「効率より高品質で、丁寧につくる信念を」尾州テキスタイル研修 本科・日岡聡美

 最初はテキスタイルマテリアルセンターに伺った。ここは東京・上海・ミラノのテキスタイル展示会で展示されたテキスタイルサンプルが集まってくる資料館で、多くの異なる素材・デザインのテキスタイルがハンガーにかかっている光景は圧巻だった。資料館を見る前に、イワゼン株式会社の岩田社長にレクチャーをしていただいた。

 主にジャカード織の生地を作っておられるというイワゼン株式会社さん。多くの若手ファッションデザイナーの依頼を受け、そのデザイナーの表現したいものが作れるようなテキスタイルを作っているという。織機はションヘル織機というもので、これは織るスピードは遅いが太さの違う糸やテンションが違うものも織れるらしい。個人的に色々な素材を使ってみたいと感じている為、とても興味が沸いた。過去に制作したサンプルも見せていただき、緯糸を長めに残して切ってフリンジのようにしたものなど面白い加工方法のものをたくさん見せていただいた。加工方法の大変さや染色法の名の由来など、現場の裏話も聞く事ができ楽しかった。

フリンジを長めに残した生地

 サンプルを見ながら、数々の斬新な手法で独特な表現を生み出した話をしていただいた。部分的に縮絨をしてシボを作った生地などを見て、布を織った後の「加工」についても考えさせられた。今まで織ることに精一杯で、最後の縮絨作業などについて深く考えていなかったと感じ、もっと意識していきたいと思った。社長さんが「考えてやろうと思ってもダメ。偶然やってできたものもある」とおっしゃっていて、これからはとりあえず興味を持った素材や手法は試していってみたいと感じた。

一部のみを縮絨した布

 テキスタイルの技法に詳しくないデザイナー側の希望を汲み取り、デザインが活きる布にする事はとても難しい事と感じた。必ず思い通りのものができるわけではなく、時にはデザイナーに気に入ってもらえない時もあるそうだ。しかし、蓋を開けてみるとデザイナーに不評だったものの方が評判良かったりする。偶然の産物が思わぬ結果に繋がる事は面白いと思った。

 レクチャーの後は、サンプルを見て回った。とにかく数が多く、何時間でも見ていられそうだった。多くのデザイン・パターンを見ることができ、とても勉強になった。日本独自の手法で作られたテキスタイルも多いそうで、日本の技術の需要の高さを感じられた。

 次は葛利毛織工業株式会社に伺った。古民家の奥に工場があり、遠くからもガシャン、ガシャンと織機の音が聞こえてきた。先ほど説明していただいたションヘル織機が見られるという事で楽しみだった。工場では生地をつくる各工程を実際動いているところを見ながら説明していただいた。

 葛利毛織工業さんは高品質のスーツ生地をションヘル織機で織っている。ションヘル織機は新しい工業用織機に比べてスピードがとても遅いと聞いていたが、実際見てみるとシャトルが目にも止まらぬ速さで横に滑ってどんどん布が織られていき、とても迫力があった。工業用ションヘル織機は経糸、緯糸の動きをチェーンのような機械にコマを入れプログラムを組み、委託図通りに織る事ができるようにしているらしい。また、経糸一本ごとにストッパーという装置をセットし、経糸が切れた時に下に落ちて代わりの糸が補充されるようになっている。機械で織っているとはいえ、手織りとは違うところで色々と作業があり、やはり織るということは時間と労力がかかると改めて感じた。各工程の様子を見せていただいたのだが、綜絖通しの工程では速い人は1時間600本くらい通すと聞き、プロの技に感嘆した。

ションヘル織機のプログラムが組まれている
ションヘル織機でシャトルが入れ込まれているところ

 最後に工場で働いている方々のお話も聞く機会があったのだが、同世代の職人の方々のものづくりへの熱い思いに刺激を受けた。また、専務のお話も聞く事ができ、世界でも絶滅しかかっているションヘル織機を使い続け、布を織っていく事の意義を話していただいた。葛利毛織工業の皆さんの仕事に対する情熱を感じ、このように真剣に向き合い、常に精進する姿勢を見習わなくてはと思った。

 最後は木玉毛織株式会社に伺った。木玉毛織株式会社は、ガラ紡という日本で発明された糸紡ぎの手法で糸を作っている。ガラ紡は現役で生産している機械は数少なく、貴重な現役の機械を見られる機会を得られて嬉しいと思った。

 最初に丸編機という、ニット素材を織る機械を見せていただいた。こちらは横編みのニットを高速で生産できるそうで、整経が必要ないそうだ。伸縮性があるジャージのような生地が作れ、主にカーシートなどの生地を作っている。丸編機で編んだニットは円状になっており、最後に切って生地にするという。大きな袋状のニットが下から出ており、製品になる前にはこんな形なのかと思い、興味深かった。

 次にガラ紡の機械を見せていただいた。ブリキの筒がずらっと並び、その中から綿の糸が上へ伸び、巻かれている様は今まで見た事のない光景だった。ガラ紡で紡がれた糸は手紡ぎのような仕上がりで、綿という素材の温かみも感じられた。綿を筒状に形成して筒に詰め、そこから糸を引いているのだが、綿の筒が短くなると筒から飛び出してしまう。この綿は捨てられるのではなく、他の残った綿と一緒にまとめられ使用される。無駄もなく、環境にやさしい素晴らしい製法だなと思ったが、生産性が低く、1ヶ月に250kg程しか糸が紡げない事から、ガラ紡を続ける工場は今はとても少ないらしい。しかし、手紡ぎのようなナチュラルな風合いを出せる糸を紡げるガラ紡は貴重だ。葛利毛織工業株式会社の方々と同じく、木玉毛織株式会社の皆さんが伝統的な手法を継続してくださっている事に敬意の念を抱いた。

ガラ紡

 この学外研修では3カ所見学をして、たくさん新しい事を学び、見る事ができとても充実していた。マテリアルセンターでは色々な新しい技法や試み、また様々な布やニットを見て、テキスタイルの表現方法はとても奥深いと改めて感じた。葛利毛織工業株式会社と木玉毛織株式会社ではションヘル織機とガラ紡で布、糸の製造を行っている現場を見学する事ができ、とても貴重な経験ができた。新しい工業織機に比べ生産性は低いが、ションヘル織機もガラ紡もハイテクな機械には出せない手触りや風合いが出せる。尾州のテキスタイルは世界的にも高く評価されているが、それは効率ではなく高品質なものを丁寧につくるという信念を大事にしているからではないのだろうか。自分が作品を織る時も、一つ一つの工程を丁寧に、良いものをつくるという事を軸に制作をしていきたいと思った。

テキスタイルマテリアルセンター
株式会社イワゼン
葛利毛織工業株式会社
木玉毛織株式会社
大鹿株式会社 新見本工場

「そこにしかない『特別』に、価値を見出す」尾州テキスタイル研修 本科・園裕絵

株式会社イワゼン 岩田さんのお話について

 まず岩田さんが制作を手掛けられたたくさんの織物を見せていただきました。デザインの面白さ、技術の不思議さ、ご本人の熱意に圧倒されながらもその説明に引き込まれ、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
 「デザイナーが他の会社で断られたものをうちに持ち込んでくる」とのお話しの中で、個人デザイナーの作りたい量は小さいので規模の大きい会社での生産は難しいという現実的な点を挙げられましたが、面白いものを作りたいという岩田さんの熱意に人が引き寄せられる部分もあるのだろうと感じました。
 デザイナーとの打ち合わせについて、デザインする側と作る側の言葉でのイメージの共有は限界があるので、見本を使うのが大切であるとの事。見本によって言葉の認識のズレを埋めたり、逆に見本からイメージが着想される場合もあります。見本を使う事で、技術(見本)←→ デザイン(イメージ)の相互作用が生まれていると解釈しました。個人で制作する場合でもデザインに行き詰まった時にたくさんの見本があればアイデアの助けになるのかもしれません。自身でもいずれたくさんのサンプルを作ってみたいと思いました。
 研修工程の最後に新見本工場内で生地見本を見ていたところ、「これ私が作ったんだよ!!」と岩田さんが楽しそうに仰っていたのが印象的でした。シンプルな事ですが、楽しむことがものづくりでなにより大切なのかもしれないと感じました。

テキスタイルマテリアルセンターについて

 テキスタイルの図書館として、デザイナーと生産者の橋渡しのような存在であり、特に3大テキスタイル展出品の織物のサンプルは自動的に集積されるしくみになっているとのことでした。どのように運営資金をまかなっているのかと思い質問したところ、岐阜県から援助を受けているとのこと。サンプルを見て興味を持った人に地元の企業を紹介することで地元の産業の発展につながるとの考えなのだと思われます。
 尾州とイタリアのビエラ地方は毛織物の2大産地であること、その理由として近くを流れる河川が軟水であることがあり、軟水は染料が着色しやすく羊毛の脂を落とす際に石鹸が泡立ちやすい為であるとのことでした。現代はどこでもなんでも調達できてしまうので忘れがちですが、産業は環境に左右され、環境を生かして産業が発展してきたという当たり前のことに改めて気づきました。

葛利毛織工業でのションヘル織機見学について

 まず工場内の織機が動く大きな音に驚きました。私にはとても大変な現場に思えましたが、若い人たちが生き生きと働いているのが印象的でした。
 ションヘル織機はレピア織機等と異なりシャトルを通すために大きく綜絖を開くので糸と糸の間に空間ができ、柔らかく弾力のある風合いになるとのこと。しかし現代主流のスピード重視の織機と比べて手間と時間がかかるため、この織機で生産する会社は今はほとんどない。なくなったことで残ったものに価値が生まれている。「以前はこの織機での生産を積極的に続けたいとは思わなかったが、海外との商談で自分たちがやっていることの価値を知った。」とのお話し。また作る難しさとは別に、働き手を確保する難しさについても触れられ、「織りはアウトソーシングになるかもしれない」との発言は衝撃的でした。続けることの大変さを体験してこられた方の言葉は重いですが、地元産業の新しいあり方について前向きに模索されているようにも感じました。

木玉毛織株式会社の工場見学について

 元は毛織物の生産をされていたのを時代の流れに合わせてガラ紡生産にシフトされた経緯について説明いただいた後、ガラ紡の見学。ワタを機械にセットするところからガラ紡が紡がれるところを順を追って実演しながら説明いただき、大変わかりやすかった。一定に撚りをかけ続けるのでなく、撚る→休むを繰り返すことで柔らかい風合いの糸が紡がれるとのこと。スピニングの授業で紡毛糸を紡いだときのショートドローの動きに似ていると感じました。適度にムラがあって、なんともおおらかな糸です。糸の風合いもよいですが、紡績で出た短繊維を再利用するというところも時代の空気に合っているのかもしれません。
 日本の食用の羊サフォークの毛を利用してウール衣料を作るという新しい取り組みについて。これは工場見学中には話が出なかったのですが、事前に木玉毛織さんのウェブサイトで見て興味を持ったので質問し、新見本工場で製品を見せていただくことができました。現状国産羊毛(原毛)の製品はほとんどなく、その理由としては原毛に付いているワラなどを薬品処理することが環境汚染の問題で禁止されているためですが、こちらでは洗剤を工夫し、それでも残った少々のワラはつけたままで紡いでしまうという発想で製品化されています。なお、実物を見てもワラの存在は感じられませんでした。編まれたセーターは嵩高く、着ればとても暖かいに違いないと思いました。嵩高性を生かしたラグやブランケットでも面白いものができそうです。
 木玉毛織さんはガラ紡にシフトされた後、空いた工場建屋内スペースを繊維に関するさまざまな企業にテナントとして貸し出されていて、「つくる」と「販売する」が同居するおもしろい空間になっていました。

大鹿株式会社 新見本工場について

 尾州のものづくりを伝える洋服店という位置づけ。お店は休業日でしたが店長さんのご好意で見学させていただくことができました。
 リサイクルウールについては、尾州では古くから羊毛再生の文化があること、羊毛はウール100%よりリサイクルウールの方がコストが抑えられ、その点で綿や化学繊維の再生繊維と異なることなどのお話を伺いました。しかし「コストが抑えられるがゆえに、昔から職人の間では『ランクの低いもの』という認識が持たれてきた。でもそれは違うのではないか。」と店長さん。手間暇をかけて再生された繊維。今の時代の価値観に合わせれば、リサイクルウールはむしろ付加価値のあるものになりつつあるように思えます。
 新見本工場さんでは製品のリーフレットをこだわってつくられているとのこと。リサイクルウールブランド「毛七」のリーフレットを一冊分けていただきましたが、もはや写真集でした。並々ならぬ熱を感じます。費用がかさみそうですが、スマホの画面で見るのとは迫力が違いますし、質にこだわっているこのお店には冊子がマッチしていると感じました。

全体を通して ー何に価値を見出すかー

 今回見学した工場は、時代の流れに合わせて業態を変えたり変えなかったり方法はそれぞれですが、そこにしかない「特別」を大切にされていて、そこに価値を見出されていると感じました。作り手のお話を直接伺うことで、ネット上の知識よりも深い部分で知ることができ、応援したい気持ちになります。また、個人の作り手にとっても大切なこと、作り手であり続けるためのヒントをたくさん得ることができた研修でした。

葛利毛織工場ではションヘル織機の綜絖通しを体験。私たちが手織で行っているものよりずっと細い糸を6000本も通す気の遠くなる作業です。考えていたよりもアナログで繊細でした。

テキスタイルマテリアルセンター
株式会社イワゼン
葛利毛織工業株式会社
木玉毛織株式会社
大鹿株式会社 新見本工場

仕事としての織りを考える機会に (株)川島織物セルコンで緞帳のインターンシップ

専門コースでは2年目の専攻科に進むと、希望者は(株)川島織物セルコンでインターンシップを経験できます。2022年度は2つのプログラムが設けられ、それぞれ希望者が参加しました。一つは呉服開発グループで、帯のデザインと試作(昨年のリポートはこちら )、もう一つは美術工芸生産グループで、綴織の緞帳のデザインと試作です。今年新たに加わった緞帳インターンシップを紹介します。

綴織は、スクールを作った(株)川島織物(現・川島織物セルコン)が得意とする伝統的な織法。スクールでも1973年の開校当初から、綴織は柱の一つとしてずっと教え続けています。現在は専門コース1年目に、綴織の基礎をはじめ、織下絵の描き方や絵画的な織り表現を学ぶ授業、そしてタペストリーのグループ制作を行っています。学生はそうした土台をつくった上で、緞帳のインターンシップに臨みました。

◆ 早く、正確に仕上げるために

事前準備は原画作成。学生それぞれの出身地のホールに納める想定で、緞帳のデザインを考えます。想定サイズは14×8メートル、そのなかで織りたい部分を1メートル四方で選んで、その試織を10日間のインターンシップで行います。現場では専門家の指導の下、織下絵をつくり、使う糸を決めたり杢糸を配色したりと色糸を設計して製織へ。本来、会社では分業されているところを、このインターンシップでは、一連の流れで取り組むことができます。

スクールの報告会で、参加した二人の学生が口を揃えて言っていたのは「理論的に織る方が早く、正確に仕上げられると実感」したこと。「スピードと品質の両立」は、製品をつくる現場で欠かせないもの。積み上げる段数の数え方や注意点を学び、実際にやってみて、それが腑に落ちたようでした。たとえば、きれいな丸をどうやって織るか。学生の一人は「私は感覚で織りがちなのですが、何段織ったら違和感なく見えるかを最初に確認した方が、より早く織れて、完成形もよくなるとわかりました」と話しました。

◆ 高い集中力でやり切れた自信

製織では、どう織ったらデザインの意図が自然に伝わるか、専門家から技法の助言を受け、プロの目線や思考を学べたのも大きかったようです。「私の少しの間違いにもすぐに気づいて教えに来てくださって、判断力の早さに驚きました。長年の経験と、周囲をよく見る力を感じました」。具体的な技法から織りに向き合う姿勢まで、スポンジのように吸収してきた学生たち。スクールの報告会でも、それぞれに得たものや、見えてきた課題などについて、終始生き生きと語っていました。

「この経験をきっかけに、仕事としての織りをどう考えたか、織りとどう生きていきたいかを考えてみるのも大事」と、スクールの山本ディレクター。参加した学生はインターンシップを通して、スクールの制作とは違う企業の現場での織りを知り、作業の向き不向きに気づいたり、自身と織りとの関わりを見つめたりする機会になったようです。

当初10日間で仕上げるスケジュールは厳しいと感じていたものの、限られた時間で計画的に進め、高い集中力でやり切れたことは、学生の自信にもつながった様子。仕上がった実物を見て、報告を聞いた他の学生も刺激を受けていました。学びの勢いに乗って、今度はスクールで自身の制作に力を注いでいきます。

スクールの窓から:天秤機による組織織り、頭も体もフル稼働の11日間

1-2、2-3、2-3、2-3…組織織りの説明では、数字がテンポよく飛び交います。専門コース本科では、天秤機を使った組織織りの実習が行われました。4月に行われたジャッキ式の4枚綜絖の織機を使ったディッシュクロス制作実習を経て、今回は8枚綜絖の天秤式の織機を使って、より深く組織織りを学びます。授業の前半は5〜6種類の組織織りのサンプルをつくり、後半は学んだ組織を使ってデザインし、ラグマットを制作しました。

◆ドラフト図を読む、起こす

この実習の目的は、組織織りを学ぶと同時に、天秤機を使いこなせるようになることです。天秤機は、上部の天秤装置から綜絖枠と踏み木が吊られた、北欧でよく使用されているタイプの織機。多綜絖で使えて、複雑な組織が安定して織れるのが特徴です。

サンプルづくりは、柄を見て「どうなっている?」と考えるところから始まります。仁保講師の説明のもと、見本の組織図、綜絖通図、踏み順、タイアップ順を合わせたドラフト図を「読む」。そして綜絖通し順や踏み順にアレンジを加え、サンプルをつくる計画を立て、ドラフト図を「起こす」。

仕上がりの柄のイメージを描き、パターンの最小単位を取り出し、綜絖通し順や踏み順、タイアップ順を組み合わせて図に落とし込む作業は、「考える」の連続です。学生たちは「これで合ってるのかな?」と首をかしげながら模造紙にペンを走らせ、互いに照らし合わせたり、先生と答え合わせしたりしながら、脳内で組織を組み立てようとしていきます。

◆「そういうことか!」を体得する道のり

ドラフト図の次は、タイアップ、織りへと進みます。組織の仕組みを、まずは頭で理解しようとし、機の準備で頭と手をつなげ、織りながら体に落とし込んでいくプロセス。それは「わからない」「難しい」から、「どうしてこうなる?」を経て、「そういうことか!」「わかった!」を体得していく道のり。

そうして一つひとつの工程をやってみることで、組織の仕組みがどうなっているのかを考えるのが訓練です。前半の授業では6種類のサンプルをつくるのに、そのプロセスが6回繰り返されました。綜絖の枚数が4枚から6枚、そして8枚と増えていくにつれ、なかなか理解が追いつかなくなるも、学生も先生も粘り強く向き合います。

踏み木と招木をつなげるタイアップでは、踏み木が適切な高さになるようにコードの
張り具合を変えていき、全体のバランスをとるなど、準備でも緻密さが欠かせない。

◆「組織脳」を身につける

後半、ラグマット制作では、サンプル織りで学んだ二重織りの要素を使って、裏表の色の切替効果を生かしたデザインを考えました。そしてラナセット染料で染色し、8枚綜絖で織り、縮絨して完成! 頭も体もフル稼働の11日間を通して、学生からはこんな感想がありました。

「サンプル織りで、綜絖通しを毎日やるのは大変でしたが、織る前の準備のプロセスを覚えられました」、「デザイン画を描くのに、自分の中の絵のイメージを組織図に変換するのが難しかったです」、「(踏み木を踏み変えるだけでも、さらに)パターンが何通りも考えられるのが面白かったです」、「今回(ラグの)デザインを行ったことで、自分で仕組みを考えられるようになりました。これから布を見た時にも、組織の理解度が上がるのかなと思います」

この実習を通して、担当の仁保講師が目指したのは「考える過程を身につける」こと。いわば「組織脳」。学生たちは組織織りを通して、つなげる思考を学んだとも言えるでしょう。また一つ、織りの世界の広がりを知った授業となりました。

アトリエより:3年目、やりたかった「綴帯」制作へ(前編)

今年、専門コースには、綴帯の制作に励んでいる学生がいます。3年目の創作科に通う于尚子さんは、綴帯をやりたいという思いをずっと温めていました。

ふだんはあまり目にする機会がない綴帯ですが、スクールには綴帯を学ぶ場が整っています。アトリエには西陣綴機が11台あり、専任の講師がいて、綴帯が制作できる安定した環境とノウハウがあります。それに専門コースでは1年目に、綴織の基礎技術からグループのタペストリー制作までを体系的に学んでいるので、難易度が高いといわれる綴帯にも、基礎が身についた状態で入っていけます。

とはいえ近年は、綴帯制作を希望する学生はそういるわけではありません。そんななか、于さんが綴帯を望んだのは、かつて祖父母が「出機(でばた)さん」として織物業者から仕事を請負い、家で帯を織っていた環境で育ったことが大きいといいます。自身も着付けの仕事をしており、綴帯を扱うなかで、その特有のハリ感や、柄の美しさに魅了されたのだそう。特別感がある分、初めは自分が織るイメージに結びつかなかったものの、スクールで講師が学生時代に制作した綴帯を見て「私もぜひ学んで、織ってみたい」と一歩踏み出しました。

祖母や母が織っていた帯の織りサンプル。綴帯の制作を母に話したら、じつは「私も帯を織る仕事をしていた」と言われ、知らなかった母の思い出話に触れた。

いざ、一本目の綴帯に取り組む今、「これまで学んできた織りとは違う難しさを感じています」と于さんは言います。綴織のなかでも、綴帯は糸が細い分、一日中織っていても数センチしか進みません。また綴は模様にするのに何色もの糸を使って織り分けるため、緯糸は端から端へまっすぐ一本通すのではなく、色や形によってそれぞれ通す範囲が変わります。ここでも糸が細い分、線が微細で、納得できる線で形を織り出せるまで何度もやり直す。と同時に、横幅を一定に揃えるよう全体にも目を配ります。そうして懸命に制作に打ち込む日々です。

于さんは、子育てがひと段落したのを機にワークショップ受講を経て、専門コースに入学。2年目に絣の着物と組織の帯、3年目に綴帯、と純粋な興味をもとにいろんな織りにチャレンジし、自身の新たな人生のステージの土台をつくっています。スクールでは、とくにデザインを通して「表現の大切さ」に気づき、自身の課題として向き合っています。「私はこれまで自由な発想で生きてきたわけじゃなく、どちらかといえば教えられたことをそのままやってきたようなスタンスでした。そんな私にとって、表現はすごく難しい。自分の思いや考えをどのように表現し、伝えられるか。自分自身と向き合う大切さを実感しています」。これから自立して創作を続けていくためには、3年目の今、必要なプロセスなのでしょう。

根気よく制作を続ける先に、どんな景色が見えるでしょうか。綴帯の作品は、2023年3月の修了展で披露される予定です。

*2020年入学当初のインタビューはこちら

*「綴帯」制作の後編として、「織りの響き──『綴帯』の音」を後日掲載予定です。