても過言ではなく、専門家に相談できるのは学生にとって大きな安心です。専攻科の学生の一人が取り組んでいる、着物制作の染色を取材しました。着物を織るのに必要な絹糸を染めるのに、学生は糸の準備から、その扱い、試色、染色、仕上げまで、先生からマンツーマンで指導を受けます。
この動画は「精練」の一場面です。天然繊維に付着した汚れなどを取り除くための作業で、生糸の場合は表面を覆うセリシンという糊状の成分を落として絹本来の光沢と質感を出すのが目的。この日は、経糸用の生糸を40〜50分ほどかけて精練しました。時間をかけて、ゆっくりとセリシンを落とすことが「シルク特有のしっとり感を残すコツ」と堀先生は言い、まずは一連の動作をやって見せます。先生の糸を繰る動きは、なめらかで機敏。糸を絡ませないためのコツが随所にあり、動作を繰り返すうち、程よい間合いやリズム感が生まれてきます。しかし、慣れない学生にとっては難しいもの。特に繊細な絹糸は絡まりやすく、糸の扱いにも細心の注意が必要です。
◆「もうちょっと」を繰り返す
染色は、経糸、緯糸、絣糸と段階を追って進めていきます。絣糸を染色する日、学生は自ら括った千本もの絣糸を大事そうに抱えて持ってきました。学生は、糸を束にして括る作業を数週間かけてやり通し、満を持してこの日を迎えたのです。これだけの量の絣糸を染める学生は珍しく、「僕もいまだに勉強や」と堀先生は言います。先生は、染色職人として42年の土台の上に、スクールで20年以上教えている熟練者。それでも毎回、学生と同じ目線に立ち、新鮮な目で染色と向き合うところから始めています。
絣糸を括る作業は地道で時間がかかるのに対して、本番の染色は一発勝負。事前に何の染料を使い、どういう方法で染めるかなどを相談し、先媒染までを済ませた状態で、学生はこの日に臨みました。「思った色になりにくいから、天然染色は難しいで」と、先生は念を押します。この日染めるのは紫、緑と黄緑色。紫には紫根を、緑には緑葉エキスを使い、そこから黄緑色に変えるのに、試色時はカリヤスを用いたのだそう。ところが本番では緑色は出ず、初めから黄緑色になるというアクシデントが起きます。すぐさま、「藍を足そか」と機転をきかせる先生。そして染料とお湯の量を調整しながら、学生が望む色に合わせるためにアドバイスをします。
染色では染めるたびに室外に出て、外光の下で染まり具合を確認。先生も生徒も、色と向き合う表情は真剣そのもの。「どうや?」「もうちょっと」。再び染色し、何の染料をどのぐらい足したのかを記録していく。そうして何度も「もうちょっと」を繰り返す色合わせのセッションが続きます。「いい色になりました、先生!」と、学生の声のトーンが上がった瞬間、色が合ったのを確認した先生の顔もほころびました。「最後にもう一回染めとこか」と先生は言い、仕上げを経て「思った色になりました」と、学生はほっとした様子でした。「もうちょっとのあんばいが難しい。そんな時、先生のアドバイスはとても参考になるんです」
◆染色を広く、深く
堀先生の染色の授業に入り、その教える姿から「大切な何か」を探っていった今回のシリーズ。実習ではデータ見本を持つ必要性から始まり、ぴったりの色合わせが出発点になるという勘染め、糸を乱さないための基本動作や、糸との向き合い方など、染色を広く、深く学べるスクールの側面を紹介してきました。
先生を慕い、アドバイスを求める学生は多く、先生は「僕も、(年齢的に)もうそんなに長くはいられんけど、もう少しおらなあかんな」と穏やかに話します。根本にあるのは「染色を好きになってほしい、続けてほしい」という思い。「大切な何か」とは、このシンプルさに立ち返るように思いました。そこが一切揺らぐことなく、どの実習でも学生に接する態度からにじみ出ていたからです。
次の一年も、堀先生は学生に寄り添って歩み続けます。
おわり
〈取材が終わって—堀先生のつぶやき〉
2021年4月の初回から半年以上にわたり、スクールのスタッフによる密着取材を受けてきました。主旨は、授業内容そのものよりも私の「教えている姿」ということ。自身ではどうすることもできないテーマで、まさにありのままを取材してもらう「まな板のコイ」の心境でした。記事には、授業で私が意識していない言葉や動作、生徒とのやりとり等が汲み取られていて、掲載のたびに気恥ずかしさもありました。
前年度に受けたロングインタビュー「染がたり」から、今回のシリーズの取材を通じ、私自身も改めて今までの長い染色人生を振り返ることができました。80を超えた今になって、このような機会にめぐり会えて感謝です。インターネットを通して国内外から、このシリーズ記事をお読みくださった皆さん、ありがとうございました。来年度は、取材のプレッシャーから解放されます(笑)